第17話 クリスマスイブ
「こりゃまた凄まじい熱気だな……」
クリスマスイブの新びわ湖タワー中央広場にて、周囲の熱気に気押された大島は思わず呟いた。
この時期、人気のあるテーマパークならどこも人で溢れかえっている。ましてや東のアレや西のソレを差し置いて今年の入場者数1位を確定させた新びわ湖タワーならば、大勢のお客さんたちが押し寄せて当然だろう。
だが、今大島の目の前に広がる光景は少々異様であった。
本来なら多数を占めるはずのカップルたちの姿がほとんどなく、代わりに群がっているのは肥満気味だったり、あるいは痩せ過ぎだったりする男たち。皆一様にリュックを背負い、両手にはカラフルなサイリュームを持ってリズミカルに振っている。中には奇抜なダンスを一糸乱れぬ動きで披露する一団もあった。
先ほどまで上映されていた来年春放送予定のアニメ『轟け! Vtuber』の特別版第一話、その興奮がエンディング曲の流れる今も続いているのだ。
『ふっふっふ、第一話はどうだったにゃんか、大島にゃん?』
そんな大盛り上がりを見せる片隅でひとり圧倒されている大島の隣に立つ美富士……の胸元に抱えられたタブレットから感想を求められる。
「凄い人気ですね。まさかここまでとは思ってもいませんでした」
大島はアニメには詳しくないので「どうだった?」と言われても、どう返していいのか分からない。だから作品そのものには触れず、会場に詰め掛けたお客さんたちの反応で答えた。
『そうにゃんろ? 神アニメ間違いなしなのにゃん!』
それでもホタル・コウヨウは大島の感想に大満足らしく、口をωにして喜び『監督がー』『キャラデザがー』『演出がー』と物凄い勢いで説明し始めた。
アニメファンらしいホタル・コウヨウの言動、そして彼女が映し出されるタブレットを胸に抱いていつも通り朗らかな笑顔を浮かべる美富士に、大島は苦笑しそうになる。
「大島さん、クリスマスイブの予定は空いてますぅ?」
あの日、美富士からクリスマスイブの予定を聞かれた大島は、確かに大人のラブロマンス・エッセンスを嗅いだ。
美富士のことは滋賀県の隠された野望に迫る手がかりとしか見ていないが、さりとて女性からのアプローチを無碍にするいくじなしではない。童顔巨乳、実に結構ではないか。
しかし、その後に美富士が続けた言葉ときたら「新びわ湖タワーのクリスマスイベントの取材に来てくださいよー。ホタル知事も喜ぶと思いますぅ」という、ときめきの欠片もないビジネスライクなものだった。おい、ラブロマンス・エッセンス、どこ行った!?
まぁそれでも大人気テーマパークのクリスマスイベントだ。きっとラブラブぅなものをやることだろう(去年は男祭りという理解不能な行動に出たが、同じ失敗は繰り返さないだろうと大島は信じることにした)。
そして取材にはホタル県知事も立ち会うと言う。ということは美富士も同行するわけで、状況によっては噎せ返るようなラブロマンス・エッセンスが再び発生してもおかしくない。情報を得る為ならば、そういう男女の関係になるのもやむなしの覚悟である。
というわけで取材の約束をした大島だったが、東京に帰って改めて新びわ湖タワーのクリスマスイベントをチェックしたら新作アニメの特別発表会とあって泣きそうになったのだった。
「……ではホタル知事、私はこれで」
ホタル・コウヨウの話が一区切りついたのを見計らって大島は切り出した。
『轟け! Vtuber』がここまで熱狂的に支持されていたのは意外だったが、かと言ってこれ以上留まり取材する気にもなれない。
『あれ、もう帰るかにゃん?』
「ええ。今からなら今夜中に東京へ戻れるでしょうし」
「ホテルならびわ湖大津ぷりきゅあホテルを用意してますよー?」
美富士の言葉に一瞬ドキッとする大島だったが、マスコミの為に滋賀県がぷりきゅあホテルのワンフロアを年中借り切っているのを知っていた。というか、実際に泊まったことが何度もある。確かどの部屋もシングルだったはずだ。
「いえ、今日は帰りますよ」
まぁ帰ったところで何があるわけでもないのだが、そう相手に思われるのも癪なお年頃。挨拶を済ますと大島は美富士たちに背を向け、湖中に沈んでいる新びわ湖タワーから堅田駅への浮上便が出ているポートへと向かった。
と、その時だった。
突然ドームの内壁に、煌びやかな電飾の山車に乗ったキャラクターたちの映像がまるでプラネタリウムのように映し出された。
新びわ湖タワーならではのエレクトリカルパレードである。テーマパークのホストマスコットだけでなく、ホタル・コウヨウらVtuberたちも描かれているのは『轟け! Vtuber』に因んだクリスマスイベントオリジナルのものらしい。
一瞬目を奪われる大島。が、その歩みは止まらない。
≪わっふぅー!≫
しかし、さすがにその声には立ち止まざるを得なかった。
驚いて上空を見上げると、そこにはあってはならないキャラクターの姿が映し出されている。
あれはそう、任京堂が誇る世界的キャラクター・マルオ!
≪ビッカー!≫
≪でっていう!≫
しかもマルオだけではなく、他の人気キャラクターたちも次々登場し、ドームに映し出されたパレードに参加していくではないか。
「…………!?」
大島の驚きは言葉にならなかった。いや、大島だけでない。その場にいる全員が声を上げるのも忘れて、呆然とドームを見あげていた。
言うまでもないが、任京堂と新びわ湖タワーは何の関係もない。だからそのキャラクターがパレードに登場するなんてあるはずがない。
にもかかわらず、今、実際にこうして目の前で任京堂のキャラクターたちが、新びわ湖タワーのマスコットやVtuberたちと仲良く肩を抱き合って山車から手を振っている。
これの意味すること……それはつまり……。
≪ビ、ビ、ビガチュウウウウゥゥゥ!≫
電気アライグマのビガチュが放電し、ドームが一瞬にして真っ白の光に包まれた。
光は電飾山車もキャラクターたちもすべて飲み込み、代わりに不定期に起きる放電が一点に集まっていって、やがて一人のキャラクターを浮かび上がらせる。
「ふっふっふ。待たせたにゃん!」
それはスニーキングスーツを身に纏い、右目に眼帯をしたホタル・コウヨウの姿だった。
そして
「新びわ湖タワーに続く、新たな新テーマパークが来年夏に登場! その名もニンニンドーランドにゃ!」
新びわ湖タワー全体に轟くような声で、そう宣言した。
「……ニンニンドーランド、だって?」
言葉にならないほどの驚き後に告げられたトンデモナイ発表に、辺りがまるでリアクションガイズの如く発狂じみた声を上げる中、大島は呟いて後ろを振り向く。
美富士の変わらぬ微笑みが「来てよかったでしょう?」と言っているように思えて仕方がなかった。
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