第28話 放送開始
「テレビの前のみなさん、ご無沙汰しております。島田島介です」
ついに番組が始まった。
冒頭は本来ならメインレポーターである大島の仕事だろう。
だが、今回は島田島介に譲った。
なんせ人気絶頂で突然引退した島田島介が、久々にテレビへ復帰するのだ。冒頭でいきなりの登場こそ相応しい。視聴者も一気に引き込まれるはずだ。
「今回の企画、実は単なる水を全部抜くのが目的ではありません」
そして番組の真の目的を語り始める島介。
その語り口調は滑らかで落ち着いており、時にわざと語尾を涙声で震わせ、時に力強く声を張り上げながら、視聴者へアピールしていく。
さすがは島田島介、高視聴率請負人の看板は伊達ではない。
「このようにPK計画は関西を琵琶湖に沈めるのが目的です。しかし、ここで滋賀県を止めないと、彼らはいずれ琵琶湖を全国展開していくことでしょう。確かに安全で快適な水中生活は魅力的だと思います。ですが、その代わりに私たちは本来の日本が持っている美しさをすべて琵琶湖に沈められることになる! これは、この番組は、そんな滋賀県の野望にストップをかける大きな一歩なのです!」
熱い島介の演説に思わず聞き入ってしまっていた大島だが、カメラが自分に向けられるのを見て我に返った。
おそらくこの放送を見ている人たちは皆、今の島介演説に釘付けにされたことだろう。この流れを自分が止めるわけにはいかない。
「今回、琵琶湖の水を抜くにあたって我々はどこが最適か検討に検討を重ねました。そしてやはりこの歴史的偉業を成し遂げるにはここしかないと決まったのです!」
島介から受け継いだ高視聴率バトンを落とさぬよう、大島はいつにもましてハイテンションで語り始める。
「ここは滋賀県の東方に位置する米原市と、岐阜県の西にある大垣市の県境……そう、日本人なら誰もが知っている天下分け目の一戦が行われた場所・関ケ原です!」
お茶の間の画面には今頃ババーンと大きく『関ケ原』のテロップが出ていることだろう。
関ケ原は華の都大東京テレビにとっては最高のロケーションだった。
知名度抜群の歴史的背景もそうだが、なにより琵琶湖の水を抜いて岐阜県へと送ることを考えれば、ここ以外考えられなかった。それぐらい滋賀県と岐阜県の県境は山、山、山ばかりなのだ。
とは言え、それは滋賀県も承知のことだ。
そう簡単に関ケ原での撮影はさせてくれないだろう。
ましてや滋賀県は今や水陸両用都市。従来通りの水位に設定するならば、関ケ原では琵琶湖まで遠すぎる。米原市はおろか、隣の長浜市や彦根市など、湖岸の都市にまで奥深く侵入する必要があるだろう。
そうなると岐阜まで琵琶湖の水を送るポンプ車のホースも長大なものとなる。
なんとしてでもここは関ケ原での撮影が出来るよう、多少こちらが不利な条件であっても交渉で勝ち取らなくてはならなかったのだが。
「なお関ケ原での撮影には滋賀県側から安全面での配慮があって実現したことをこの場でお伝えしておきます」
ところがいざ打診してみると、ホタル・コウヨウからあっさりと了承の返事が送られてきたのだ。
聞けば長浜や彦根は浮島化されているため、あまりに多くのポンプ車が一度に集結する状況は想定しておらず、下手したら撮影中に水中へ沈んでしまう可能性があるらしい。
番組は腹立たしいものの、かと言って命にもかかわるリスクを取らせるわけにもいかないと苦渋の判断のようだった。
「400年前、此の地に石田三成率いる西軍と、徳川家康率いる東軍が相まみえました。そして今、西側琵琶湖岸に陣取るのは番組に反対する滋賀県民たちと……」
カメラが自分らに向けられ、滋賀県民たちがここぞとばかりに手にした『琵琶湖を守れ!』『番組反対!』『ホタルたん激ラブ!』と書かれたプラカードを高く掲げる。
「東の岐阜県側に陣取った、全国各地の自治体から駆け付けてきてくれたポンプ車軍団です!」
次いでずらりと並んだ大型ポンプ車と、ホースを手にした作業員たち、さらには抗議集団を排除するための屈強なガードマンたちがテレビに映し出された。
人数では滋賀県民たちの方が多い。が、ただの一般人の集まりと、大型車両軍団に加えて物々しいフル装備状態の一団では、どちらが優勢なのかは火を見るより明らかだ。
「今回勝つのは果たしてどちらか? 日本中が見守る世紀の大決戦はもうまもなくですが、まずはここでCMをどうぞ」
大島を撮っていたカメラがチカチカとライトを緑色に点滅させ、CMに入ったことを知らせてくる。
大島は「ふぅ」と一息吐き出した。
生放送は独特の緊張感があるのに加えて、今回は何が起きるか分からない不安要素を抱えているのだ。気が張るのも無理はない。
ただそれでも大島はひとつの山場を乗り越えた気がしていた。
島介の演説は視聴者の心を鷲掴みにしただろうし、危惧していた滋賀県民の強引な番組ボイコットも今のところはない。いざ吸水ホースを琵琶湖に入れるシーンでは衝突は免れないだろうが、そのためにボディーガードも用意している。
先ほどは東軍と西軍どちらが勝つかなどと煽ったものの、もはや勝負はついたも同然。今回も勝つのは……。
カメラの点滅が赤色に変わった。もうすぐCMが明けるという合図だ。
大島は顔をぺしりと両手で挟み込むと、再度気合を入れなおしてスタンバイする。
『今こそ我らが治部様の恨みを晴らす時にゃー!』
と、そこへ突然、ホタル・コウヨウの声が現場に鳴り響いた。
見ればいつから持ち込んだのか、大型のスピーカーが抗議集団の傍らに置かれている。
そして発言のタイミングたるや、まさにCM明けドンピシャ。大島としては最悪の不意打ちだ。
「今、番組に抗議するホタル・コウヨウ滋賀県知事から鬨の声が上がりました!」
しかし、そこはさすがはベテラン。すかさず予定を変更し、番組を進行させる。
「県知事が言った治部様とは石田治部少、すなわち関ケ原の西軍大将・石田三成のことです。確かに石田三成はここからほど近い滋賀県長浜市の出身ですが、その恨みを晴らすとは一体どういうことでしょうか?」
『決まってるにゃん。今度はうちらの大勝利にゃんよ』
「大勝利? それは番組を中止させ、琵琶湖の水を抜かせないということでしょうか?」
『ふっふっふ、それだけじゃないにゃー』
言うやいなや、湖岸を守るようにして立ち塞がっていた滋賀県民たちが一斉に左右へと移動した。
この土壇場でホタル・コウヨウから飛び出た勝利宣言、そして突然の滋賀県民たちの行動に大島の思考は追いつかない。本番中だというのに話すのも忘れて、ただ県民たちが開けたスペースの向こうに広がる琵琶湖を見つめる。
「……え?」
だが、次の瞬間、大島はさらなる驚きに目を見開かずにはいられなかった。
キラキラと太陽の光を浴びて輝く湖上に、一隻の小舟が浮かんでいる。
小舟に乗るのはただひとり、大島も見知った女性……。
「美富士、さん……?」
そう、滋賀県知事秘書・美富士美子、その人であった。
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