エピローグ、という名の弱くてコンティニュー

 人類の存亡がかかっていたかもしれない戦いの幕が下ろされてから、数日経った、ある日の午後。


「まったく……このクソ忙しいところによく来やがったな」


 エイリーク城は謁見の間にて。この城の主である女王は苛立ちを際立たせた声音で臨まぬ来訪者を歓迎する。来客を持てなすために設置されているはずのテーブルには書類が山積し、飲み物すら置けない具合である。

 これには来客者も思わず苦笑いを浮かべるしかない。


「来やがったとはまた随分な言いようだな。俺を召喚したのは貴様だろうが」

「ああ、そうだ。そのとおりだ! もうなんというか口癖になってしまってな!」

「開き直ることじゃないだろう……。して、何用だ。俺は忙しいのだが」

「魔王の座を降りた挙句に改めて世界中を物見遊山するなどという馬鹿げたことを勝手気ままにはじめた分際でどう忙しいのか具体的に言ってみろ」

「誰が遊んでいると言ったかはさておいて、あちこち廻っているのは後継者探しのためだからな。事実、魔族でないというのに魔王の座を降りられん。困ったことにな」

「なんだ、我と大差ないではないか。あははははっ!」

「同じにするな。貴様と俺の跡継ぎの話は根本的に原因が違うだろう……ったく」


 眉間に皺を寄せて毒を吐く女王に対し、アルシアはやれやれと首を横に振る。


「まぁいい。本題に入ろう。呼んだのは他でもない、我が領土周辺の被害についてだ。幸いなことに城下町には大きな損害がなかった一方、農場や牧場は荒れ果て、このままでは使い物にならんということは分かっておるな」

「仕方なかろう。世界の存亡を賭けた戦いだったのだぞ」


 トメクとの一戦はすぐさま世界中に知れ渡ることとなった。

 アルシアは世界を救った立役者として魔族と人間双方の賞賛を受けたものの、これといって報酬はないし、アルシア自身も自分にしかできない当然の義務を果たしたまでと頑なな態度を貫いた結果、これといって特別な行事が開催されることもなく、二日も経てばまるで何事もなかったかのように世界は動き出した。


 ただ一つ、誰もが無視できないような大きな爪痕を地上に残して。


「むしろあの程度の被害であったことを喜ぶべきところなのだがな」

「だが住民にとっては死活問題だ」

「…………金で解決か?」

「それも考えたが……しかしつまらんだろう。だから、手を借りたい」


 腰を落ち着ける場所もなく立ち往生していたアルシアへと歩み寄り、女王は一つ提案を持ち掛ける。


「どういう方法でも構わないから協力をしてくれないか?」

「被害は甚大といったところで、お前たちお得意の機械技術で農耕できるだろう」


 実際、農場の一つや二つを回復させる程度のことは人間たち自身でできてしまう。

 それを知りながらあえて提案してくる真意を測りかねるアルシアに、エイリーク十三世はみせつけるように溜息を溢してみせる。


「貴様……折角の機会をふいにするつもりか。魔族と人間が協力する好機であろうが」

「………………………………………………………………………………確かにそうか」


 未だに魔王としての権限を持っていること自体、少々まずい気がしないでもないアルシアだが、人間へ転身するときに大衆の前で誓ったことを行動に移せる機会であるのは確かだった。セラやエルレに相談すれば、すぐに段取りも決まりそうである。


「ここで即決できる話ではないが、すぐにまとまるはずだ。して、話はこれだけか?」

「…………個人的に少しだけ、本当にほんのちょっとだけ興味があることを聞きたい」


 エイリーク十三世はわずかに逡巡してから、ぼそりと切り出す。


「貴様、これからどうするつもりなのだ? 魔王を続けるといっても、死ぬまでではあるまい。あの調界者とやらの言うことが真実ならば、いずれ新たな魔王が生まれるということであろう? その姿から戻らぬのであれば、座を温め終えた以降は人間として生きていかざるをえないはずだが」

「この身を案じてくれているのか」

「ち、ちがっ……別にそういうつもりは……ちょっとした興味だと前置きしたろうがっ……要は、その……なんだ…………気になる、あい、て……とか…………」


 頬を赤らめながら女王は口ごもる。


「なんだ、急に小声になって……。用がないなら俺はもう魔王城へ戻るぞ」

「待て、焦るな! 落ち着け!」

「それはこっちの台詞だ」

「だからだなっ、その……人間としてどう生きていくのか、と聞いている。旅をするのもよかろう。世界のために尽力するのもよかろう。だが、将来の伴侶とか、どうするのだ」

「……ふむ。なるほどそういうことか」


 合点がいったと頷いてみせるものの、そのどれも、魔王であった頃は特に考えもしなかったことだった。

 だが、人間として生きていくのであれば、子孫を残すという意味でも、一考の余地があるのは確かにそのとおりで。


「……特にいまのところこれといった予定はないな」

「聞いた我が愚かだった……」


 返事を期待していた女王も、アルシアの態度を見て自ずと察する。世界平和に邁進するばかりで私生活面の人生プランがあまりにも疎かになっているのは誰の目にも明らかだった。


「伴侶に困るようなことがあれば我に相談するがいい。世界に顔が利くからな。誰でも紹介してあげられるぞ」

「そういう気分になったらな。いまはそんな余裕もない。とにかくお互い、目の前に山積したあれこれを片付けるので精一杯だろう」

「まぁ、確かにそうではあるが……」

「これで話は終いだな」

「なんともつまらん男だな。世間話もろくに続かぬ」

「雑談をしにきたわけではないからな」

「むぅ……」


 面白くない応酬が続き、女王はいよいよ頬を膨らませる。しかしアルシアは臍を曲げる女王の機嫌など知ったことかと、謁見の間を後にしようと踵を返す。


「待て!」

「なんだ……もういい加減切り上げたいのだが」


 立ち止まり、続く言葉を待つ。

 少しだけ、静寂があった。

 そして、たった一つだけ、縋るような声があった。


「これからも……よろしく頼んだぞ」

「……ああ」


 女王の願いを聞き届けて、アルシアは城を出る。

 そして、やれやれと首を振った。

 平和を実現して、勇者の真似事をして、世界を救って、そのついでに魔族をやめて、そして力の大半を失ってしまっても、アルシアにしかできないことは山積みだった。


 期待されて、尊敬されて、崇拝されて。休みたくても世界がそれを許してくれない。

 魔族だった頃とは違い、体力も落ちている。魔力だってほとんど失ったようなもの。

 それでも必要とされているのは、果たしてアルシアの人望と、積み上げてきた歴史がなせるもの。平和を追求し続け、魔族と人間の共存を目指した者の功績と信頼は、ちょっとやそっとで色褪せるわけもない。


 そのことを実感したアルシアは、朗らかな笑みを浮かべて空を見上げた。


「まったく、世話の妬ける世界だな。だからこそ、愛せるというものだが」

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魔王が世界くらい救えなくてどうするっ!? ~異世界転移者と神の使いが攻め入ってくるようです~ 辻野深由 @jank

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