第9話 六波羅
「ここか……」
京都の東山区、かつては六波羅と呼ばれた場所にそれはあった。
「小さいな。でも案外こういうところの方が目立たなくていいのかもしれない」
それは京都ならばどこでも見かけるような小さな寺であった。恋愛成就や学業にご利益があるなんて謂れもないらしく、門をくぐっても参拝客の姿はひとりも見られない。
庭で掃き掃除をしていた小坊主に大島は名を告げた。
予め来訪を聞かされていたのだろう、小坊主はうやうやしく大島を本堂へと案内してくれた。
中で待つように言うと、小坊主は襖を閉じて後にする。
大島は本堂を見渡した。
小さいながらもなかなか立派な本堂だった。薬師如来像を中心に部屋の回りには宮毘羅大将や因達羅大将などの十二神将像が並べられている。
美術に疎い大島にはそれらの価値を正確に推し量るのは難しいが、その造形はいやがうえにも歴史を感じさせた。京都と言えば町全体が博物館みたいなものだ。このような小さな名もなき寺といえども、そのような名品が納められていてもおかしくは――。
「待っとったで。華の都大東京テレビの大島はん」
突然、中央の薬師如来像の目が光って話しかけられて大島は驚いた。
と、周りの十二神将たちの目も次々と光り始め、その胸元には赤く「SOUND ONLY」の文字が浮かび上がる。
先ほどまでの由緒正しき美術品然とした趣が台無しだった。
「せっかく出向いてくれたのに申し訳あらへんが、我々は正体を明かすことができひん。こないな形での面談となることを許してほしおす」
「マスコミのあんたはんがうちらの正体を気にするのんは分かるわ。やけど、こちらにも事情があるの。なんせ私達は六波羅なんどすさかい」
十二神将から聞こえてくる言葉に大島は素直に頷きながらも「本当にあったのか」と半ば呆れてもいた。
今回のお使いを頼まれた際に依頼主から教えられた『六波羅』という存在。悟りを開く為に必要な修行『六波羅蜜』に掛けて、京都を繁栄させる為に必要な経済・文化・政治など六つの要素を取り仕切る影の機関、なのだそうだ。
聞かされた時は胡散臭さしかなかったが、実際に対面してみると……うん、ますます怪しいという感想しか大島は持てなかった。
「さて大島はん、まずはあんたはんが知ってることを全て教えておくれやす」
もっともそんな大島の感想など、六波羅たちの知ったことではない。伐折羅大将像が目をチカチカ光らせて本題に切り込んできた。
言葉そのものは嘆願したもので、口調も穏やかではある。が、その言葉の裏は大阪で言うところの「おう、東京モン、ごちゃごちゃ言わずにさっさと言わんかい」と変わらない。事実、いつまで経っても小坊主がお茶を持ってくる気配がなかった。
「あんたはんが京都に
「滋賀に気ぃ使うことなんてあらへん。あの日の取材でホタル・コウヨウたちが何を話したんか、うちらに全部教えてや」
「特にそう、PK計画ちゅうやつを、な」
PK計画という言葉に、大島はピクンと反応した。
「驚かんでええで。さっきも言うたけどうちらは六波羅や。滋賀作如きのやることなんて全部お見通しっちゅうこっちゃ」
「で、PK計画ってなんやのん?」
全部お見通しと言っておきながら、直後に大島へ問い掛けるのはさすがにどうかと思う。が、そんなおかしな話も悠然としらを切るのが京都人のすごいところだ。
「PK計画とは『パスト京都計画』のことです」
だから大島はツッコミもせず、ずばり話の核心を明かした。
「パスト京都、やて?」
「うちらを越えると言いたいんかいな。まったく京都や大阪の真似事をしたがる滋賀作がこれまた大きくでたもんや」
「いえ、ホタル知事はこう言いました。『京都を過去のものにする』と」
「なんやて!」
薬師如来及び十二神将たちが一斉に驚きの声をあげた。
「滋賀の田舎モンごときが何を言うとるんや!」
「いちびりくさりよって!」
「京都は不滅や! 永遠に日本の首都やで!」
いえ、今の日本の首都は東京です、と大島は敢えて言わなかった。代わりに自身が取材したPK計画について包み隠さず話し始めた。
全ては今回の依頼人の趣旨である。
取材で聞いたこと全部話していいにゃん、と言われた時はその意図を計りかねたが、なるほど、大島の話を聞いているうちに六波羅たちは明らかに動揺し、荒かった鼻息も弱まっていった。
「むぅ。今は確かに滋賀作のやりおったことにうちらが押されてるのんは事実や」
「琵琶湖になんもかも沈めるなんてアホなこと、さすがのうちらでも予測でけへん」
「それにうちら
あかん、どないしようと仏像越しに頭を抱える姿が見える。
が、
「そやかて京都には長年人々を魅了してきた歴史がある。今は押されとうてもうちらを過去にするなんて出来るわけあらへん」
それでも何かしら今のうちから手を打つべきだと誰かがいい、そうやそうやの大合唱が起きた。
状況に流されるままではまたあの時みたいになる、とは真の京都人たちに伝わる言葉である。
あの時とは言うまでもない、京都が灰となったあの大戦のことだ。
息を吹き返した六波羅たちは、たちまち京都の新しい名物作り会議をし始めた。
やれ、どこそこの寺に参拝すれば某アイドルグループの推しメンバーがセンターになれるご利益があることにしよう、とか。
いやその前にSGK(四条河原)48を作るべきだ、とか。
太秦映画村に新しく『るろうに銀玉ナルト村』を併設しよう、とか。
待て待てやはりここは新しい名物お土産を作るのが定石だろう、とか。
白熱する議論に、蚊帳の外になってしまった大島。このままではそのうち「ぶぶ漬けでもどうだす?」とか言われそうだ。
「すみません。みなさん、お静かにお願いいたします」
だから大島は追い出される前に先手を打った。
「ん? なんや大島はん、まだおったんかいな?」
「わざわざ来てくれておおきに。帰りは――」
「いえ、まだ帰るわけにはいきません。何故なら」
大島は訝しむ六波羅たちに鞄から取り出した封筒を見せた。
「今日、私がこちらにやってきたのは、皆さんに滋賀県の情報を教えるためだけではございません。実はホタル滋賀県知事から手紙を預かってきたのです」
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