第19話 水の都

 びわこホーム社長・幸花が京都六波羅と対面してから数日後。


「……京都が落ちたそうや」


 島田島介は会議室に戻ってくるなり、げんなりした口調でそう言った。

 ここは華の都大東京テレビ第三会議室。

 図らずもニンニンドーランドの正当性を証明することになってしまった華の都大東京テレビであったが、滋賀県の野望を阻止する例の企画は変わらず続けられることになった。

 その打ち合わせ中に、島介の携帯が鳴った。普段は画面をちらりと見て切る島介だが、珍しく周りに断って部屋を出る。どうやらそういう人物からの電話らしかったが……。

 

「島介さん、京都が落ちたって一体……」


 困惑するスタッフを代表して、大島が訪ねる。

 島介は天井を見上げながら煙草を吸うと、

 

「滋賀県が持ってきた企画に乗ったそうや」


 紫煙とともに答えを吐き出した。

 

「滋賀県の企画?」

「なんでも水の都・京都、やそうや……」


 それ以上、島介は何も言わなかった。

 島介も詳しくは知らされていなかったのかもしれない。

 が、「水の都・京都」というキーワードだけで、大島は滋賀と京都の紛争がどのような形で終焉を迎えたのかある程度想像がついた。

 

 おそらく滋賀県は琵琶湖を京都市街へ引き入れるかわりに、イタリアのベニスの如く水の都として再プロデュースする企画を提案したのだろう。

 古い街並みをボートに揺られて観光するのは、考えてみれば古都を楽しむのにこれ以上の趣向はない。飽きられつつある古都・京都の魅力を再び蘇らせるにはうってつけだ。

 

「……なるほど、そういう形で琵琶湖を拡大させてきたか」

 

 思わず呟く大島に、島介が頷く。

 

「ああ。京都から任京堂ランドを掻っ攫い、弱ったところで相手にも利がある内容を提案する。上手いやり方や」

「多分、最初からこの提案を狙っていて、通すタイミングを計っていたんでしょうね」

「大島君、スパイしていて気付かなかったんか?」


 島介に言われて、大島は申し訳なさそうに首を横に振った。

 

「さすがにむこうもそう簡単に尻尾は掴ませない、か」

「ですね。でも、滋賀県側も私たちの企画には気づいていないようです」


 大島のスパイ活動には二つの面がある。

 ひとつは滋賀県が何を企んでいるのかを探ること。

 そしてもうひとつは滋賀県がこちらの動きを感知していそうかどうか見極めることだ。

 

「そうか」

「ただ、こうなってくるとひとつ疑問があります」

「なんや、疑問って?」

「……この企画、本当にやる必要があるのでしょうか?」


 大島は島介に気遣うような仕草を見せつつも、その疑問を口にした。

 島介は煙草を咥えたまま、天井を見上げて何も答えない。 


「はぁ? ここまで来て中止って何考えてんだよ!?」

 

 代わりに声を荒げたのは番組のプロデューサーだ。

 当初はその企画の壮大さに腰が引けていたものの、実現に向けて準備を進めているうちにすっかりその気になって「俺が歴史を作ってやる!」と息巻いている。


「いえ、むしろ京都がこういう形で落とされた今だからこそ考えるべきです」


 だが、大島は冷静に話し始めた。


 まず滋賀県は強硬的に琵琶湖を拡大しているわけではなく、地域住人との同意を得て行っていること。

 特に京都に至っては相手にとっても利益になる施策を考え出していること。

 これらのことから今後多方面に侵攻することになっても、極めて合理的な話し合いで解決する可能性が高いこと。


 そして今回の京都侵攻もおそらくはそうだと思うが、これだけの都市再開発を滋賀県はびわこハウスの技術力と、心を溺愛する世界の大金持ち集団・近江天秤天正会通称おてんてん会の財政力によって成し得る力があること。


 今のところ、琵琶湖拡大に伴う開発で問題になったことはない。むしろ住みやすくなったと大好評だ。ならば琵琶湖拡大の代わりに滋賀県が再開発してくれると言うのなら、喜んで受け入れるところもでてくることだろう。

 

 だとしたら、今大島たちがやろうとしていることは何なのか?

 正義は自分たちにあると思っていたが、その根拠が揺らいでいる……。

 

「……いや、滋賀県を止めなあかん」


 それでもはっきりと異を唱える者がいた。

 島田島介だ。

 

「関西人である島介さんの気持ちは分かります。しかしですね」

「京都の市内には鴨川って川が流れとってな」


 大島の言葉を遮って、島介による説得が始まった。

 

「その川べりに好きな子と座って甘い時間を過ごすのが、京都の若者たちの青春なんや。それなのに市内を水没させられたら、若者たちはどこでデートしたらええねん?」

「……えっと、他にもデートスポットはあるでしょう? それにむしろ水の都になることで、その手の雰囲気ある場所は増えると思いますが?」

「そんなのあらへん。京都民にとって鴨川が最高のデートスポットなんや! それにな、大阪まで琵琶湖になったら道頓堀まで水の中や。そんなことになったら阪神が優勝しても僕らはどこに飛び込めばええんや?」

「……飛び込まなくてもいいんじゃないですかね?」

「どこにカーネルおじさん人形を放り投げたらええんや?」

「店のものを勝手に放り込んじゃダメでしょう」


 島田島介、意外と説得が下手。

 

「島介さんには悪いですけど、やはりこの企画は東京の私たちにはあまり意味が」

「意味ならある!」


 またしても島介だ。

 

「さっき君は滋賀県は当事者たちとの話し合いで合理的に琵琶湖の侵略を進めてるって言うたな?」

「はい。実際ここまでを見れば」

「確かに今まではそうかもしれん。そやけど今後も同じとは限らんやろ? 話し合いでは折り合いがつかなくなった時、やつらが強引に琵琶湖を拡大する可能性はあるんやないか?」

「それは……」


 無い、とは決して言いきれなかった。

 これまでの付き合いからホタル・コウヨウたちがそんな無茶をやるようには思えない。が、そもそも琵琶湖拡大なんて無茶苦茶をやっているのもまたホタルたちである。

 

「だから、今のうちに釘を刺す必要があるんや!」


 ここぞとばかりに声を張り上げる島介。そして

 

「僕らがその気になればいつだって琵琶湖を消滅させることが出来るんやぞってのを滋賀県に分からせなあかんのや! この」


 バンっと企画書ごと机を叩いた。


「対滋賀県企画『緊急特番! 琵琶湖の水を全部抜いてみた!』で、な!!」

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