お嬢様<amethyst>

「吉野家の人間であるのなら、誰よりも高く誰の手にも届かないところへと行きなさい」

 わたくしの周りの人達は、みな、口を揃えてそう言う。

 私、吉野姫華よしのひめかは、この国きっての大財閥、吉野家の跡取り娘。世界の女の子が1度は憧れる「お嬢様」と呼ばれる存在。

 望みもしないこの役柄を押し付けられた赤ん坊は、厳しく、美しく育てられ、世間を僻む悪役的お嬢様へと成長した。

 私は誰かの上に立つのが好きだ。おそらくそれは、財閥の跡取りとしてみんなが行ってきた教育の成果なのだろう。

 小学校のころから、学級委員長を務め、児童会長、生徒会長などと長の名がつく役職は制覇してきたつもりだ。

 私が引っ張ったクラス、または学校は、先生や世間の方々からの評価が高かった。

 私はその評価を受けることに、この上ない快感を見出していた。


 高校生となり当たり前のように生徒会長となった私は今、目下の行事である文化祭を成功させるために、日夜業務に勤しんでいる。

 このイベントを成功させられれば、私の会長としての評価は確立されたも同然である、と私の勘が囁いていた。

 この学校の文化祭は、生徒達が1年で1番浮き足立つものだ。理由は単純明快。生徒のみならず教師までも女性で統一されたこのお嬢様学校に、唯一男子が入ってこられる日として文化祭は知られている。高校生活をできる限り楽しもうとしている女の子にとっては、彼氏というお話の中の存在を実現させる絶好の日と言ってよかった。

 そのような風潮に一石を投じるつもりはさらさらない。それどころか、1人の女性となろうとする彼女たちを、応援したい気持ちですらある。

 その応援を形にするのが、生徒会のプログラムである、演劇だった。

 この演劇は、「隣の人と手を繋いで主人公たちを応援して!」という観客参加型のものにするつもりだ。そうする事で気になる人と観覧に来ていた女子が、その人とぐっと距離を縮めるいい機会になるだろう。

 そして、見事カップルとなれた女生徒から、生徒会長として支持してもらおうと考えていた。


 文化祭当日。

 五月晴れが気持ちの良い朝で、私は自室のベランダから、今日の演劇の成功を確信していた。

 だから、学校に着いた時に主人公役の生徒が来られなくなった事を聞いて、戸惑った。

 昨晩、寝ようとした所をお父様に引き留められ、言われたのだ。

「明日の生徒会のプログラムを私も見に行こうと思う。なにやら今年はお前が引っ張って面白いことをするらしいな。吉野財閥の跡取りとして期待しているぞ」

 それは、私にとっては「お前が跡取りとしてふさわしいか見させてもらう」と言われていることと同等だった。おそらく父もそういう気持ちで言ったのだろう。

 だから、この1ヶ月練習してきた生徒が抜けたというのは大きな痛手となる。しかし、ここでへこたれていては、財閥の跡取りとしての才覚はないと言えるだろう。

 私は、自ら主人公を演じると申し出た。へたな人にやらせるよりは、それがずっといいと思った。


 開演の時が迫っている。セリフは一語一句違えず覚えた。簡単に他の人との合わせもした。その時に「ずっと一緒に練習してたみたいです。これなら大丈夫ですね」と褒められたのだ。大丈夫。きっと成功させられる。

 開演のブザーが鳴って、幕があがる。多くの観客の視線が自分に集まるのがわかった。

 舞台は半ばまで順調に進んでいた。そして後半。ついに見せ場である観客の力を借りるシーンまで来た。

 そのシーンは、怪物が出てきてどうにもならないことを悟った主人公たちは、観客からエールをもらう。そういう話なのだが、いくら待っても肝心の怪物が姿を表さなかった。

「おかしいわね、ここら辺に怪物がいるはずなのだけれど」

 私は必死のアドリブで、つなぐ。しかし、同じく舞台に立っている女の子は、気が動転しているのか、そのアドリブに返すことができない。怪物が姿を表すことも一向になかった。

 しだいに観客席がザワザワとし始めた。私はその観客の中にお父様を見つけた。

 お父様は、首を横に降って会場から出ていくところだった。


 結局演劇は、中断という形で終わった。怪物は、運んでいる途中で壁にぶつかり大破していたらしい。もともと発砲スチロールで作ったものだから、そうなるのは仕方の無いことだったのだろう。

 だが、そんな事より私はお父様のことが気になった。

 あれから、お父様が私に話しかけてくることはない。噂では、部下の1人に目をかけ、跡を継がせたいと話しているらしい。

 財閥の跡取りとしての役目は、私から急速に離れていった。

 しかし、私にはそれ以外の生き方などわからない。

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Jewelry 流生 @Rui-Tubasa-Ringo

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