第18話 提案
ニンニンドーランドの話は、その日のうちに世間の知るところとなった。
例のパレードに居合わせた客たちが次々とSNS等に投稿したのである。
滋賀県がまたやりやがったぞ!
京都の任京堂ランドに対抗して、ニンニン堂ランドだってよ!
ニンニン堂ってなんだよ? パチもんか?
パレードをその場で見たけど、本物に見えたぞ。!
中には新びわ湖タワーのパレードに任京堂のキャラクターが登場する動画を投稿するユーザーもいた。
それを見る限り、とても偽物には見えない。ならばニンニンドーとは一体何なのか? あれやこれやと推測が白熱した……ものの、次の日の早朝、あっさり真相が明らかにされた。
「本日より任京堂は任忍堂と改名いたします」
『何故なら本社を滋賀県の甲賀市、忍者の里に移すからにゃー!』
任京堂改め任忍堂によるインターネット放送・ニンニンドーダイレクト。滋賀県は大津市のびわ湖大津ぷりきゅあホテルの特設会場から世界に発信されたこの生放送にて、任忍堂社長とホタル・コウヨウ滋賀県知事による共同声明が出された。
「そして任忍堂は滋賀県と契約を結び」
『滋賀県は琵琶湖に任忍堂の豊富なコンテンツを堪能できる「ニンニンドーランド」を作るにゃん!』
それは同時に京都が画策していた任京堂ランドが、儚くも消え去ったことを意味していた。
ニンニンドーダイレクト放送の数時間前。
「それではテーマパークの話は先に滋賀県の方が打診されていたんですね?」
大島は東京には戻らず、早朝の生放送に備えてびわ湖大津ぷりきゅあホテルに泊まっていた任京堂社長の独占インタビューをしていた。
お膳立てをしたのはホタル・コウヨウである。わざわざ録画機材まで貸してくれたその目論見は見え見えであった。
今回の任忍堂ランド、世間から見れば任京堂が京都を裏切ったと思われても仕方がない。それを否定する為に花の都大東京テレビを利用するつもりなのだ。
この話に大島は乗らざるを得なかった。
マスコミとしてはこれ以上はない特ダネだ。受けなければスパイを疑われるかもしれない。
いや、むしろ既に疑っているからこそ、敢えて京都に不利となるであろうインタビューを大島にさせようというのだろうか?
ホタル・コウヨウの胸の内を大島は測りかねるまま、任京堂社長と対峙していた。
「ええ。滋賀県が水陸両用都市になる前からお話を貰ってまして。当社としてもぜひお願いしたいとお受けいたしました」
「しかし公表はされませんでしたね。どうしてでしょう?」
「理由はふたつあります。ひとつは早い段階で公表すると、先に開園している新びわ湖タワーさんの集客に影響が出るのではないかという、滋賀県さんへの配慮。そしてもうひとつはそんな滋賀県を敵視する京都さんを下手に刺激したくないという配慮です」
「なるほど。ですがそうこうしているうちに今度は京都の方から同じような話を持ち込まれたわけですが、その点については?」
「正直困りました。滋賀県との締結を話すわけにもいかず、なんとかお断りしようとしたのですが、むこうさんも『是非やりたい』の一点張りで。ついにはマスコミにもこの件で話し合っているのが漏れてしまい……私たちは否定したんですけどね」
社長が軽く睨んできたので、大島は頭を掻いて謝罪した。
「今回こそは正しい報道をお願いしますよ?」
「ええ。先に滋賀県側が接触してきたというあなたの証言が正しいのを、ホタル滋賀県知事から提出されたログで確認しております。ところで」
最後に大島は少し意地の悪い質問をすることにした。
「もし仮に京都の方が先にこの話を持ってきていたら、どう答えられましたか?」
「断っていたと思います」
「即答ですね。その理由は?」
「私たちが滋賀県の提案に協力しようと考えた一番の理由は、それが誰にも迷惑をかけず実行出来るからです。琵琶湖の真ん中ならば誰も立ち退きなんかしなくて済みますからね。しかし、京都ではそうはいかない。今回任京堂ランドの建設予定地は伏見でしたが、それではそこの住民に立ち退いてもらわなくてはなりません。京都の人たちはよりランクが高いエリアに住めるようになるから問題ないと言っていましたが、そういうものではないでしょう。先祖代々長年住み慣れた土地を追い出されるわけですから。そんなことをしてまで私たちは、私たちのテーマパークを作りたくありません」
完璧な答えに藪蛇な質問だったと内心唸る大島であった。
「どういうこっちゃねん、あれは!」
ところ変わって場所は六波羅。
今朝のニンニンドーダイレクト及び花の都大東京テレビの独占インタビュー放送を受けて、薬師如来&十二神将たちの鼻息は荒かった。
「あそこまで用意してやったのに、うちらを裏切りおった!」
「しかもあのインタビューではまるでうちらが悪者扱いや! 信じられへん」
「あの東京モンの大島っちゅーのは、結局うちらの味方になったんとちゃうんか!? それやなのにあんな放送を流しおって何考えとるねん!」
京都を影で支配する実力者たちの怒気が、穏やかな古都の空気を剣呑なものへと染め上げる。予めこうなることを察していた小坊主は、本堂の仏像たちの電源を入れるとその場限りでブッチすることにした。所詮は時給856円のバイトである。楽な仕事ではあるが、怒りに任せて発せられる権力者たちの罵詈雑言を聞かされるのは正直苦痛だ。
「それよりどうするねん、任京堂ランド計画案が座礁した今、何かこれに代わるごっつい集客案はないんか!?」
「京都1200年の歴史を再確認、とかどうやろか?」
「アホかいな。もう嫌んなるくらい再確認しとるやろ」
「四年に一度、蹴鞠世界一を決める蹴鞠ワールドカップはどないや?」
「お、それはええな。現代に蘇った藤原成通が世界に立ち向かうんやな」
「ほな早速協会を立ち上げて、四年後の開催に向けての準備を――」
「四年もかかるんかーい!」
提案者以外の全員が一斉にツッコミを入れた。
京都と言えど所詮は関西人。ツッコミはお手の物だ。
「あかん。四年も何もせずにいたら京都はたちまち応仁の乱の時みたく荒廃してしまうで」
「何か……何かないんかいな……」
その場にいる誰もが絶望に暮れる、その時だ。
「ありまっせ、ここに」
思わぬ声が、本堂の外から声が聞こえてきた。
「なんやて? って、その声はまさか……」
「どうも、お邪魔しまっせー」
本堂の襖を開け放ち、中へずかずか入ってくる大男。
本日のコーディネイトはお正月も近いということで、上着が赤、パンツは白というおめでたい紅白ルック。首元の蝶ネクタイと少しだけ染めた前髪の金色がお洒落ポイントだと信じてやまないこの男は、そう滋賀県を代表するお笑い芸人……もとい、びわこハウス株式会社社長・幸花咲だ。
「滋賀作が何の用やねん!?」
「ここはおまはんみたいな下郎が来てええとことちゃうで!」
「小坊主は何をしとるんや? はよこいつを追い出してーや」
京都の重鎮たち扮する仏像たちが騒ぎ、「出てけ!」と赤文字が点滅する。
が、そんなのは知ったこっちゃないとばかりに幸花はニヤリと笑い、
「おっちゃんたち、ちょっとこれ見てくれへん?」
と、鞄から取り出したノートパソコンの画面を仏像たちに向けた。
「滋賀県からあんたらへのご提案や」
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