第3章 琵琶湖消滅!?
第21話 秘密
『それではニンニンドーランド開園にゃ!』
任忍堂社長が手にしたタブレット画面がテーマパークを覆うドームに大映しにされ、ホタル・コウヨウ滋賀県知事が高らかに宣言した。
詰め掛けた観客の歓声とともに、何発も打ち上げられた花火の轟音が響く。驚いたことに花火は映像ではなく、ドームの外、つまりは琵琶湖の水中で実際に火花が舞い散っているように見えた。
「アレはどうなってるんですか?」
「……え? ああ、アレね。なんでもニンニンドーランドを囲むドームの外に、ひときわ大きいドームを作ってそこで花火を打ち上げてるらしいわ。水の中のように見えて、実は違うってことね」
せっかくの開園セレモニーなのに先ほどから眠そうにしている心が、大島に問いかけられて目をしぱしぱしながらも説明をしてくれた。
ニンニンドーランド建設発表からおよそ半年が経ち、ついにこの日、開園となった。
そのアトラクションについては、メディアへの事前公開で大島は存分に堪能させてもらった。まさにアクションあり、冒険あり、レースあり、スポーツあり、もふもふあり、大乱闘ありの充実な内容だ。きっと大人気になることだろう。
だから今日はニンニンドーランドそのものよりも、開園にかけつけたお客さんたちへの取材がメインである。
とは言え、まだ開園したばかり。焦らなくても時間はたっぷりある。今はお客さんたちよりも心から情報を聞き出す方が先だ。
「ところで心さん、今日は幸花社長と美富士さんの姿が見えませんが?」
「ふぁぁぁ。そうねー、咲は京都の工事が忙しいみたいね」
「ああ。確かにアレは大工事になりそうですね」
昨年暮れに水の都・京都宣言が出されたものの、すぐに実行はされなかった。
さすがのびわこハウスと言えども、わずか半年あまりで琵琶湖のど真ん中にニンニンドーランドを作りながら、京都の大改造にまでは手が回らないらしいと思っていたが。
「まさか水路と道路の二重構造とは想像しませんでしたよ」
水の都と聞いた時、大島は単純に京都市街に水を引き、イタリアのベニスのように水路を中心とした都市への変貌を予想した。
が、幸花は京都を数メートル水没させながらも、ドームを使って従来の道路も活用する計画を立案していた。
すなわちボートが行きかう水路の下で、自動車や歩行者が従来通りに移動できるように考えたのである。
ただし、それには滋賀県に使っているようなドームではダメだ。丸みを帯びたドーム状ではどうしても高低差が出来てしまう。これだとドームの天井が高く、水位が低いところではボートが天井に接触して立ち往生する可能性があるだろう。さらにはその逆に天井が低くところでは自動車が通れなくなってしまう。
京都の水の都計画には、極めて平行なドームが必要であった。
また滋賀県や山科の時と違って、今回は水位が低いのも問題だった。
例えば滋賀県で常時水面から顔を出している建物は、びわ湖大津ぷりきゅあホテルの上部だけだ。だから水面より上には万が一を考えて防水加工を施している。
それが京都の場合、非常に多くの建物が水面から顔を覗かせているのだ。それらすべてに防水加工を施すのはとても面倒で、時間がかかる作業なのは想像に難くない。
さらには水上へと続く坂道には特殊な加工が必要であり、おまけに「こないに水位が低くては祇園祭の山鉾はどないするんや? てっぺんが水の上に飛び出してしまうで」なんて問題もあって、いまだ琵琶湖の水を引くには至っていない。
「まぁ大変そうだけど、咲自身はとても楽しんでやってるみたいよ。この前会った時も十日続けて完徹だってバカ笑いしてたし」
「それ、普通は死ぬんじゃ?」
「普通じゃないから大丈夫なんじゃない?」
まぁ私は一日だって嫌だけどと続けて心は大きくあくびをした。
その姿があまりにあどけなくて、大島は思わずくすりと笑ってしまう。
「ん? あんた今、こいつは何もしてねぇのに眠そうだなって考えたでしょ?」
「え? いや、別にそんなことは……」
「ウソね! さっきの笑いは完全に私をバカにしてたわ。あのね、私だってね、こう見えてあれやこれや忙しいんだから」
「はぁ」
「学校の宿題は馬鹿みたいに出るし、部活もあるし、バイトも出なきゃいけないし」
「バイトしてるんですか!?」
「そりゃあするわよ。普通の高校生だもん」
「どこで?」
「……ピース堂でレジ打ち」
おおう。支店長さん、とんでもなくやりづらそうだ。
「もちろん、私の身分は隠してるわよ。それによ、こんな忙しいのに、あのクソジジイどもは何かと私と遊びたがるのよ。昨日も深夜の三時まで付き合わされたのよ? そりゃあ眠くもなるでしょ」
「……なるほど」
頷きながら、大島は良からぬ妄想をつい繰り広げてしまう。
クソジジイっていうのは、間違いなく近江天秤天正会、通称おてんてん会の金持ちたちのことだ。その金持ちとそんな深夜までうら若きJKが何を遊んでいるのか?
しかもそうすることで心は彼らから莫大な金銭的バックアップを得ている。どうしてもあちら方面のお付き合いが脳裏にちらついてしまう。
「『梅鉄』よ」
「は?」
「梅田の地下街を舞台にした人気テレビゲームよ、知らないの?」
「いや、名前ぐらいは知ってますが、それが何か?」
「昨夜クソジジイに付き合わされたゲーム。他にもスポーツゲーとか、FPSとか、RTSとか、あいつらゲーム下手なくせに意固地になって私に挑戦してくるの」
「あ、ああ、なるほど……」
果たして世界的な大金持ちたちがテレビゲームなんてやるのか甚だ疑問だったが、先ほど妄想した内容に比べたら圧倒的に健全なので、大島は信じることにした。
「だからあんたが考えるようなすけべぇなことは何もしてないんだからねっ!」
ぶほっ!
安堵した途端、心がとんでもないことを言ってきた。
「げほっ……げほっ! ちょ、ちょっと心さん、私は別にそんな……」
「いーや、絶対に考えてた。あんたらおっさんの考えることなんかお見通しなんだから」
そう言って、ツーンとそっぽを向く心。
さすがは現役のJK。多少シモが入ったジョークを飛ばしても「やだぁ大島さんったらー」と笑い飛ばしてくれる局アナとは違う。
「まいったなぁ。あ、ところで美富士さんは?」
「エロいおっさんには教えません」
「エロくないですよ」
「ホントに? じゃあ最近美富士のおっぱいがまた大きくなったみたいなんだけど、その理由を教えてくれる?」
「それは……」
結局、大島は答えられなかった。
が、それは決して心が邪知するようなことが原因だからではない。
美富士に気を使ったのだ。
(まさか例のドカ盛りかつ丼を食べまくっているから、なんて言えないよな)
そう、それはもう凄まじいペースで食べまくっている。付き合わされる大島もたまったものではない……と言いたいところだが。
(でも不思議なんだよな、あのかつ丼。結構な量を食べているはずなのに体重は増えず、代わりに欲しい部分に栄養が行っているみたいだ)
あれだけ食べながらも美富士の体重がほとんど変わっていないのを大島は知っている。
そして大島自身も何もしていないくせに何故かメキメキと筋肉がついた。今やちょっとした細マッチョ。タバコもやめて健康そのものだ。
(美富士さんはいないが、今日も帰りに食べていくか)
それでいて味も美味い。大島は完全にハマっていた。
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