第2話 新生滋賀県
「なんということでしょうか、滋賀県が完全に水没しています!」
大島はベテランのレポーターであり、プロである。
視聴者を惹きつける為には興奮していなくても興奮したふりをしてみせるし、どんなに不味い料理でも笑顔で「すごく美味しいです」と言える人間だ。
その大島が、しかし、今回は心の底から興奮していた。
世間的に滋賀県と聞いて真っ先に思い浮かべるのが琵琶湖であろう。
むしろ滋賀県に疎い人間は、琵琶湖しかないと思っているのではないだろうか。
が、その琵琶湖も滋賀県全体に占める面積は六分の一程度だ。
四方を山に囲まれているから、そのぎりぎりまで琵琶湖の水が押し寄せてきているかと思いきやそんなことはなく、特に琵琶湖の南東部には大きな近江盆地が広がっており、多くの人々が暮らしている。
ところが今カメラが映し出す映像には、まさに滋賀県民以外の世間が想像する、琵琶湖しかない滋賀県という光景が映し出されていた。
「県庁所在地である大津、さらには草津、彦根、長浜など滋賀県の主な居住区は全て琵琶湖の下に沈んでしまいました!」
大島は滋賀県の主要な都市だけを口にしたが、映像を見れば滋賀県にもはや人の住めるような場所がほとんどないのは一目瞭然であった。
なんせ西は比良山地、東は鈴鹿山脈、北はそれぞれ野坂山地、伊吹山地の山肌にまで琵琶湖の水位が上がっているのだ。
唯一、険しい山がない南の甲賀地区からは水が溢れ出そうなものであったが、そこには例の鎖国時に建てられた鉄の壁が並べられており、ちゃぷちゃぷと静かに打ち寄せる波を跳ね返していた。
「鎖国された滋賀県で一体何があったのか、現状では何も分かりません。しかし、このような状況になってしまった以上、もはや誰一人として生き残ってはいないでしょう」
映像で十分に滋賀県の現状を伝えることが出来たと判断した大島は、カメラを自分に向けさせた。
「どうしてこのような悲劇が起きたのか、そして滋賀県民は何をしようとしていたのでしょうか。我々はこれからも現地で出来る限り最新の情報を集めてまいりますが、一度ここでスタジオに」
中継をお戻しいたしますとキメ顔で締める……つもりだった。
『はいはーい、ホタル・コウヨウのいけいけごーごー滋賀県、始まるにゃーん!』
突然、東京のスタジオと繋がっているイヤホンから、そんな声が聞こえてきた。
「なんだ!?」
「どうやらホタル知事のYouTube生放送が始まったらしいッス」
言われて大島がモニターを見ると、番組は東京のスタジオではなくホタル・コウヨウの放送画面を映し出していた。画面右上には『緊急! ホタル・コウヨウ滋賀県知事、YouTube生放送中継』とテロップが出ている。
『みんな、おはよーにゃん。滋賀県知事のVtuberホタル・コウヨウですにゃ』
にゃにゃにゃーんと挨拶するホタル・コウヨウ。いつもながらとてもカワイイ。
『今日は生まれ変わった滋賀県を見てもらう為、上空に飛ばしたドローンからの動画を背景に映しているにゃん。見て見て、凄いにゃ! 滋賀県全体が琵琶湖になったにゃんよ! 早速ツイッターでも「滋賀県水没」がトレンドの一位になってるにゃーん』
ありがとー、ありがとーとホタル・コウヨウがにこやかに手を振る。
『でも「滋賀県水没」ってテレビ局が使っている言葉にゃけど、その表現は間違ってるにゃ。そうじゃなくて「琵琶湖拡大!」ってホタルは言って欲しいにゃんよ』
「琵琶湖拡大、だと?」
『だってこれこそがホタルたち滋賀県民の野望だからだにゃーん!』
「んな馬鹿なっ!」
思わず大島はモニターの中のホタル・コウヨウに向かって怒鳴った。
おそらくこの放送を見ている多くの者が、大島と同じ反応をみせたことであろう。
滋賀県民にとって琵琶湖が誇りなのは分かる。誰だって地元の日本一は自慢したくなるものだ。
だが、だからと言って自分たちの故郷を犠牲にしてまで琵琶湖を拡大してどうするというのか?
アホなの? 死ぬの?
『それなのにこの偉業を悲劇とか言っちゃうテレビ局はホントどうしようもない奴らだにゃん』
「……大島さんもさっき『このような悲劇』って言ってたッスね」
「ああっ!? それがどうした!?」
「あ、いえ! なんでもないっす」
ジロリとカメラマンを睨む大島。
そしてそんな大島を嘲笑うように
『でも、テレビ局の頭でっかちにホタルたちのしたことが分からないのも仕方ないにゃ。なので特別に今から凄いのを見せてやるにゃん。テレビ局はいますぐヘリのカメラに中継を戻した方がいいにゃんよ。では、行っくにゃー』
ホタル・コウヨウがカウントを始める。
慌ててカメラを再び眼下へ。
大島も「これ以上何を見せようっていうんだ?」と、ヘリから頭だけ乗り出した。
ホタル・コウヨウのカウントが終わっても、最初は何も変化がないように思えた。
ただ、どこからか「ぐごごご」と地響きのような音が聞こえてくる。
何の音だろうかと疑問に思っているうちに、大島はある変化に気付いた。
沈没した滋賀県にあって唯一顔を覗かしていたびわこ大津ぷりきゅあホテルの露出部が長くなってきている。
水が引いたのだろうか?
そう思っているうちに十階分のフロアが顔を出した。
それは水が引くというよりも水の中から急激に浮上するような、まるでビルが突然天空に向かって伸びていくようだと思ったその瞬間。
どどどどどどどどどどどどっ!
先ほどとは比べ物にならない轟音とともに、琵琶湖の中から球状の透明なドームに覆われた都市群が次々と浮上してきた!
まず顔を出したのは大津市南部。
続いて隣接する大津市北部と草津市、栗東市。
と、同時に北の方では長浜市が浮上し、米原、彦根と続いていく。
最後に東近江の日野町が浮上するまで、ホタル・コウヨウがカウントを終えてから一分とかからなかった。
「すげぇ……」
あまりのことに大島も生放送であるのも忘れて地の声で感嘆の声をあげる。
『どうだにゃー! 滋賀県は琵琶湖を拡大するため、新たに水陸両用都市に生まれ変わったんだにゃー!』
ホタル・コウヨウの勝ち誇る声が日本中、いや、世界中に響き渡った。
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