第31話 最初から

「今、テレビを見始めた視聴者様にお伝えいたします。これは映画でもなんでもありません。お届けしている映像は現在、現実に起きているものです」


 華の都大東京テレビの中継ヘリに乗った若手リポーターが、興奮を隠せない様子で語りかける。

 

「当初、この時間は『緊急特番! 琵琶湖の水を全部抜いてみた初回生放送スペシャル』の予定でした。しかし、その番組中に滋賀県は巨大生命体、通称ダイダラボッチを召喚。ダイダラボッチが番組の用意したポンプ車を持ち上げるなどした為、安全を考慮して我々は番組を中止いたしました」


 代わりに現在は『緊急生中継! 琵琶湖から謎の巨大生命体出現!』を放送しております、と続けるリポーター。

 

 本来ならこういうのは大島の仕事だ。が、今は地上に留まり、大島にしかできない仕事をしている。すなわち

 

「では、美富士さんはダイダラボッチとシンクロしていて、完全に操っているわけですね?」

『操るというのは語弊があるにゃ。美子はダイダラボッチのお母さんみたいなもので、子供に言い聞かせるように命令しているにゃ』


 そう、この事態を引き起こした滋賀県勢への聞き取りである。

 一度は『琵琶湖の水を抜く』と裏切りを見せたものの、この状況でホタル・コウヨウたちから情報を引き出せるのは大島を置いて他にいなかった。


「ダイダラボッチの精神年齢は2、3歳、つまり人間でいうところのイヤイヤ期の赤ちゃんみたいなものなの。美子の一族は代々あれを召喚する力を持っていたんだけど、操るのは到底無理だった。だけど美子は自ら開発したどろり濃厚琵琶湖水をダイダラボッチに与えることで懐かせることに成功したわ」


 カメラマンも逃げてしまったので、心もお面を取って詳しく話を聞かせてくれる。


「そやから美富士ちゃんが『人間に危害を与えないで』と言えば、ダイダラボッチは人間を襲ったりしないんや。大島ちゃんたちもさっき見たやろ、あれが上陸する時もワシらを踏みつけたりしないようにしているのを」


 幸花の補足に大島は頷くと、報道センターに繋がるヘッドマイクの電源を入れ、

 

「滋賀県側はダイダラボッチを完全ではないまでも十分に掌握しているようです。変な刺激さえ与えなければ安全だと伝えてください」


 と、簡潔に要件だけを伝えた。

 美富士がダイダラボッチに命令しているなんてことは伝えない。そういう判断が出来るからこそ、ホタル達も大島に安心して情報を提供してくれているのだ。


「では次にホタル知事、ダイダラボッチのこれからについて尋ねてもよろしいですか?」

『これからとはどういう意味にゃ?』

「あなたたちは番組を潰すためにあれを呼び起こしたのでしょう? そしてその目的は達成されました。ですが消えることなく、まだあのように居座っている」


 大島が伊吹山にがぶり寄るダイダラボッチを指さした。

 ヘリからの映像によると、どうやらつまみ上げたポンプ車数台を伊吹山ドライブウェイに走らせて遊んでいるらしい。このあたりはまさに2,3歳児である。

 

「あー、一度呼び起こしたらエネルギーが尽きるまで消えないわよ、あの子」

「なるほど。ならばどれぐらいでエネルギーが尽きるのでしょう?」

「さぁなぁ。滋賀県大改造の時は今よりも小さい状態で三日ってところやった。それもめいっぱい働いてもらってそれやから、今回は……うーん、山科を持ち上げてもらっても一週間ぐらいはおるんとちゃうか?」


 一週間……あんなのが一週間も居座り続けるとは連日ワイドショーがダイダラボッチで持ちきりだろうなぁと一瞬うんざりした大島であったが。

 

「ちょっと待ってください。滋賀県大改造の時にめいっぱい働いてもらって、ということはやはり?」


 ここぞという情報は決して聞き逃したりはしない。さすがはプロである。

 

『その様子だと大島にゃん、NASAとの協力で滋賀県を浮島化させたのは全くの出鱈目だって気付いたようだにゃ?』

「ええ、アメリカの特派員に調べさせて、フロートテンプル計画はなんてものはないと知っています」

『さすがは大島にゃん。そうにゃ、ホタル達はダイダラボッチに地面を掘り上げてもらって、滋賀県を大改造したんだにゃ。さすがは国造りの神様だけあって、そう言うのは大好きだにゃん』


 そう、ダイダラボッチは日本各地で山や湖や川を作った伝承が残る、国造りの巨人だ。それを自由に操れるのなら、あのような無茶も可能である。

 

 そしてホタル・コウヨウはダイダラボッチの姿を隠すために滋賀県全土を甲賀特製煙玉で覆ったと語った。

なんと! 隠しておいた水中に沈んだ滋賀県を見せつけて、世間をあっと驚かせるためではなかったのかっ!

 

「……なんてことだ。これはNASAの技術力以上に馬鹿げてますよ」


 思わず頭を抱えて唸る大島。

 だが、その横でこれまで黙って聞いていた島田島介が「でも馬鹿ではこんなことはでけへんな」と呟いた。

 

「ひとつだけ僕からも聞きたいことがあるんやけどええか?」

『なにかにゃ、島介にゃん?』

「あんたら、いつからあの巨人をこのタイミングで公開するつもりやった?」


 最初、大島には島介の質問の意味が分からなかった。

 いつも何も、そんなのは特番『琵琶湖の水を抜いてみた』が告知された時に決まって――。

 

『もちろん、最初からだにゃん』

「最初? 最初ってどこのことや?」

『勘のいい島介にゃんが思っている通り、華の都大東京テレビにゃんを生まれ変わった滋賀県に招待した時から――』


 ホタル・コウヨウの語る、衝撃的な一言。しかし、それを遮るように突如として上空にけたたましい爆音が鳴り響く。

 

「あれは自衛隊のヘリコプター!?」


 大島の見上げる上空、ダイダラボッチの巨体の向こう側に、滋賀県高島市今津駐屯地を発った自衛隊のヘリAH-64D通称アパッチが飛んでいるのが見えた。

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