騎士の決意

ホムラショウイチ

騎士の決意

――貴女のその在り方を美しいと思った。

――だから護りたいと、そう誓った。


●●●


ここに大陸があった。

大陸には多くの国家が乱立していたが、その全てを支配する者がいた。

魔女である。

魔女は黒の森の奥地、黒の城に居ながら、大陸全土にその魔力によって生み出した魔物を放っていた。

放たれた魔物は人々を襲い、奪い、喰らい――苦しめ続ける。人々を苦しめる事こそが、魔物の――ひいては魔女の目的だった。

大陸は魔女によって支配され、魔物に怯え続ける、暗黒時代にあった。


●●●


「私ね。神様の声が聞こえるの」


少女のその言葉を、少年は最初信じなかった。

少年にとって"神様"は存在しないモノだったからだ。"神様"とやらがいるのなら、どうして僕達はこんなに日々苦しんでいるんだ?と思っていた。

少年と少女は同じ村に住んでいた。小さな村で、牧畜を主産業にしている村だった。

生活は苦しかった。牧場には何度も魔物が襲撃し、牛や羊、馬などをさらっていく。その分だけ稼ぎは減り、満足に食べる事も出来ない有様だった。


「神様がいるなら、こんなに苦しんでる僕達をどうして救ってくれないのさ」


少年は少女にそう問いかけていた。八つ当たりだとは分かっていたが、日々の苦しさが、少年の心から余裕を奪っていた。


「救いはあるよ。がそうなの・・・・・。私は、神様に世界を救いなさい、って選ばれたのよ。だから、私が救い」


そう言って、少女は自分の分のパンを少年に渡していた。ぐぅ、とお腹を鳴らしながら。

少年は手渡されたパンを見て、衝撃を受けた。


――キミだってお腹が空いているのに。

――どうして、僕にパンをあげられるの?

――これが・・・いなの・・・


「遠慮しないで食べてよ。私は大丈夫だから」


そう言って少女はニコニコと笑いながら少年を見る。その笑顔に、少年はしばらく魅入られていた。


●●●


それから少年は少女の事を出来るだけ見ておくようにした。

少女は、とにかく優しかった。

お腹が減った者がいれば自分の食べ物を分けてやり。疲れて仕事が出来ない者がいれば代わりにやってやり。

困った人が、悲しんでいる人がいればその場に行き、問題を解決する。


――凄い子だ。


皆、日々の生活に苦しんで他人を思いやることなんて出来ないのに。あの子は、ごく自然に他の誰かを思いやっている。少年は、それを凄いと思った。


「お疲れ様」


少年は仕事に合間を見て――少年は子供だったが、村に余裕が無いので狩人を仕事としてやらされているのだ――少女に話しかける。その際、仕事の報酬としてもらったキャンディやキャラメルを持っていった。


「ありがとう、貴方は優しいね」

「そんなこと、無いよ」


手渡されたキャンディを舐めながら礼を言う少女。それに、少年は照れくさそうに答える。


「キミは、いつまでこんなこと・・・・・を続けるの?」

「ずっと、かな。私は神様に選ばれた、聖女だから。世界を救わなきゃいけないの。今みたいな苦しい世界を、笑顔で溢れる世界にしたい。そのために、私はずっとこんなこと・・・・・を続けるつもりよ」


少年の疑問に、少女はあっさりと答える。

少年は決して頭が良くなかったが、それでも少女の言う事が、とても難しい事であることは分かった。

魔物に襲われ、ずっと続いている苦しい生活。こんな不幸は、世界中で起きているのだという。その全てを、少女は救うというのだ。


「そんなこと、無理だよ。世界を救うなんて、出来っこない」

「やってみなければ分からないわ。それに、誰かがやらないといけないことなのよ。なら、私がやる。それだけのことだわ」


少年の言葉を、少女は真っ向から受け止める。自分が、世界を救うのだと。その目は、とても真っ直ぐに見えた。

少年はそう言った少女の姿を。世界を救うと宣言した少女の姿を。


――綺麗だ。


そう、思った。


「――何? じっと見つめてきたりして」

「――あ、ごめん」


おかしな人、と笑う彼女の笑顔を見ながら、少年はふと思った。思ってしまった。


――キミが世界を救うと言うのなら。僕は、そんなキミを、護りたい。

――キミが世界を救えるように。キミの征く道を、僕は護ろう。


そう、思ったのだ。


――それはささやかな決意。自分自身に課した、大切な約束。

そうして少年は決めてしまったのだ。少女の道に、寄り添い続ける道を。


●●●


それから十数年経った。

少女は世界を救うのだと、周りの人々を助け続ける内に――いつしか不思議な力を使えるようになっていた。傷に手をかざすだけで治せたり。泥水をワインに変えたり。一粒の麦を無限に増やしたり。魔物を祈りによって消滅させたり。

様々な奇跡を起こす彼女を、周囲の人々はやがて"聖女"と呼ぶようになっていった。

少年はそんな少女の傍に寄り添い続けた。彼女を狙う者、魔物を独学で学んだ剣で切り伏せていった。そんな彼は、いつしか"騎士"と呼ばれるようになっていた。

聖女は生まれ故郷の村を出て、大陸中を旅するようになった。魔物に苦しめられる人々を救うため。そして何より――この大陸を苦しめる元凶である、魔女を倒すために。

騎士はそんな聖女の旅路に同行した。


●●●


「ありがとうございます聖女様!! これで我が国も救われます……!!」


鉄の国の王城、その謁見の間にて。鉄の国の王が、玉座を降り、頭を地面に擦り付けて礼を言う。

そんな王に聖女はやめてください、と恐縮していた。いつものことだ、と騎士は思う。

国を訪れ、魔物によって傷ついた人を癒し、水と食料を増やし、祈りによって周辺の魔物を消滅させる。

この数年、大陸中の国々で行ってきた聖女の奇跡である。これによって国はとりあえず・・・・・救われ、国の王は皆聖女に感謝した。


「ですがまだ安心は出来ません。魔女がいる限り、魔物はまた現れますから」


聖女が王を立たせて、厳しい顔で告げる。そう、まだ完全に救われたわけではないのだ。

例え今いる魔物を消しても、魔女が新しく魔物を産む。聖女が行った奇跡は、一時しのぎに過ぎないのだ。


「ですから私達は行きます。黒の森の奥地、魔女の元へ」


●●●


――斬ッ!!


夕焼けに染まる森の中に、肉を断ち切る音が響く。騎士の剣が、牛型魔物の首を落とす音だ。


「今日はこの辺りで休みましょう。明日中には魔女の城に着くでしょう」

「ええ、ありがとうございます」


ガチャガチャと音を立てながら、騎士は背負った荷物から鉄棒を取り出し、組み上げる。三本を三角錐状に地面に立て、その上にボロ布をかける。簡易なテントだ。

さらに薪を集め焚火をつける。聖女と騎士のいつもの夜営である。


「いつもありがとう、騎士。私一人ではここまで来れなかったわ」


聖女もまた荷物から干し肉やパン等を取り出し、騎士がつけた焚火であぶり始める。


「私の祈りは大量の魔物を一度に消せるけど――とても時間がかかるから。こういう移動中に魔物に襲われると私だけではどうにもならない」

「役に立てて光栄ですよ、聖女」


しばらく、パチパチと音を立てる焚火を見つめながら、無言の二人。聖女が用意した簡単な食事をしながら、時間が過ぎていく。

やがて日は落ち、月が登る。


「こうして月を見るのも、今日が最後かしらね」


食後のコーヒーを両手に持ちながら、外套に包まって聖女がしみじみとつぶやく。視線は頭上の満月だ。


「魔女を倒せば、この旅も終わります。そうすればベッドの上から月を見ることも出来るでしょう。地面の上から見るよりは、快適に見れますよ」

「私は好きよ? こうして自然の中で月や星空を見るのも」


貴方はどう? と聖女に問われ、騎士もまた頭上を見上げる。都市部の明かりなどが無い森の中のためか、夜空がいつもよりもはっきりと見える。星座等は不勉強な騎士には分からないが、その輝きの量と光に、圧倒される。


「――騎士。今更なんだけど――どうして私の旅に付いてきてくれたの?」


月夜を見上げながら、聖女が問う。


「貴方がいてくれて本当に助かった。貴方がいなければ私は魔女の元まで来れなかったでしょう。だから本当に感謝してる。

 ――感謝しか、出来ないのよ。私には貴方にあげられるものなんて何もない。それなのに、どうして?」

「――貴女が心配だったからですよ、聖女。何せ貴女ときたら子供の頃から向こう見ずでしたからね。自分の事は放っておいて他の誰かのために突っ走る所がある。

 貴女には世界中の人が救われている。助けられている。なら、私一人ぐらい、貴女の助けになってもいいじゃないですか。そう思っただけですよ」


騎士もまた月夜を見上げながら、答える。騎士の本心。子供の頃から変わらない、騎士の決意だった。


「――貴方には本当に救われているわ、騎士。ありがとう。改めて、心から感謝を」

「感謝なんていいですよ。それにまだ旅は終わっていません。魔女を倒して、故郷の村に帰るまで、旅は終わらないんですから」


騎士の言葉に、聖女はあいまいに笑う。

決戦前夜は、静かに更けていく――。


●●●


魔女の城、その最奥。魔女の玉座にて。


「――ハァァァァァァ――ッッッ!!!」

「小賢しい……!」

「騎士、もう少しお願い……!」


騎士と、聖女と、魔女の戦いが繰り広げられていた。

聖女が魔女封印の祈りを捧げ、それを破らんとする魔女を騎士が止める、そんな構図だ。


「魔女! 魔物を産み、大陸を恐怖に染める魔女よ!! 今日がお前の最期の日だ!!」

「騎士! 愚かなる騎士よ! 我が野望は止められん……!! "魔天狼フェンリルよ、顕れよ"!!」


魔女が呪文を唱えると、彼女の背後に魔法陣が現れ――その中から巨大な狼型魔物が現れる。

人間よりも巨大な魔物狼をしかし、騎士は剣の一閃にて両断し、魔女へと剣を叩きつける。


「"封印縄グレイプニルよ、護れ"!!」

「――チェェェイッッッ!!!」


魔女の呪文に応じ、光の縄が彼女を護る様に取り囲む。騎士の剣は光の縄に食い込み、阻まれた。


「"世界蛇ヨルムンガンドよ、喰らえ"!! "死女神ヘルよ、呪え"!!」

「――な」


今度は魔女の背後に二つの魔法陣が現れる。片方からは巨大な蛇型魔物が、もう片方からは黒い女型魔物が騎士を襲う。


「――ハァッ!!」


――斬。

騎士の剣は蛇を口から上顎下顎に開くように両断したが、その隙に死女神ヘルが騎士の背後に取り憑く。


『ウフフフフフフ……ハァナサナァイ……!』

「グアァァァァァァッ!!!」


死女神ヘルに背後から抱き着かれた騎士の全身を、痛みが襲う。立っていられないほどの激痛に膝を落とし、剣を杖に何とか倒れるのを支えるのがやっとという有様だった。


「おのれ……!」

「まだ喋れるとは驚きだな騎士よ。普通は死女神ヘルの抱擁を受けた時点で死ぬのだが。まぁいい――貴様は後だ。まずは聖女を――」


睨むのがやっとという騎士を、嘲笑で見降ろす魔女。彼女がその視線を聖女へと向けた時、その表情は驚愕に染まった。


「"――古き神代よりの盟約に従い・契約をここに・救いは無く・光は無く・希望は無い・故に・破滅は無く・闇は無く・絶望は無い・聖も魔も・彼方へと消えるべし――神代の終焉ラグナロク"!!!」


同時に終わる、聖女の祈り。同時に、魔女と聖女が、光に包まれる。


「貴様――分かっているのか!? このりの・・意味・・が!! 聖女よ!!」


光に包まれながら、魔女が半狂乱で叫ぶ。


「この封印の祈りは! 魔女・・聖女・・として・・・夜空・・封印・・する・・だぞ!!

 魔女と、聖女お前は、星として夜空に封印され――永久・・のだぞ!?

 理解わかっているのか、聖女ォォォッッッ!!!」

「どういう……ことだ……」


魔女が封印の祈りにかかった影響か、死女神ヘルが消えた騎士は――呆然としながら、光に包まれた聖女へと問いかける。


「魔女と、聖女が、共に封印される……? そんな祈りを、君は使ったのか!?」

「――ゴメンね、騎士」


光の中で、彼女は目を伏せて謝罪する。


「神様からもらった奇跡には、魔女をなんとかする祈りは、これしか無かったの」

「だからって、そんな――じゃあキミは、魔女と心中するために旅をしていたのか!?」

「うん」


騎士の糾弾に、彼女は頷く。


「それしか、世界を魔女から解放する方法は――世界を救う方法は無かったから。これで、世界は魔女から救われるんだよ」

「でも、そんな……」

「そんな表情かおしないで。せっかく世界が救われるのに――泣いてちゃ台無しだよ、騎士」


騎士は涙を浮かべながら、聖女へと近づこうとする。しかし、聖女と魔女を包む光の壁に阻まれ、前に進めない。


「やっと世界が平和になるのに! そこにキミがいないなんて――あんまりじゃないか!!」


ガン、ガンと騎士は光の壁を殴りつける。しかし壁はびくともせず、聖女と騎士を隔てていた。


「そう言ってくれるだけでも、私は嬉しい。平和になった世界に、私はいないけど――騎士。貴方には、幸せになって欲しい」

「待ってくれ! 聖女! 私は――!!」

「――ゴメンね」


サヨナラ。

聖女がそう言い残すと同時、聖女と魔女を包む光は目も開けられないほど強くなり――瞬間、玉座の間の天井を突き破って、天へと昇って行った。


「――聖女」


そうつぶやく騎士が見上げた天井には、穴から夜空が広がっている。星々が輝き、昨日と変わらぬ風景をそこに表していた。

否。この無数の星々はたった今、一つ増えたのだ。聖女と魔女、その二人が封印され、永久に殺し合う星が。

星は無数で、どれに聖女がいるのか、騎士には分からなかったけど。


「――聖女ォォォォォォッッッ!!!」


彼女に向けて、叫ばずにはいられなかった。


●●●


「――そうか。そのようなことがあったのか」


それから数日後。魔女が消え、魔物がいなくなった大陸のとある国――鉄の国。

その玉座の間にて、騎士は鉄の王と謁見していた。

魔女が封印された事を伝えるためだ。魔女が封印されたことを知っているのは、その場で見ていた騎士一人だけなのだから。


「では鉄の王。私はこれにて――」

「待て、騎士よ」


下がろうとする騎士に対して、王が止める。


「――何か」

「お主、これからどうするつもりだ?」

「大陸中に、魔女封印のことを知らせて回ります。そうすれば、皆ようやく安心できるでしょう。そして――心から、笑えるようになる。そう思いますから」

その・・?」

「――――」


王の問いに、騎士は無言。


「聖女のために付き従ったお主の想い、この鉄の王、少しは想像できる。だからこそ心配なのだよ。聖女のいなくなったこの世界で、お主はどうするのだ? 行き場所が無いというのなら我が国に来なさい。お主ほどの騎士であれば、ぜひとも我が国で力を奮ってもらいたい」

「ありがたいお言葉ですが、お断りします」


騎士は深く礼をして、言葉を続ける。


「私には、やるべきことがあります」

「やるべきこと?」

「聖女を護る。それが私のやるべきこと。だからそれを果たすだけです」


●●●


月夜の下、深い森の中を、騎士が歩いていく。


「――待っていろ、聖女」


つぶやく騎士が見えるのは、夜空の星々。そのどれ・・に彼女がいるのか、それは分からない。それでも、騎士はそこへ行くつもりだった。

行く方法等今は皆目分からない。可能なのか不可能なのかさえ分からない。

それでも。

彼女を護ると、そう誓ったのだから。


「――やってみなければ分からない。だろう? 聖女」


言って、騎士は歩み続ける。

道は遥か遠くまで続いていて、その道が正しいのかさえ分からない。それでも、騎士の胸に宿る決意がその道を照らしている。

騎士はただ、その道を歩いていく――。


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