第11話 百合の花が咲く頃に……

流れ落ちた血や草を頼りに歩いていった。

あの少女の言葉は嘘ではないようだ、やっとだ、やっと彼女を見つけられる、そしてずっと思い出せなかった彼の顔も……

ふと、風が吹き荒れ枯れ葉が舞い上がったその瞬間一度見たような気がした。

草に隠され見えないあの顔がうっすらと思い出せてきた。

僕が間違っていなければ……祖父の言うとおりあんなに近くにいたのに気づかなかったなんていや、むしろ近いからこそわからなかったのかもしれない……

もう、忘れてなんかいられない、しっかりと自分の目で見て真実を見つけなければならない。

走ってその場に向かった、見覚えのある場所……そうだ、ここはあの青年と行方不明になった少女のいた場所だ、あぁそうだ。

道は続き、休むことなく走り続けた。

遠く離れた場所草が邪魔をして見つけられなかった、苔の生えた木製の扉を開いた、湿っぽく歪みやすい冷たい扉はよく見ると人の手形に変形していた、真っ暗なそこからは冷たい冷気が足先から僕の体を包んでいった。

そこには唖然とした顔した死体を愛しそうに抱き抱えた青年がいた、機械の甲高い音に雨水の不協和音が耳に残る、ここで足を引いたらもう、こんなチャンス二度とやっては来ない。

震えながらも踏み出し青年に声をかけた、酷く穏やか笑顔から抱えているものが異常だった、彼女の事を話せば狂ったように遺体に笑いかける、見ていてこちらがどうにかなってしまいそうだった。


『死んだ人間は戻らないよ……』


自身にも訴えるように呟いた、彼は目を丸くして僕の顔を見た、そんな事……もうわかっているはずなのに……

彼は癇癪を起こし真っ黒に染まった花瓶らしきものを見つめていた、彼の言葉は悲痛なさけびごえとなっていた、こんなに自分を追い詰めているのにいつなったら彼は救われるのだろうか、いやそんな事はきっとないのだろう。

こんな道しか選べなかったのだから……

貴方がそんなに自分を責めると言うなら、望む通りにして見せよう、それで気が済むならと花瓶や至るものを壊し彼女の遺体も壊そうとした、だけど手が震えてできなかった、沢山の人を犠牲にしてここまでやって来た。

今更死体なんて見慣れいるのにどうして……こんなにも恐ろしく思えてしまうのだろうか。

彼がしがみつき僕を止める……もう僕も限界なんだ……こんな悲痛な所をこんな哀れな彼を見たくない。

僕は思い付くだけの毒を吐いた、どうしてどうしてと聞いた、皆質問をすれば僕から離れていった。

人を傷つけることなんて簡単だ。

もう終わりにしたかった、彼の涙が服に滲み一瞬だけ正気に戻っていたように見えたがすぐに突き飛ばされた。

死体を抱き上げ覆い被さるように泣いていた。


『どうしてそんな目で俺を見る!!

やめてくれ!俺は間違ってなんかいない!…』


彼の鋭い目が僕を睨み付ける、裏返った声は潰れかかり酷く錆び付いていた。

嫌だ、嫌だと泣く声が胸に突き刺さる。

目覚めない彼女を失ったと言う現実を受け入れられないのだろう、僕だって認めたくない……でも受け入れなければ僕も彼も前に進めない。

理不尽で唐突な死それはどうにもならない、変えることのできない時間なんだ。

あの日あの時彼女に何があったか泣きじゃくる彼に聞かせた、肩を震わせる加害者に死を真相を語る、こんな馬鹿げた話と誰かは言うだろう、実際村の人たちもそういう言葉を吐いた人がいた。

でも、どんな花だろうと彼女にとっては彼から初めて貰った大切な花なのだ、彼女が愛した人から貰った花はどんな物より価値があり嬉しかったはずた。

それにあんな彼女が彼を憎んだりするわけがない、彼女はそんな人ではない彼もわかっているはずだ、でも、受け入れたくない無力な自分に皆の優しさが逆に彼を苦しませたのだろう、だからこんなにも彼は自分自身を責めこんな肥大化した妄想に囚われたのだ。

崩れだした体を抱え何度も彼女の名を呼んでいた。

もう……こんな事彼にさせたくない……

それは、きっと彼女も望んでいることだろう。

声をかけても崩れた死体をかき集め必死なその姿を見ているに絶えなかった。

彼は言った人を殺したいほど必死になったことはないだろうと、人を殺してしまっても構わないとそれ以上に愛したことはないだろううと、人殺しの自分を捕まえ彼女と引き剥がすのかと涙ながらに言った。

それはどうだろうか。

僕は彼の隣に立ち自分がここまで来るのに一体どれ程の人の命を見て見ぬふりをしただろうか、それを話した。

犯人がわかっていても敢えて騒ぎが大きくなるまで黙り終盤になれば犯人を当てる、誰もわからないように細工までして自らの実績を積んでいった。

そうやって、作ってきた自分の人生は人殺しと大差があるだろうか、いや僕はそうは思わない。

自らの実績を人の命を使い自分の欲の為に積み上げたのだから……


『僕だって、人殺しみたいなものだよ……』


綺麗事を吐くつもりはない、だけど彼をそう人殺したからと言って逮捕するなんて僕にはできなかった、あったとしても件権なんてありやしない。

震えた彼の手に触れ黒く汚れた爪先には変わり果てた彼女の跡が入っている、服を血や泥で汚しそれを洗い流すように綺麗な涙を流していた。

実に人らしく僕にはできないことの一つだ。


『行きましょう……ここじゃ貴方達の好きな花は見えない。』


そう言うと彼は触れた僕の手を握った。

彼らを引き剥がすことなんて僕にはできない、こんなに必死になれない、もしもそんな望みがあるなら僕もこんな性格ではなかったらきっと彼と同じことをしただろう。

共にあの百合の花がよく見える僕らの故郷に帰ろう。

彼女もそれを望んでいるだろう、彼女が愛したあの場所で彼女が愛したものに囲まれようやく終わりを告げるんだ。


『皆で帰ろう。』

『……俺は…』

『大丈夫、貴方はもう十分と良いほどに罪を償った。

少し道に迷っているだけだよ……』


そう道に迷って帰りかたを忘れただけだ、もう貴方もいつまでも夢を見る子供ではない。

夜はいつか終わり朝に変わる、太陽が昇る日が差すところに僕らは帰るんだ。


帰りたい……微かだけど確かにそう聞こえた。


『帰りたい……帰れるのなら……彼女と一緒に……』


帰りたい帰りたいとその手を強く握った。

救われるのかどうかはわからないだけど、いい加減彼を起こさなければ彼女を眠らせてあげなければいけない。


『お願いたします……お願いいたします……』


子供のように泣きじゃくる彼は何かに救われているように見えた。

血生臭い液体がそこら中に広がりまるでおどろおどろしい赤い花にも見えた。

ここで沢山の少女達の命が潰れあの割れた花瓶に押し込められ乾いた花に変えられた、考えただけでも寒気がする。

遺体を運び彼らのいた部屋を再度見直す……こんな暗い世界にしか閉じ籠っていられないなんてこれじゃ花も何も見えないじゃないか……

僕たちは歩き続けた。

この時期は日が落ちるのは早い……辺りはすっかり夜へと変わり暗くなっていたがお兄さんは歩みを止めることなく歩き続けた。

何も言わず時々彼女の様子を見ては微笑んでいた、彼からはもうあの悲痛そうな顔は消えていた。

随分と遠くまで歩いた気がする、後から足に痛みを感じため息をついた。

夜明けまでとはいかないがうっすらと明かりが見えた、久々に帰って来た故郷は昔よりも遥かに美しい光景へと変わっていた。

村の人達は誰もおらずきっとまだ寝ている頃だろう、彼女の墓はあの頃から開いたままだった、いつか帰ってくると遺体のない墓はこうして空洞になりその下には棺が置いてある。

白い服に包まれた彼女をその空洞となった棺桶に眠らせようとしているさいにお兄さんは彼女に向けて何かを伝えているようだった。

僕はそっとスコップを手に持ち上に掲げた。

背を向ける彼に向けて振りかざした……

ほんの少しの殺意で体は勝手に動く、スコップの重い先は彼の横に突き刺さり彼はそんな僕を見て笑った。

彼女を二人で埋めた、こんな事をしてみて思った事はあぁやはり僕には人は殺せない。

それを嫌でも思い知らされた、これでやっと彼女にお別れが言える、形はどうであれやっと会えた。


『お兄さんありがとう、やっとお別れが言えた。』

『……変な子だ……俺は何もしていないのに』


貴方はそう言うが俺にはそれしか言えない、彼は立ち上がり汚れた手を払い明るくなっていく空を見つめていた。

彼はこの先どうなる自首でもするつもりなのかはたまた自殺でもするのか、聞いてみた。

彼はコートのポケットに両手を入れ振り返る。


『あれ、もう君は連れてってはくれないのかい?』

『だから僕にはそんな件権ないって……自由にしなよ。』


彼は何かが抜けたように優しい顔つきに変わっていた、あまりにも無責任な言葉にねぇ、なんでそんな他人事なの、と訪ねてみるがわからないと言って彼はふらふらと何処かへ向かっていった。


『何処に行くの?』

『さぁ、でもやっぱり俺はここには居られないからね。』

『また隠れるの?』

『うーん、いや、ふらふらとそこらへんうろつこうかなって』


質問ばかりする僕に彼は困ったように苦笑して足を止めた。

あぁ彼女が言っていた通り、僕がこんなんでも本当に優しい人なのだと感じた。


『もしもまた迷っても君が見つけてくれるだろ?』

『大人の癖に迷子になりすぎ』

『大人だって迷子くらいなるさ。』


彼はそう言ってまた背を向け歩き出した。

もう二度と会えないかもしれない、それでも彼は手を振ってまた静かな時にあの花が咲く頃に……

彼はきっとまたやって来るのだろう。



これで、僕らの少しずれた日常はこうして終わりを告げた。

あの花が咲いた頃次はどんな日常が廻ってくるだろうかまた花が咲き乱れるのを楽しみに待っていよう。


パタリと本の閉じた音が聞こえた気がした、僕の寂しい話は、僕だけの不幸な物語は、私のダカラクタの心のお話は、俺の夜の話は、そして僕らの物語はこれできっと終わったのだ。

あの花が咲いた頃にそして枯れた頃に……

また何かが起きるのだろう。




そう、また百合の花が咲く頃に……




ーENDー





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百合の花が咲く頃に…… 雨音 @ameyuki15

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