第30話 意地
『お集まりの滋賀県民の皆にゃん、安心して欲しいにゃ。あの巨人――ダイダラボッチは県民の味方にゃ。皆にゃんが退避するまで動かないから、落ち着いてゆっくりと避難するにゃん』
前代未聞の非常事態に、その場にいる多くの者が最初は呆気に取られていた。
しかし、一度正気に戻るやいなや次に来るのは、天地がひっくり返ったような大混乱だ。
誰もがパニックになって我先にと逃げ出して起きる人的被害は、時に災難そのものの被害よりも大きくなる。
だからホタル・コウヨウはいち早くスピーカーのボリュームをMAXにして、皆がまだ思考停止しているうちに呼びかけた。
「ダイダラボッチ、やて……」
「驚いたなぁ。あんなんが出てくるとは思ってもおらんかったわ」
「アレが出てくるからホタル知事は抗議に集まったりせず、当日は家でじっとするようにって言ってたんやな」
「まぁでもええもん見れたわ。いきなり出て来た時はびっくりこいたけど、こうして見てみるとなんかびこにゃんみたいやな」
「うちはどこぞの埴輪の王子に見えるわ」
そしてそんなホタル・コウヨウの働きかけが功を奏し、また幸花やびわこハウス社員が率先して避難誘導をするおかげで、抗議に集まっていた滋賀県民たちは大した混乱もなく、ただ時折背後に聳え立つダイダラボッチを振り返りながら落ち着いて退避していく。
まぁ、落ち着きすぎてどこか花火大会が終わった後にはける観客みたいにはなっているが。
対して大島たちは、この状況に対して一つの決断を迫られていた。
「島介さん、もう番組の継続は無理です。やめましょう!」
「…………」
すでに上からは中止命令が出ている。
十分な準備をして挑んだ『琵琶湖の水を全部抜いてみた! 初回生放送スペシャル!』であるが、あんなものを出されてきたら中止せざるを得ない。
というか、既に視聴者たちの関心は琵琶湖の水を抜くことなんかより、ダイダラボッチの方へ完璧に向いていることだろう。
実際、ダイダラボッチが登場し、番組の為に上空に飛ばせていたヘリからの画像が流れてから視聴者からの反応が凄まじいことになっているらしかった。
「局もここから先はダイダラボッチの生中継をするそうです。私たちが頑張って琵琶湖の水を抜き始めたところで放送されないんですよ!?」
「…………」
大島の説得に、しかし島介は依然として答えない。
ただ黙って悔しそうにダイダラボッチを睨みつけている。
島介の気持ちは大島も、そしてこの非常事態に集まってきたスタッフたち全員、よくわかっていた。
引退したはずの島介が、こうしてテレビカメラの前に出るほどまでに気合を入れた番組だったのだ。それがこんなことで中止になるなんて、そう簡単に受け入れられるものではない。
だが、それでもこのまま番組を続けたら、ダイダラボッチによる攻撃が予想される。
あの巨体で襲い掛かられたら、とんでもない大惨事となるだろう。
さすがにホタル・コウヨウと言えど、そんな人死にが出るような真似はしないとは思うが、もし万が一があったら取り返しのつかないこととなる。
それに先ほどヘリからの中継画像で大島は見た。
ダイダラボッチの頭の上に美富士が腰かけて座っている様子を。
ダイダラボッチの出現に合わせて舟ごと空へ吹き飛ばされた美富士の身を心配していた大島としては、とりあえず無事が確認できてほっとした。
が、それも束の間、すぐに別の不安が大島を襲ってくる。
美富士があのダイダラボッチを召喚したのは明らかだ。そして今も肩に腰かけている様子から、美富士はもしかしたらダイダラボッチを操ることが出来るのかもしれない。
もしそうだった場合、万が一にも何かあれば世間の非難はホタル滋賀県知事だけでなく、美富士にも向けられることになる。
それは何としてでも避けてあげたい。
「島介さん、辛い気持ちは分かりますが、ここは一緒に避難を」
「……大島君、それからみんな、騙されたらあかん」
「は?」
「あのダイダラボッチとかいうの、見てたら全然動いてへん。てか、そもそもあんな巨大なもんが動くわけないやないか。みんな、よく現実を見」
その時だ。
ダイダラボッチの長い手が大島たちに向けてにょきっと伸ばされた。
「うわぁぁぁぁ!」
慌ててその場にしゃがみ込む大島たち。
ダイダラボッチの手はそんな大島たちの上空を通過すると、狙いを背後に控えているポンプ車両の一台に定め、親指と人差し指で掴む。そして
「んな、アホな!?」
あっさりと10トンはある大型車両を軽々と持ち上げてみせた。おお、見ろ、まるでポンプ車がシースーのようだ!
「動くじゃないですか、島田さん!」
「もう駄目です! 俺たちも早く逃げましょう!」
周りからの説得に島介は驚いて見開いた目を閉じ、考え込む。そして
「……分かった。番組は中止や。みんな、自分の安全を第一に逃げてくれ」
ついに番組中止の決断を下した。
が。
「でも、僕はここに残る。もし僕の考えている通りだとしたら、こうなったのは全部僕の責任や。だから僕には命を賭けても最後まで見届ける義務がある」
それでも意地は貫き通す。
それが島田島介という男であった。
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