第二章 琵琶湖、西へ

第8話 京都

 滋賀県が琵琶湖に浮かぶ水陸両用都市になって一年が経った。

 その間も様々な革新が行われたが、今、大島が乗っている東海道新幹線ひかり511号が通る米原-京都区間もそのひとつだ。

 従来なら下り東海道新幹線は米原を抜けると湖岸に沿ったルートを辿る。しかし、滋賀県知事ホタル・コウヨウの宣言どおり、今や琵琶湖の真ん中を突っ切る形に変更されていた。


 おかげでこの区間のほとんどは琵琶湖の水中となる。


 さらにかつては南へ下るにつれて見るに耐えないものになるはずだった湖中の風景も、ホタル・コウヨウの秘書・美富士美子の研究によって今や水質は驚くほどに改善。あたかも南国の楽園の如き透明度を誇る水の中を、様々な淡水魚たちが泳いでいるのを見ることが出来る。

 また、道中には時折湖面から浮上してウォーターラインに沿って走行するなんて小憎い演出まであり、もはや速さだけが自慢のリニアモーターカー擁する中央新幹線と人気が逆転したと言っても過言ではない。


 そして米原を経って十数分で見えてくる新びわ湖タワーの人気ぶりもまた凄まじく、営業初年度にして千葉のアレや大阪のソレを遥かに越える来場者数を記録した。


 行ってみたいアトラクションパーク第一位!

 もう一度行きたいアトラクションパーク堂々第一位!

 修学旅行で行きたいところ、断トツの第一位!!


 まさに「遊園地で遊んで、ひと風呂浴びて、宿泊・宴会、飲んで食って大人も子供も楽しさいっぱい、新びわ湖タワーへ行こう!」であった。


 また、今も車内に多くの外国人観光客の姿が見えるように、彼らの来日目的も『アキハバラ』や『キョートー』から『シガケン』に変わった。


 日本人とは違い、一ヶ月以上の長期休暇も取れる彼らは貪欲だ。

 水中電車や新びわ湖タワーだけでは飽き足らず、ホテルや民宿、マンスリーマンションなどを利用して滋賀県に住み着き、水陸両用生活を満喫。その中において朗らかな滋賀県民とも交流し、豊かな文化に触れ、帰国する時にはすっかり「アイ・ラブ・ビワコ」になっているのである。

 

 昨今の日本土産において『鮒寿司』がランキング急上昇なのもさもありなんであろう。


 かくして大躍進を遂げた滋賀県。

 しかし、光あるところに影あり。滋賀県が持て囃される一方で急速にその存在感を失いつつある街があった。


 言うまでもない、古都・京都である。


 京都は長らく日本観光のシンボル的存在であった。

 日本の技術力が高く評価され、やれ「アキハバラで電化商品をドカ買いデース」となっても。

 クールジャパンとやらで、やれ「アキハバラでメイドさんと萌え萌えジャンケンデース」となっても。

 その傍らで京都は日本らしい美を誇り「日本文化に触れるならやはり京都どすえ」という地位を常に保ってきていた。


 しかし。しかし、だ。

 日本の若人が「修学旅行が京都ってベタすぎない?」と感じるように、外国人もまた「オウ、ジャパンでキョートーに行くのはいかにもって感じで恥ずかしいデース」とひそかに思っていたとしても何らおかしくはないだろう。


 確かに伏見稲荷大社の千本鳥居での自撮りはインスタ映えする。

 だが、同じような写真は今やネット上に星の数ほどあるだろう。

 でも、水中都市をバックにした自撮りは? 空が水中のセルフィーは?

 しかも世界中が注目しているだけに話題性も十分だ!


 おまけに京都人は自尊心が高く、余所者を見下しているという昔ながらの言い伝えがある。

『BUBUZUKE』は、外国人から見たらなかなか厄介な伝統だ。

 

 対して滋賀県民。

 彼らも数年前までは決して印象が良くなかった。

 中学校でのいじめ事件、滋賀県警の不始末などなど。県民のイメージはどん底だったと言ってよい。


 だが彼らはそれらを教訓に、なんとかイメージの回復に努めた。

 その際に皆がお手本として仰いだのが、滋賀県が誇るビッグスター・東川貴教である。

 日本を代表する一流アーティスト兼ファッションリーダーながら気取るところがなく、しかも熱烈なアニメファンであることをおおっぴろげにしてそれまで陰キャなイメージであったアニメオタク像を根本から変えてみせた彼から学ぶところは非常に大きかった。


 おかげで今や滋賀県民は『全県民皆東川貴教』と呼ばれるほど親しみやすい県民性を手に入れ、訪れる旅行者たちを虜にしているのである。




PAST京都PK計画、か……」


 大島は通り過ぎる建設中の水中ステーションを新幹線の窓から眺めながら、誰にも聞き取られないような声量で呟いた。

 噂によるとこの水中ステーション『琵琶湖駅』が完成した暁には、米原はおろか京都駅すらも多くの新幹線が止まらなくなるらしい。

 あのPK計画に関するインタビューはあまりに過激すぎてオンエアしなかったが、着実にPAST京都は進んでいる。このままではまさしく京都は過去に葬り去られてしまうだろう。


 もっとも生まれも育ちも東京である大島からすれば、そのあたりに感傷的なものはない。

 自分自身の身に置きかけて考えてみると、ある日突然埼玉にとんでもない観光名所が出来てごっそり人を持っていかれるようなものだろうか。


 想像してみて、大島は別にそれでも全然構わないなと思った。

 なんせ東京は人が多すぎる。少しでもそれが緩和されるならむしろ大歓迎だ。


 それに滋賀県には琵琶湖という抜群の知名度を誇るものがあった。だから今回も滋賀県だけでアピールすることが出来たのだ。

 しかし、埼玉にはそれがない。千葉にもなかったから、某アトラクションパークは千葉にありつつも頭に『東京』と付けざるをえなかった。きっと埼玉も同じであろう。


『東京』と付く以上、それが実際はどこにあろうが東京の飛び地みたいなものである。東京の地位は決して揺るがない。京都のように追い越されるようなことはないのだ。



『京都、京都。ご乗車ありがとうございました』



 車内アナウンスとともにひかり511号がゆるやかにスピードを落とし、京都駅のプラットホームに停車した。

 大島は荷物棚から自分の鞄を下ろすと、乗降口へと向かう。

 新幹線を降りると、多くの学生服を着た集団もまた別の乗降口から次々と出てくるのを見かけた。

 きっと修学旅行の中高生だろう。かつてはこの後大型バスに乗り込み、京都の観光地巡りへ出かけたものだ。が、彼らの傍をすれ違った際に聞こえた会話からして、やはり目的地は滋賀県のようだった。


 正直に言えば、大島も出来ることならば滋賀県の取材がしたい。

 あの日の取材は満足がいくものではあったが、まだまだ大島には知りたいことがいっぱいあった。

 だが、今回の大島の目的は滋賀県の取材ではない。

 京都への、使であった。

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