第4章 滋賀県民の野望

第34話 宣言

ダイダラボッチが出現した、その日の夜。


「えー、最初に結論から申し上げますが、今回のダイダラボッチへの攻撃は混乱した隊員の勝手な行動であり、内閣総理大臣並びに防衛大臣である私が命令したわけではございません」


 防衛大臣による記者会見は、いきなり場を騒然とさせた。

 

「なお隊員はすでに辞表を提出しており、受理しております」


 そう言って会見を打ち切ろうとする大臣に、記者たちが殺到する。当たり前だ。こんないかにも臭いものに蓋をするような内容に満足する連中ではない。


「大臣、待ってください。そんなこと、とても信じることが出来ません!」

「本当は総理の命令があったのではないですか!?」

「人命が掛かっていたとはいえ、それはダイダラボッチなんてものを召喚した巫女本人。ですから攻撃もやむなしと判断されたのではないのですか!?」

「大臣、逃げないで質問に答えてください!」


 たとえすでに真実が明らかにされていたとしても、陰謀めいたものにはせずにはいられない。それがマスコミというものである。

 さらに。

 

「ここで逃げたら国民は大臣がウソを言っていると思いますよ。真実を語ってください」 

 

 自分らがウソだと思っているだけなのに、なぜか国民を出してくる。これもまたマスコミの習性である。 

 

「会見はここで終了です。私たちは今この時間も進撃を続けるダイダラボッチにどう対処するべきか話し合わなければなりません。どうか国民の安全を願うならば、そこをどいてください」


 それでもどかない。

 むしろ待ってましたとばかりに質問を浴びせ続ける。 

 それがこの国のマスコミなのであった。

 



「ホント、マスコミってサイテーよね」


 そんな記者会見の中継を大津市県庁の県知事室で見ていた蓮夢心が厳しく毒づいた。マスコミの人間である大島、さらには大御所・島田島介が近くにいようがお構いなしだ。

 

『そもそもこういう発表はマスコミなんか介したらダメなのにゃ。にゃから』


 新しいタブレットPCの中でホタル・コウヨウがうんうんと心に頷きながら、珍しく顔をキリリッと引き締める。何故なら

 

『今の時代、インターネットで自ら配信するのに限るにゃ』

 

 これから今回の騒動に対してのYouTube生放送が今から始まるからだ。

 

 画面がプライベートビジュアルチャットからYouTubeの生放送へと切り替わる。

 そこにはいつもの萌えキャラ笑顔ではなく、至極真面目な顔をしたホタル・コウヨウが映し出されていた。

 



『全国の皆にゃん、今回はこんな騒動を起こして本当に申し訳ないにゃ』


 謝罪とともに頭を下げるホタル・コウヨウ。猫耳がぴこぴこ動く。おそらくその可愛らしさに視聴者の大半はこの瞬間にすべてを許したことであろう。萌えキャラVtuber、ズルい!

 

『ご存知の通り、ダイダラボッチはホタルたちが操っていたにゃ。あんな大きくてもホタルたちの言うことをよく聞いてくれる、とても優しい巨神さんだにゃ』


 だが、それも美富士とのシンクロがあってのこと。彼女の制御を離れ、一時はそれでも人に危害を加えないという約束を守っているかのように見えたが、今後も守られるかどうかは定かではない。

 

『でも、今はホタルたちの手を離れてダイダラボッチは暴走し、自衛隊の攻撃も退け、鈴鹿山脈を掘り進んで台高山脈へと向かっているにゃ』


 そう、高畑山へと着地したダイダラボッチは何を考えているのかいきなり山を掘り始め、そのまま南下しだしたのである。

 掘った後にはもちろん琵琶湖の水が流れ込み、大きな川となってダイダラボッチに続いている。

 

 そんなダイダラボッチに対して、日本政府はただちに三重県明野駐屯地から第五対戦車ヘリコプター隊を派遣した。 

 先に今津駐屯地からヘリを送ったのは突如出現した謎の巨大生物に最も近く、あくまで偵察目的だったからで、主力はもちろんこちらの方だ。

 

 そもそも今津基地は戦車隊を擁する駐屯地であり、本来なら攻撃ヘリは有していない。それを数年前にホタル・コウヨウが政界に働きかけ、いざという時の為にAH-64D一機を私財で購入し今津駐屯地に寄付したのだ。それを今回は利用したわけだが、思わぬパイロットの混乱で完全に裏目に出た。

 

 まぁそれはともかく、明野駐屯地を出たAH-1S通称コブラのヘリコプター隊は離陸後、十数分で滋賀県高畑山から掘り進んで南下するダイダラボッチと接触。

 今度は美富士も乗っていないことから躊躇することなく20㎜機関砲や、TOW対戦車ミサイル並びにハイドラ70ロケット弾をダイダラボッチにぶち込んだ。

 

 が、それでもダイダラボッチは悠然と「にゃにゃにゃー!」と叫びながら楽しそうに鈴鹿山脈を掘り続け、やむなく第五対戦車ヘリコプター隊は撤退。

 今、ダイダラボッチ緊急対策委員会は航空自衛隊の戦闘機による攻撃を検討中である。

 

『果たしてダイダラボッチは何がしたいにょのか? ホタルたちはそれをいっぱいいっぱい考えて、そして滋賀県知事としてどうするべきか考えたにゃん』


 ホタル・コウヨウは再び顔を引き締めると、意を決してその結論を口に出す。

 

『ホタルはこれから日本政府に、ダイダラボッチへの攻撃をやめるようお願いするにゃ』


 ひとつ間違えれば世間から総スカンを食らってもおかしくない。

 だが、ホタル・コウヨウは毅然と宣言してみせたのだった。

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