第14話 進捗

 琵琶湖が山科に侵攻し、京都が任京堂パークで反撃の狼煙を上げようと画策する一方、東京では滋賀県の野望を止めるべくある企画が秘密裏に立ち上がってから時が流れて十月。

 琵琶湖の水面みなもを吹き抜ける風も夏の熱気が抜け、代わりに冬の寒さを纏い始める……のだが。


「やったな! これで今年のテーマパーク入場者数日本一は我が新びわ湖タワーでほぼ決まりだ!」


 そんな季節の変化なんかおかまいなく年中暑苦しい男・びわこハウス社長の幸花咲は、そのキレた筋肉を見せびらかすようにガッツポーズした。

 だが、それも無理はない。旧びわ湖タワーに並々ならぬ思い入れを持っている彼からすれば、新びわ湖タワーの成功は琵琶湖拡大と同じぐらい大きな目標だったのだ。

 もともとは琵琶湖の湖畔にあった小さな遊園地。2000年初頭には一度閉園した。

 それが復活し、さらには夏季までの時点ではあるが東のアレや西のソレに対して入場者数で頭ひとつ抜けるほどのリードを記録したのだ。まさに快挙である。


「やっぱり俺の提言でゲーセンコーナーに復活させた『伊勢えびキャッチャー』が効いたな!」

「そんなわけないでしょ」

「あれ、相変わらず伊勢えびたちが共喰いして大変らしいですよー」


 伊勢えびキャッチャーとは、文字通り生きた伊勢えびをキャッチするUFOキャッチャーである。かつて本当に存在していたが、美富士が言うように共喰いをしたり、伊勢えびが勝手に筐体の取り出し口へジャンプしたりしてなかなか運用が難しく、あっさり姿を消した幻のUFOキャッチャーだ。


『まぁ、伊勢えびキャッチャーはともかく、入場者数トップはめでたいにゃん』

「でも冬はやっぱりお客さんが減っちゃうわよ。対して向こうはクリスマスパレードとかもあるわけだし、まだまだ気が抜けないわ」

「大丈夫だ。今年こそは抜かりない!」


 ちなみに開園一年目となる昨年はクリスマスに『男祭り』なるものをやった。幸花の提案に県民のモテない独身男性たちが「素晴らしい! 是非やろう!」と声をあげたが、結果としては当然大失敗に終わっている。


「なんせ今年は来年春の新アニメ『轟け! Vtuber!』のお披露目特別イベントをやるんだからな!」

「ああ、あのアニメ、マジでやるんだ……」

『当然にゃん! この美少女Vtuber・ホタルの大活躍を、あのみやこアニメーションが描くにゃんよ。これは絶対大ヒットするにゃ!』

「美少女、ねぇ。てかホタル、あんた本当は何歳なのよ? 絶対中身はおっさんよね?」

『失礼だにゃん! ホタルは永遠の十六歳の美少女にゃん!』

「十六歳では被選挙権どころか選挙権すら持ってないんですけどぉ……」


 呆れる心と美富士をよそに、あくまで白を切るホタル・コウヨウ。彼女の正体は心たちだけでなく、幸花も知らなかった。

 

「まぁ、ホタルの正体は別にどうでもいいわ。とにかく、新びわ湖タワーの件はしっかりやってよ、咲。なんせ入場者数トップを取れるのは今年が最後かもしれないんだから」


 心に念を押され、幸花は「任せろ」と胸を張った。

 言われなくても幸花も分かっている。

 二週間ほど前のことだ。京都府が任京堂ランドの建設を予定していると、マスコミの手によって明らかにされた。

 任京堂はこれを否定したものの、京都側は話し合いが進められているのを肯定。その流れを見て、ホタル・コウヨウたちは


 日本はおろか世界中にファンがいる任京堂ブランド、そのテーマパークが開演したらたとえ半年であっても他を圧倒する集客を記録するに違いない。

 これにはもうさすがのホタルたちも笑うしかなかった。

 

 

 

『ところで幸花にゃん、先週の花の都大東京テレビに行ってきたにゃんよね? どうだったにゃん?』


 会議の時間も残りわずかのところでホタルが切り出した。

 そう、例の『開運お笑い鑑定団』に幸花が出演する回の収録についてである。


 滋賀県が琵琶湖に沈んだ際、大島が約束したうちのひとつホタル・コウヨウの『Youはなんの仕事を?』への出演はすんなり決まった。

 が、もうひとつの幸花の出演に関しては担当ディレクターがなかなか頭を縦に振ってくれず、一年以上経ってようやく認められたのだ。

 

「お、おう……そ、そりゃあもちろんどっかんどっかんよ!」

「私たち相手に見栄を張らなくてもいいわ。どうせまた会場を凍り付かせたんでしょ」

「なっ!? ンなわけねーじゃねーか!」

「だったらオンエアを楽しみにしていいですねぇ?」

「……すみません、見栄張りました。放送は見ないでくださいお願いします」


 心の突っ込みにこそ耐えてみせた幸花だが、無垢な美富士には敵わずあっさり白旗をあげた。

 

「んだよー。人がせっかく忘れようとしているのに蒸し返さなくてもいいじゃねーかよー、ホタルー」

『ごめんにゃん。でも、ホタルが聞きたいのは番組の話じゃなくて、大島にゃんの様子にゃ』

「ああ。それなら……」


 華の都大東京テレビの局員である大島の姿は、当然局内でも何度も見かけた。

 が、向こうから話しかけてくることはなく、幸花も出番に向けて集中していたから敢えて声をかけなかった。

 とはいえ何故か芸能界を引退したはずの島田島介と話しているのを見かけた時は、さすがに我慢できなかった。ここぞとばかりに話しかけ、島田島介と握手をさせてもらい、さらには来ていた服にちゃっかりサインまでしてもらいつつ。

 その間、ずっと大島がそわそわとしているのを幸花は決して見逃したりはしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る