第10話 手紙
ホタル・コウヨウからの手紙を預かってきた。
大島のその言葉に、場は騒然となった。
「大島はん! あんた、うちらの味方とちゃうんか!?」
「誤解しないでいただきたい。私は一介のマスコミにすぎません。滋賀県、京都、どちらの味方でもないのです」
「そやかてホタル知事の手紙を持って来たっちゅーことは」
「もちろん、この件についてはお詫び申し上げます。ただ、私から言わせていただきますと、取材で得た非公開情報をこのように呼び出してまで聞き出そうとした貴方がたも、他人のことをとやかく言うことは出来ないと思いますが?」
マスコミは情報を世間に公表するのが仕事だが、取材元との約束により非公開なものも当然存在する。それを第三者に漏洩するのは、立場上決して許されない行為だ。
にもかかわらず、今回六波羅の召還に応じたのはホタル・コウヨウの許可があったからである。
ただし、その代わり、ホタル・コウヨウは大島にあるお使いをお願いしていた。
それがこの手紙であり、依頼主とは言うまでもなくホタル滋賀県知事だったのである。
「ぐっ。東京モンのマスコミ如きがこの六波羅に向かってなんちゅう口を」
「今すぐ私を追い返しますか? ならばこれはホタル知事の下へ持って帰りますが?」
「なんでや! それは寺の小坊主に渡さんかい!」
「そういうわけにはいきません。何故ならホタル知事からこの封筒は私が開封し、皆様にその内容を聞き渡すよう申し付けられていますので」
はったりである。
が、手紙の内容について大島も知ることは、今回のお使いを受ける条件としてホタル・コウヨウに認めさせていた。
しかも今回は世間への公開許可も取ってある。
ホタル・コウヨウの手下のように扱われるのは癪だが、マスコミとしてこの特ダネを逃す手はなかった。
「仕方(しょう)ない、手紙をここで読み上げとぉくれやす」
いまだざわめく十二神将たちを制し、薬師如来が大島に命じた。
大島は黙って頷くと、封を切って手紙に目を通す。
それまでの喧騒が嘘のように静まりかえった。
「……おい、東京モン、何黙ってはるんや?」
大島が手紙をじっと見つめることしばし。なかなか読み上げないことに六波羅のひとりが声を荒げた。
「…………」
それでも大島は口を開こうとしない。
「大島はん! いい加減にしなはれ!」
「何が書いてあるんや!? はよ言いなはなれ」
「大島はん!」
口々に大島の名を叫ぶ六波羅。
だが、その声も大島の耳には届いていなかった。
とても。
とても信じられなかったのだ。
封を開いて取り出した手紙に書かれた一言に。
その非現実的な宣言に、大島はまるで雷に打たれたかのようにしばし五感が全てショートしてしまった。
「ごめんおくれやす!」
突然襖が開いて、小坊主が飛び込んできた。おそらくは六波羅による指示があったのだろう。
そして大島の手からホタル・コウヨウの手紙を荒々しく奪い取った。
「小坊主、なんと書いてあるんや!?」
六波羅たちが急かす中、小坊主は手にした手紙を見下ろす。
「な、なんちゅうことを……」
だが、小坊主もまた言葉を失い、それどころかたちまち意識を失って床に倒れこんでしまった。
「なんや!? 一体何が書かれてあるんや!?」
ふたりのあまりの反応に、六波羅たちは叫ぶ。が、身元を隠してネット回線での面談にしたのが裏目に出た。
ホタル・コウヨウの手紙の内容を知りたいのは山々だが、その場にいない為、どうすることも出来ない。控えている小坊主も先ほどのひとりだけだった。
「ええい、誰か近くにおらへんのか?」
「今、わしの秘書を向かわせたさかい、もうちょう待って」
「あんたはんの秘書って……おたくの本社、東山とは真逆の位置にあるやあらへんか!?」
「こうなったら知事であるワシが……」
混乱を見せる六波羅。
だが、その混乱が大島の痺れを解きほどかせていった。
さすがはマスコミだ。混乱の中でつい口走ってしまう六波羅の言葉から彼らの正体を掴む情報を自動的に察知したことによって、フリーズ状態にあった大島の体が再起動した。
「……宣戦布告ですよ」
とは言え、まだその衝撃から完全に復活できたわけではない。
咄嗟に言えたのは、それだけであった。
「宣戦布告、やて!?」
「どういう意味やねん、大島はん!?」
六波羅の追求に、大島は力を振り絞って小坊主が床に投げ出してしまった手紙を拾い上げる。
恐ろしくて言葉には出来ない。
だから大島は六波羅たちに向かって、手紙を広げてみせた。
それは手紙というより画像である。
いつものネコミミを付けたVtuberのホタル・コウヨウがにこやかな笑顔で両手を広げ、その後ろの背景にただひとこと
『山科はもらったにゃー。京都のみなさん、Youたちも滋賀県民になっちゃいにゃんYO!』
そう書かれていた。
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