第4話 幸花咲と蓮夢心
「鎖国時からあなたの会社が関わっているとは思っていましたが、まさか滋賀県全土をドームで覆って水没させるとは度肝を抜かれましたよ」
「あっはっはー。ま、そやろなぁ。うちの技術力はハンパ無いでぇ!」
階段を登って現れた大柄な男……びわこハウス建設株式会社代表取締役社長・
が。
「おっ、テレビやん! いえーい、ぴーすぴーす!」
すかさず方向転換し、カメラに向かって自己主張を始めた。
びわこハウス建設株式会社は、もともとは個人住宅の建築、販売、リフォームをメインとした企業である。
それが幸花の社長就任以降は事業を急速に拡大し、今では建設のみならずNASAと提携して宇宙開発事業も行っている。もはや日本を代表するゼネコンのひとつと言ってもよい大企業だ。
その滋賀県に本社を置く大企業が、今回の鎖国に関わっていないはずがない。
鎖国時に要所へ打ち立てられた鉄壁には『工事中』の文字以外に何も記されていなかったが、これほどの大事業、びわこハウス建設の仕事以外に考えられなかった。
それでも滋賀県をドームで覆って水没させ、さらには浮上させるなどというSF映画みたいなことをしてくるとは誰も予想すらできなかったが。
ドームはどれほどの強度を誇るのか?
安全面はどこまで確保されているのか?
空気は? 電気は? そもそもどうやって都市群を沈めたり、浮上させたりしているのか?
幸花に訊かなくてはいけないことは山ほどある。
「幸花社長、あなたには色々とお話を――」
「では、
「え、いや、それよりも」
「まずはみんな大好きご当地ゆるキャラ・びこにゃんのモノマネや!」
だが幸花はインタビューしようとする大島を無視して、どこからか取り出した赤兜を被り、口元をωにして巨体を左右に揺らし始めた。
先述したように、彼が社長を務めるびわこハウス建設は大企業である。
それでもびわこハウス建設に対する世間一般的なイメージがいまだ「なんかオモロイ社長がやってる町工場」なのは、ひとえに幸花のこのキャラクター性であろう。
全国局で流れるテレビCMも幸花と社員がドタバタ喜劇を繰り広げる内容だし、何かの番組に出る時もまずは一発ネタをかまさないと気がすまない。それが幸花咲という男であった。
ただ、それが常に面白ければいいのだが……。
今もカメラの前でびこにゃんのモノマネを披露しては大島たちを苦笑させているように、幸花の爆笑率はかなり悲惨なものであった。
「なにやってんのよ、咲。恥ずかしいからやめて」
そんな幸花に、階段を登ってきたもうひとりが声をかけた。
「恥ずかしいってなんやねん? 社長なら何事にも身を張ってなんぼやぞ、こころん」
「その『こころん』って呼ぶのもやめて。それからあんたさっきから必死にびこにゃんのモノマネをしてるけど、とっくの前からカメラ止まってるわよ」
「マジかっ!?」
くわっと目を見開いて幸花がレンズ越しにカメラマンを睨みつける。
「すみません、幸花社長。今回は新生滋賀県の取材で、どれだけ時間がかかるか分からないのですよ。なので彼には録画容量を大切にするよう、私から言ってあったのです」
「ああん!? つまりワイのネタは録画する価値がないってことかっ!?」
「いえ、そんなことは決して。先ほどのびこにゃんのモノマネも芸人顔負けの出来でした。もし社長さえよろしければ、今度うちの『開運お笑い鑑定団』に出演していただけたら」
「なに、ホンマかっ!?」
「ええ。今度ディレクターに話をしておきます」
「うおおおおおっ! やったー!」
幸花は両腕を上げて喜びを爆発させた。
「やったる! やったるでー! ワイの渾身のネタで会場をどっかんどっかん言わせたるわー」
まぁ、普段は現場でどっかんどっかん工事しとるんやけどなとドヤ顔で続ける幸花。収録当日がとても不安だが、大島は深く考えずに顔をもうひとりの方へ向けた。
先ほど幸花が「こころん」と呼んだ人物だ。
その名前に大島はひとりだけ心当たりがあったが、目の前のセーラー服を着た少女がそれとは俄かには信じることが出来なかった。
「あの、失礼ですがもしかしてあなたは……」
「テレビ屋さん、最初に言っておくけど私の姿を映すのはNGだから。声もボイスチェンジャーで変えること、いいわね?」
「え? あ、はい、かしこまりました」
「頼むわよ? 私はね、今はまだ
「社長ということはやはり?」
「ええ、ピース堂の社長をやってるわ、
予想はしていた。が、改めて本人の口から正体を告げられても、大島は「マジか!?」と驚かざるをえない。
滋賀県民にとってはお馴染みのスーパーマーケット・ピース堂。
それをここ数年で一気に全国区にしたのが、心社長であった。
しかし、その存在はほとんど知られておらず、大島らマスコミですら「心」という名前以外は掴んでいない。相当なやり手であることから、それ相応の経験を積んだ壮年の人物であろうというのが世間一般的な想像だったのだが……。
大島は改めて目の前の少女を見た。
セーラー服を着ていることから中学生か、もしくは高校生だろうとは思う。
が、そのあまりに低すぎる背丈と、幼すぎる顔付きから、どう見ても――。
「言っとくけど、これでも高校生だからねっ!」
「え?」
「あんた今、小学生だと思ってたでしょ?」
「いやいや、滅相もない」
慌てて首を振る大島に、心は「どうだか」と両手を腰に当てて頬を膨らませる。
そんなところも実に子供っぽく、大島は改めて「幼女かな?」と思わずにはいられなかった。
「さすがはこころん! 怒った顔もかわええなぁ!」
そこへ幸花が後ろからガバっと心に抱きつく。
「ぎゃー! やめろ、変態!」
「ええやん、これぐらい。いつも爺さんたちに抱かれてるんやから」
「人聞きの悪いことを言うなー!」
心は後ろ足で幸花の股間を思い切り蹴り飛ばすと、思わず前のめりになって突き出された顎に向かって、小さな背丈を精一杯伸ばしつつジャンプして体ごと拳を突き上げた。
見事な昇竜拳。飛びあがった心の、日本一丈が短いと言われている滋賀県産JKのスカートがふわりと舞い上がり、お尻の部分にプリントされたクマさんマークが見えるあたりもばっちりだ。
『分かってると思うけど、抱かれると言ってもああやって抱きつかれるだけのことだにゃー。なんせ心は「おてんてん会」のアイドルなんにゃ』
「おてんてん会?」
ふたりに代わって説明してくれたホタル・コウヨウの言葉を、大島は繰り返す。
なんだ、そのちょっと卑猥な感じの名前は?
『正確には「
「滋賀県出身の財界人たちのことですよね?」
『狭い意味ではそうなるにゃ。でも、実際は遡ること16世紀、織田信長にゃんが安土に開いた楽市楽座で財を成した祖先を持つ者がそう呼ばれているにゃ』
「そうなんですか?」
『そうにゃ。そして現代の大富豪のうち、全世界のなんと八割が近江商人なのにゃ!』
は?
あまりに突飛な話に目が点になる大島。
その大島の反応を無視して、さらに話を進めるホタル・コウヨウ。
曰く、貿易や布教活動で渡来し、安土の楽市楽座で一儲けした外国人たちも近江商人であり、その子孫の中には現在の石油王、投資家、ネットサービス創業者などもいるらしい。
『心はそんな世界中の大金持ちから可愛がられているわけにゃよ。だからピース堂もあの短期間で全国展開できたのにゃ』
「……つまりそれは今回の琵琶湖拡大計画でも世界のVIPたちの協力を得ている、ということですか?」
ホタルからの返答はない。
代わりに大島は再度、心に視線を向けた。
「死んじゃえ、変態! あんたも、あの爺さんたちも、いつか私の足元に這いつくばらせてやるんだから! 見てなさいよ!」
心が激怒しながら、倒れてぴくりとも動かない幸花の頭をげしげしと踏みつけていた。
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