第32話 Always Love You

「自衛隊が一体どうして?」


 大島のこの呟きは、普通に考えれば少しおかしい。。

 何故ならダイダラボッチなんて非常事態に自衛隊が出動するのは、ごく当たり前なことだからだ。

 しかし、そんな当然の如く予想される事態に対し、あの切れ者なホタル・コウヨウが何も手回ししていない……先の大島の呟きはこの疑問によるものだった。

 

『…………』


 この事態にホタル・コウヨウは黙して語らない。

 いや、そもそもタブレットPCの中のキャラも動いていない。このタイミングでバグったか?

 

「自衛隊なんて来ても何もできないのにね。だってダイダラボッチの頭の上には美子が乗ってるのよ。攻撃なんてできるわけないじゃない」

「そやな」


 代わりに心と幸花の会話が、知ってか知らずか大島の疑問に答えてくれた。

 なるほど。確かにこの状況で自衛隊が攻撃してくるとは考えにくい。かつて首都圏を謎の巨大怪獣が襲った時も、自衛隊は非難が遅れた一人の老婆の為に攻撃を緊急停止したことがある。

 今回もその時同様に攻撃はないと踏んだのか。

 

 ババババババッ!

 

 ところがその攻撃しないはずの自衛隊ヘリが、いきなり機関砲をダイダラボッチに向けてぶっ放してきた。


「何しとるんやっ!?」


 予想外な事態に、すっかりツッコミ役となった島田島介をはじめ、その場にいた誰もが悲鳴をあげる。

 幸いにも威嚇射撃だったようで銃弾はダイダラボッチに当たらず伊吹山の中腹に着弾したが、突然のことに誰もが一瞬肝を冷やしたに違いない。

 

 うにゃー!!

 

 と、そこへ今度はいきなり猫系の叫び声が、周囲の空間を震わせる大音量で鳴り響いた。

 あまりにかわいらしい声だったので咄嗟には誰の声か分からなかったが、冷静に考えてみればこれほどの大声を上げられるのはひとり(?)しかいない。

 ダイダラボッチだ。

 

 うにゃー! ふごー! ふしゅるるるー!

 

 どうやら驚いたのは人間だけではなかったらしい。ダイダラボッチも大いに驚いていた。

 しかもさすがは精神年齢2、3歳。一度乱れた精神はそう簡単に戻れないらしく、興奮して体を大きく揺さぶり始める。

 

「ちょ、ちょっと! あんなに動いたら頭に乗ってる美子が落ちちゃうんじゃない!?」


 一難去ってまた一難。新たな不安が大島たちに襲い掛かる。

 

「あ、落ちた!」


 そして不安がついに現実のものに。ひときわ大きく頭を振ったダイダラボッチから、ぽーんと投げ出されるように美富士が振り落とされてしまった!

 

「いや、さすがは美富士ちゃん、うまくこっちに向かって振り落とされよった!」


 誰もが悲鳴を上げたくなるこの状況。しかし、幸花は悲鳴の代わりに懐から何かを取り出し、パッと広げた。

 それは真っ白なシーツだった。なぜ幸花がこんなものを懐に忍ばせていたのかは全くの不明だが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 

「大島ちゃん、反対側を持ってや」

「幸花社長、これってもしかして……」

「そや。落ちてくる美富士をこれで受け止めるんや!」


 んなバカな!?

 確かに建物から落ちた人間をシーツで受け止めて助けた例は現実にもある。

 が、美富士が落とされた高さは半端ない。しかもシーツ一枚で受け止めるなんて、それはあまりにも……。

 

「大丈夫や! このシーツはNASAとの協力開発で作られた特殊なシーツなんやで!」


 またNASAか! しかもフロートテンプル計画は全くの出鱈目だったし、もう騙されないぞ。

 

「し、しかし、たったふたりで落ちてくる人間を受け止められるわけが……」

「アホかっ! デカ盛りかつ丼で身に着けたあんたの筋肉、それをここで活かさずにどこで活かすんや!?」


 幸花の一喝に大島は目を見開く。

 そ、そうか! この筋肉はまさにこの時、この瞬間の為にあったのだ!

 

「そうや。それでええ。いい目してるで、大島ちゃん」


 自分と反対側のシーツをしっかりと握り込んだ大島に、幸花がニヤリと口元を上げる。

 そうこうしているうちに美富士の体がどんどん地面へと迫ってきた。

 

「場所良し! 角度良し! 大島ちゃん、やるで!」

「分かりました! 美富士さんは絶対に助けます!」


 ふたりが持つ少し緩めに張ったシーツへ、美富士の体が落ちてきた。

 凄まじい衝撃にシーツが、筋肉が悲鳴をあげる。食いしばる歯から血が流れ、踏ん張る両足が地面に埋まった。

 

「うおおおおおおっっっっ!!! ファイトーーーーー!」

「そりゃああああっっっっ!!! いっぱぁーーーーつ!」


 咆哮をあげるふたり。そして美富士の体がシーツを押し下げ、地面に着こうかという瞬間、ついにふたりの力が落下の威力を上回った!

 一見薄い布切れのように見えながら、正真正銘NASAとびわこハウスの技術力の結晶であるシーツが美富士の体を受け止め、さらにはその脅威の反発力で彼女の体を再度数メートルほど上空へ浮かび上がらせる。

 

 跳ね上げられた後、もう一度落ちてくる美富士。その体を大島はしっかりお嬢様抱っこで受け止めた。

 

「美富士さん! 大丈夫ですか、美富士さん!」

「……ん、んん……あれ、大島さん? あれ? あれれ? 私、一体何を……きゃっ!」


 意識を取り戻し、開かれた目にかつての光が戻っているのを見て、大島は思わず美富士を強く抱きしめる。

 どこからかホイットニー・ヒューストンの『I Will Always Love You』が流れてくる……ような気がした。

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