第26話 嘘

 ホタル・コウヨウに呼び出されたあの日から、大島はもう放送当日まで滋賀県に行くつもりはなかった。

 行ったところでもはや自分は彼らの敵。新たな情報を手に入れることなどできない。

 

 さらにはあの後、美富士がお暇をもらって実家に帰ったことを風の便りに聞いた。

 自分との関係から情報漏洩を疑われたのだろう。実際には美富士から有益な情報はほとんど手に入っていないし、あの日の悲しげな表情も相まって彼女には悪いことをしたと良心が疼く。

 番組が無事終わり、しばらくして落ち着いたら、改めて彼女の潔白を証明してあげねばとは思う。

 

 しかし、今はなにより番組を成功させることに大島は集中していた。

 滋賀県には行かずとも、やれることはいくつもある。

 ホタル・コウヨウが約束を破ってYouTubeで番組非難をするのではないか。

 あるいは滋賀県が誇る世界的報道機関・BBC(びわ湖放送)を使って、ネガティブキャンペーンを行うのではないか。

 もちろんその他インターネット上の動きも見逃すわけにはいかない。

 

 これらはもちろん大島だけでなく、他のスタッフたちも目を見張らせていたが、危惧するような動きは見られなかった。

 それどころかあまりにもホタルたちに動きがないので、すでに滋賀県は白旗を上げたと当初は面白がって煽っていたネット民たちも次第に番組への関心が薄れていくのが見えて、むしろ大島たちのほうが焦ってしまったほどだ。

 だから。

 

  0765 名無しでいいとも 20XX/10/25 16:00:00

  俺は一年後の未来から来たんだけど、オマエラ、番組をしっかり見とけよ!

  ホタル・コウヨウ、とんでもねぇことしてきやがるぞ!

  

 思わずこんな書き込みを自分のスマホからやってしまう大島であった。

 

 

 

「ハロー、大島。元気してるー?」


 そんな大島のもとへ、華の都大東京テレビ・ニューヨーク支部の特派員・ミシガンから電話が入ったのは、放送を明後日に控えた夜のことだった。

 

「もうすぐ本番ね。調子はどう?」

「柄にもなくドキドキしてるよ。まるで新人の頃に戻ったみたいだ。それより君が電話してきたということは、例の頼んでいた件か?」

「イエス! ビアンカと協力して徹底的に調べ上げてきたわ」


 ミシガンとビアンカは精鋭揃いのニューヨーク支部の中でも突出したふたりだ。彼女たちの調査ならば、どんな内容でも信頼が置けるだろう。

 

「結論から言うと、ノーよ。NASAはニューヨークのフロートテンプル化なんて計画していないわ」

「なんだって!?」


 だが、俄かには信じがたい報告が返ってきたので大島は面食らった。

 

「それは本当か、ビアンカ!?」

「私たちは華の都大東京テレビのニューヨーク特派員よ。こっちではどんなお偉いさんでもBOKKEMONグッズをちらつかせるだけで、ありとあらゆる情報を引き出すことが出来るの。たとえNASAの長官でも、ね」


 そうだ。かの地で『BOKKEMON』は圧倒的人気を誇る。そしてそのテレビ版の放映権を華の都大東京テレビは持っており、関係者のみに配る激レアグッズの数々をチラつかせてニューヨーク特派員たちはこれまで多くの特ダネを掴んできたのだ。


「そもそもニューヨーク島を切り離して空に浮かべるなんて馬鹿げた話、本当に信じていたの?」

「そりゃあまぁ……でも、だとしたらどうやって滋賀県は土地を浮島に出来たんだ?」


 大島は見た。琵琶湖の中からいくつかのエリアごとに分離された滋賀県が浮上してくる様子を。空こそ飛んではいないが、とはいえ地面から切り離さないと出来ない芸当だ。

 

 思い返せば、取材の時から疑問ではあった。

 ひとつの県の土地をパーツ毎とは言え丸ごと地面から切り離すなんて、そんなことが本当に出来るのだろうか?

 あの時はNASAの技術力だと説明され、強引に乗り切られてしまった。しかもその後もやれ新びわ湖タワーだの、山科だの、ニンニンドーランドだのあって、すっかり忘れていた。

 それを今回の番組の準備として過去の取材映像を見返していて思い出し、念のためにビアンカたちに調査を依頼したのだが……まさか本当にまったくの出鱈目という報告が返ってくるとは思ってもいなかった。

 

「そんなの知らないわよ。それよりももうすぐ本番が近いんだから体調だけはくれぐれも気をつけなさいよー」

「あ、ああ。ありがとう」

「放送が上手くいくよう祈ってるわ。じゃあねー」


 ビアンカからの電話が切れても、大島はしばらく受話器を耳に当てたまま呆然としていた。

 

 滋賀県はまだ何かを隠している。

 しかも、どうやらとんでもないものを。

 そのとんでもないものが放送にどう影響するかは分からない。もしかしたら全く影響がないかもしれない。


 だがっ!

 

 大島は受話器を置いて立ち上がると『緊急特番! 琵琶湖の水を全部抜いてみた!』のプロデューサーを探しに出かけた。

 

(滋賀県を何かを隠している以上、番組を延期させねば!)


 その決意は固い。が、体は震えていた。

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