第12話 京都の逆襲
山科が滋賀県になった。
いや、実際には琵琶湖に沈んだだけである。
依然として山科は京都のままだ。
しかし、琵琶湖=滋賀県であるように、名目上は京都市山科区であっても、今や見渡す限り湖面が広がる山科盆地はもはや滋賀県以外のなにものでもなかった。
「あかん。山科の奴、完全に調子乗っとるわ」
場所は六波羅、例の寺の本堂。
迷企羅大将像の目がぴかんと光ると、怒りと憔悴が入り混じった声を発した。
「どないしたんや?」
「山科のくせして来年度予算の大幅増額申請を仄めかしてきよった」
「アホぬかしぃや。ただでさえ滋賀に観光客を取られて収入が減りよるのに、裏切り者の山科なんぞに出す予算なんかあらへんで」
迷企羅大将像の言葉に憤る十二神将たち。
「そやけど山科には琵琶湖からの水を押さえられとる。断水状態にされるのは勿論のこと、東山にトンネルを掘られてその水を京都に向けて放水されてしもたら……」
「そんなことできるわけあらへん! 千年以上ものの歴史を誇る京都を水没なんてしてみぃ、どれだけ世間から叩かれるかあのアホ知事でもさすがに分かるやろ」
「せやな。でも、今度は南の伏見に琵琶湖を拡大させる可能性はある。こっちもなんとか阻止せなあかん。なんせ伏見にはアレを作る予定なんやからな」
そう、滋賀県に観光客が奪われるのを黙って見ている京都ではなかった。
観光客を取り戻すために、ある巨大アトラクションパークの建設を目論んでいるのだ。
その名もズバリ、
京都に本社を持ち、世界中のゲームファンたちを虜にし続けているゲームメーカー・任京堂の大人気コンテンツたちを活かし、冒険あり、レースあり、もふもふあり、大乱闘ありの一大テーマパークを作ることで観光客たちをゲットだぜするつもりである。
「大阪にあるアトラクション施設の一部を間借りした奴とは違うでぇ。完全無欠、頭からしっぽまで全部任京堂のテーマパークや」
「
「で、そっちの進捗はどうなんや?」
「現在建設予定地の住民たちと移転交渉に入るところやが、まぁこっちは心配あらへんやろ。伏見から北区へ移れるんや。大出世やで。ただ」
「どうしたんや?」
「肝心の任京堂がなんや知らんが渋っとる」
「けったいなやっちゃなぁ。うちらが金も土地も出しておたくのテーマパークを作ったるゆーとるのに」
ホンマこれやから余所モンは何を考えとるんか分からんわとの声に、その場にいる誰もが「ほんまほんま」と同意した。
「ま、これは上手く情報が漏れたって形でマスコミにリークし、世間に知らせたるわ。そうすりゃ世間の下々さんから大人気の任京堂はんや、無碍に断るわけにもいかんやろ。新びわ湖タワーへの牽制にもなるしな」
「そやな。では、ほんなわけでこれ以上の琵琶湖の侵略を防ぎつつ、任京堂ランド建設を軸に、先の会議で決まった京都アイドルグループの発足と新銘菓『古都のかほり』で滋賀に対抗するっちゅうことでよろしおますやろか?」
議長を務める薬師如来が話を締めようと切り出し、ほとんどの十二神将たちも「ええで」の文字を胸に浮かび上がらせた。
「ちょっと待ってもらいますやろか」
しかし、そこに待ったの声。上げたのは真達羅大将像だ。
「なんですのん? 他に何かありますんか?」
「みなさんにひとつ聞きたいことがあります。今回の滋賀県の蛮行をみなさんは許されはるおつもりでっか?」
「そんなわけあらへん!」
その場にいる全員が声を荒げた。
「滋賀の田舎者の分際で京都を足蹴にするなど決して許されるわけがあらへん」
「滋賀なんぞ今すぐ地図上から消し去ってやりたいわぁ」
「滋賀も逆賊・山科も滅んでしまえばええ!」
次々と飛び交う過激な言葉が、小さな寺を震わせる。
本堂の外に仕えながら立ち聞きしていた小坊主も、京都を支配する彼らの怒りに思わずすくみあがってしまった。
「おおきに。わてもみなさんのその言葉が聞きたかった。そやけどだったらなんで滋賀県を誅そうって話にならないんや? 黙って聞いていたら滋賀に対抗する話ばかり。そうやのうて直接滋賀県をぎゃふんと言わせてやろうやないか」
「ぎゃふんって……何か手があるんか?」
「ある! わてには滋賀県を倒す伝手があるんや。今、その為にある男を東京に行かせとる」
おおっ! と感嘆するメンバーたちに真達羅大将像が「滋賀県、誅すべし!」と声を張り上げる。
「滋賀県、誅すべし!」
京都六波羅たちが巻き起こすシュプレヒコール。
その声を東京にいる大島も聞こえたような気がした。
同時刻。
大島は華の都大東京テレビ本社近くにある喫茶・とんぼに入ったところだった。
とあるディレクターが折り入って大島に話があるそうだと伝えられた時は、何か新番組の司会でもさせてもらえるのだろうかと思った。最近の大島は滋賀県がらみの活躍でめきめき評価を上げていて、そろそろ看板番組を任されるんじゃないかって噂があるのも彼自身知っている。期待せずにはいられない。
「大島ちゃん、こっち」
呼び出したディレクターの声がする方を見て、大島は自分の顔がにやけてしまうのが分かった。
四人掛けのテーブルには件のディレクターと、その対面にふたりの人物が座っていた。ひとりはハンチング帽を深く被り、サングラスにマスクといういかにもな変装をしていて誰だか分からない。
が、その隣の人物はよく知っている。大島が勤める華の都大東京テレビの局長、その人だ。
ディレクターのみならず局長までとは、これは新番組の司会決定だなと大島は内心喜んだ。変装の人物はきっと一緒にコンビを組むことになる芸能人だろう。細身で年の頃は60前後ぐらい。入り口からは遠くて誰か分からないが、きっと大物に違いない。
喜びと同時に身が引き締まる思いで、大島は三人のテーブルに近付いて行った。
「大島君、忙しいところ呼び出して悪かったね」
「いえ、気にしないでください、局長。それで話というのは?」
「ああ。だがその前に紹介しよう、こちらは」
テーブルの前に立つ大島に、局長がその名を告げようとする。
だが、その前に変装の男が立ち上がった。
そしてマスクを取り、ちらりとサングラスをずらして大島を見つめると、
「こっちはここんとこ毎日テレビであんたの顔を見とるからあんまり初めましてって感じやないんやけど、そっちからしたらそんなん言われても困るわな」
そんなことを言って唖然とする大島の両手を握り締めて、にっこりと笑う。
「どうも初めまして。
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