第33話 暴走

 大島がダイダラボッチから落ちてきた美富士を受け止めた。

 ホイットニー・ヒューストンの『I Will Allways Love You』も流れた(ような気がした)。

 映画ならこれで大団円。あとはふたりがキスするだけ。

 が。

 

「なぁ。ダイダラボッチってその子が命令してたんやろ? だったらその子が振り落とされた今、誰がダイダラボッチを操るんや?」


 島田島介が素朴な疑問を口にした。

 そう、ダイダラボッチが残っているのである。

 しかも状況はかなりマズい。分かりやすく今のダイダラボッチの状況を説明するならば、シンクロ率が低下しまくってエントリープラグが排出されたエヴァだ。

 すなわち。

 

『暴走にゃー!』


 それまでバグって黙り込んでいたホタル・コウヨウがタブレットPCの中から叫んできた。

 

「暴走? 一体どうなるんです?」

『それはホタル達にも分からないにゃー』

「そんな! 止める方法は?」

『ないにゃー!』


 なんて無責任な! 大島は抱きしめていた美富士の体から手を離して、頭を抱えたくなった。

 

 うにゃあああああああああああああーーーーーーーーー!!!

 

 そこへ先ほどとは比べ物にならないダイダラボッチの叫び声が滋賀の地を震わせた。

 一切の制御を解かれた野生の声だ。そのあまりの大きさに誰もが思わず耳を塞がずにはいられない。それは心も同じだった。つい咄嗟に耳を両手で塞ぎ、あっと思った時にはすでに手にしていたタブレットPCは地面へ落ち、さらに運が悪いことに固い石に当たって、画面が粉々に割れて壊れてしまった。

 

「ちょ! こころん、タブレット壊してもうたらどうやってホタルと連絡を取るんや!?」

「し、仕方ないじゃない。だってあんな大声で叫ばれてびっくりしちゃったんだから。タブレットのひとつぐらい何よ、そんなのいくらでも弁償してやるわよ」

「そやのうて、今タブレットが無かったらこの非常事態に誰が命令を出すんや?」


 あ、と心が小さく呟いた。

 

「と、とりあえず代わりのタブレットを今すぐ用意させ――」

「いや、その前に逃げるんが先や」


 あたふたと慌てる心の小さな体を、島介が担ぎ上げた。

 

「なっ!? あんた、ちょっと乙女に一体なにすんのよっ!」

「乙女なら暴れたらあかん。パンツ見えてまうで。それよりもおい、君らもはよ逃げるんや。ダイダラボッチが暴走しとるんなら、ここにいたらいつ踏まれるか分からへんで!」


 島介に言われて、いまだ抱き合ったままの大島と美富士も、そして幸花も我に返った。

 見上げればダイダラボッチはきょろきょろと周りを見回す仕草を見渡している。

 まるで今からどこへ向かうか決めかねているかのようだった。

 

「それにまた自衛隊が攻撃する可能性もある。さっきは威嚇射撃やったが、弾が当たったらダイダラボッチが大暴れするかも――」


 その時だ。

 ふいにダイダラボッチが腰を低くし、力を貯めたかと思うと、

 

 みゃあああああああああ!!!

 

 声を上げてジャンプした。 

 身長およそ1000メートルを超える巨人の跳躍は地面を強かに揺らした。が、それ以上に誰もが驚いたのは、そのジャンプ力だ。巨体からは到底想像も出来ぬほど軽やかに空へと舞い上がったダイダラボッチは、呆気にとられる大島たちを他所に、あっという間もなく南東の方向へ飛び去って行く。

 

「……助かった、のか?」

「大島君、まだ安心したらあかん! あれだけの巨体や、降り立った時に相当な衝撃が来るで!」


 呆然と呟く大島に、島介が注意を促す。

 確かにそうだ。地面を蹴り上げるだけであの振動、それが着地するとなればどれだけの揺れが襲ってくるのか想像もつかない。ダイダラボッチは遥か彼方、県南西部へと飛び去ったが、それでもこちらにも結構な振動が来ることだろう。

 大島はダイダラボッチが山影に着地するのを見届けながら、姿勢を低く保ってやってくる揺れを待った。

 

「……あれ、来うへんな?」

「来ませんね……」


 ところがどれだけ待っても振動がやってこない。あの跳躍力といい、その体積の割に重さはそれほどでもないのだろうか。


「もしかしたらダイダラボッチ様、まだ私のお願いを守って……」


 不思議がるみんなに美富士がポツリと呟いた。

 

「お願い?」

「はい。ダイダラボッチ様とシンクロしている間、私はずっと『人間をイジメないで』ってお願いしたんですぅ」

「だからそのお願いが効いていて、今も着地の際に振動を出来るだけ小さくするようにしたって言うのか?」

「ええ、そうとしか思えないですよー」


 だとしたらたとえ暴走モードにあったとしても、ダイダラボッチによる災害を最小限に食い止めることが出来るのではないだろうか?


 そんなかすかな希望を胸に抱いた大島、しかし、その耳に再びとんでもない情報が飛び込んでくる。

 ヘッドセットマイクから聞こえてくる、慌ただしい報道センターに響き渡る声。それは確かにこう言っていた。

 

「大変だ! 高畑山付近に着陸したダイダラボッチが山を凄い勢いで掘り進んでいるぞ!」


 と。

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