第16話 探り

「うっぷ……ご、ご馳走様でした」


 時間にして約三十分。しかし、大島にとっては永遠とも思えるほどに長い戦いだった。

 食べても食べても減らないご飯。

 一口一口が確実にボディーブローとなる肉厚なカツ。

 もう駄目だ、もう残そうと顔を上げる度に、いつの間にか食べ終えた美富士がにっこりと微笑んでくる。まるで「お残しは許しませんでぇ」と言わんばかりに……。

 

「ね? 量は多いですけど、美味しいから全部食べられたでしょ?」

「え、ええ……そ、そうですね……」


 最後の方は食べるというよりも無理矢理胃に押し込んでいる感じだった。今も何かの拍子に逆流してきてもおかしくない。

 

「こ、この美味しさは、是非とも他県の人にも味わってほしい、ですね……」


 それでも大島は果敢に口を開いた。

 

「び、琵琶湖が大阪にも広がった時には、み、ミナミに支店を出されてはどうでしょう……」

「琵琶湖が大阪に、ですかぁ?」

「きょ、京都の次は大阪、じゃないんですか……?」


 きょとんとする美富士に、大島はまずひとつめの爆弾を投げつけてみた。

 PK計画が島田島介の言う通り神戸ポートピアまで琵琶湖を拡大させるものであるならば、もちろん大阪もそのターゲットになる。すでに何かしらの計画が進められているはずだ。

 

「うーん、いまのところ大阪にまで進出する予定はないですけどねぇー」

「え、そうなんですか……?」

「はい。ホタル知事も心ちゃんたちも今は京都にかかりっきりですからー」


 ヒット! 大島は苦しいお腹をさすりながらも心の中でほくそ笑んだ。

 大阪の話は情報を引き出すためのきっかけにすぎない。否定されようが、それで聞き出したい話に持っていけたのだから大成功だ。

 

「き、京都にかかりきりと言うと、や、やはり山科から京都市街地への拡大を狙っておられるのですか……?」

「さぁ。そこのところはよく知らないんですよ。幸花社長が何かいろいろとやってるみたいですけどー」

「で、では、ホタル知事は何を……?」

「知事はなんでも滋賀県をアニメや漫画、ゲームなどのサブカルチャーの聖地にしたいらしいんですよー」

「は? アニメ? ゲーム?」


 京都攻略に纏わる話が聞けると思っていた大島は、予想外な美富士の返事につい素っ頓狂な声をあげてしまった。

 いや、声だけでない。あやうくお腹のものまで逆流しかけた。危なかった。

 

「え、えっと、それが京都とどういう関係が……?」


 喉元まで迫り上がってくるものをぐっと我慢して、大島は再度尋ねる。

 

「なんか京都が伏見に任京堂ランドとかいうのを作るそうじゃないですか? それに対抗して新びわ湖タワーにもその手の新アトラクション施設を作りたいらしいんですよー」

「はぁ、なるほど……」


 美富士はこともなさげに言うが、コンテンツの宝庫である任京堂に対抗できるものなどそう簡単に見つけることも、作り出すことも出来ないはずだ。大島が知る限り、近年ではドテラを着た猫の妖怪ぐらいなものだろう。だが、それも今やあっさり消え去ろうとしている。

 ホタル・コウヨウを主人公にしたアニメを作っているのは大島も耳にしているが、それでなんとかなるとは到底思えなかった。 

 

「ホタル知事が言うには、ゆくゆくは滋賀県でお盆と年末にその手のお祭りを開きたいそうですよー」

 

 祭りのことは大島も知っている。わずか3日間で50万人ものを集めるビッグイベントだ。

 それを人口140万人の滋賀県に誘致しようとは、なんともホタル・コウヨウらしい大胆なアイデアと言えよう。

 しかし。

 

「ホ、ホタル知事は手紙の中で京都を滋賀県にすると言っておられました……。今、お話しくださったのはあくまで任京堂ランドへの対抗策ですよね……? か、肝心の京都攻略はどうするおつもりなのでしょうか……うえっぷ」

 

 一度に話し過ぎたせいで、再び胃の中のものがこみあげてきた。

 それでも大島は尋ねずにはいられない。

 美富士は予想以上にガードが甘い。ここで踏み込めば必ず情報を引き出せると見た。

 

「さぁ?」

「は?」

「さっきも言った通り、最近のホタル知事はアニメやゲームに夢中で、他の業務は何にもやってませんよー」

「…………」


 ニコニコと笑顔を浮かべながら応対する美富士に、大島は内心の悔しさを隠すように口を噤んだ。

 美富士美子、お気楽そうに見えてやはりあのホタル・コウヨウの秘書だ。肝心のところはしっかりと締めてくる。


「そうですか……。あ、すみません、貴重なお昼休みにこんな仕事の話なんかして」 

 ここでしぶとく追及することも出来たが、大島は諦めて表情を緩めた。

 胃袋とコレステロールを捧げたものの、所詮はまだファーストコンタクトに過ぎない。焦らず何度かこういう二人だけで話せる機会を作れば、そのうちポロリと重要機密を漏らすはずだ。

 まぁ、次は食事は避けて、どこか洒落たバーでお酒でも飲みながら……。

 

「あ、そうだぁ。大島さん、クリスマスイブの予定は空いてますぅ?」

「へ? うおっぷ!」


 突然の美富士の誘いに、三度胃の中のものが逆流しそうになる大島だった。

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