第27話 再会
時は流れて11月初旬。とうとう番組は本番当日を迎えた。
大島は久方ぶりの滋賀の大地を踏みしめながら、琵琶湖を守るようにして立ち塞がる滋賀県民たちの姿を眺めていた。
結局、大島は番組を延期させることが出来なかった。
そもそも無茶な話だったのだ。あまりに急すぎるうえに、番組を中止にさせるほどの説得力もない。
かと言って得体も知れぬものに対応策なども取れるはずもなく、最終的に「まぁ何かあったらその時はその時で」という現場泣かせな結論しか出せなかった。
嫌な予感は変わらずある。だが、ここに至ってはそんなことを言ってられない。
やるしかないのだ。
幸いにも見渡す限りはおかしなところは今のところ何もない。
「番組は即刻中止せよー! 私たちの琵琶湖に近づくなー!」
抗議集団の先頭に立つお面を被った少女(声で正体は心とバレバレなのだが、本人はこれでテレビの前に出ても正体がバレないと思っているらしい)の呼びかけに、集まった滋賀県民たちも声を張り上げて叫んでいる。
が、その人数は想定していたよりもずっと少ない。おそらくは一万人にも満たないだろう。
番組への抗議として考えたらそれでも十分な数字だが、琵琶湖大好きな滋賀県民のことだから総人口の8割、いや、9割は抗議に駆けつけるだろうとばかり大島たちは思っていた(なお滋賀県の総人口数は約141万人です)。
「あー、それ以上先は浮島になっとるから、下手したら重さで沈んでまう。ポンプ車はここに停めておいてや」
そして幸花は敵であるにもかかわらず、番組が琵琶湖の水を吸い上げる為に全国から用意したポンプ車へ指示を与えていた。
幸花も心の内では番組に対して不快に思っているはずだ。
それでも安全の為に協力を申し出てくれたのは意外ではあるが有り難かった。
「そういえば、ホタル県知事はどうなったんだろう?」
心と幸花の姿を確認した大島は、ふと気になって呟いた。
ホタル・コウヨウはご存知の通り、Vtuberだ。これまで美富士が胸に抱えていたタブレットPC越しの対面だった。
だが、その美富士がお暇を出されていなくなった今、誰がタブレットを持つのだろうか?
見たところ、心も幸花も持っていない。
ということは、あのふたり以外に新たなメンバーが?
『やぁやぁ、大島にゃん、お久しぶりにゃー』
そこへ突然、背後から件のホタル・コウヨウの声が聞こえてきた。
振り向く大島。するとそこには……。
「……美富士さん」
意外にもあの美富士がいつものようにホタル・コウヨウが映し出されたタブレットを抱えて立っていた。
思わぬ再会に一瞬、大島は一瞬たじろぐ。
が、すぐに笑顔を浮かべると
「解雇されて
と、大島は握手の手を差し出した。
「…………」
しかし、美富士はそんな大島に何の反応も見せない。
それどころかまるで大島なんていないかのように、無言で隣を通り抜けていく。
『わぁ美富士ストップ、ストップにゃ! ホタルは大島にゃんとちょっと話があるにゃ!』
慌てて美富士を止めたのは、大島ではなくホタル・コウヨウだ。
大島は右手を差し出したまま、固まっていた。
「…………」
無言のまま美富士は立ち止まると、大島に向かって振り返る。
その顔は魂が抜け落ちたかのように無表情で、かつての無邪気な笑顔を大島に振りまいてくれた美富士とはまるで別人のようだった。
「美富士さん……」
『あー、今の美富士に何を言っても無駄にゃん。それよりも大島にゃんには言っておきたいことがあるにゃん』
「はぁ」
『……で……とに……にゃん』
「はぁ」
『これ……P……も……にゃん』
「はぁ」
この時、ホタル・コウヨウが何を言ったのか、大島はよく覚えていない。
いくら利用していたとはいえ、あの美富士がここまでの塩対応を見せるのが想像以上にショックだった。
おかげでホタル・コウヨウとの会話も全て上の空で応えてしまい、気が付けばいつのまにか美富士たちの姿はどこかに消えていた。
番組本番の時間が、刻一刻と迫っていた。
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