灼然

あひみての

イヤチコ

 金に漆黒の瞳。その瞳を見たならば誰しも察するだろう。尊い方であると。その瞳の前にどんな誤魔化しも嘘も通用しないと。と、同時に己がいかに不完全な存在であるか、狭き了見であるかという事に気付くだろう。先が紅く尖った嘴には気品が溢れ、蒼、朱、白と流れるような気高き冠羽。藍から瑠璃、茜、翡翠、紅紫、黄色と華やかに彩られた羽と金色に輝くの長い尾羽を持つ大きな鳥。圧倒的な存在感。

 欅の大木の生い茂る葉の間から空を見上げ、美しい翼を広げると、ゆっくりと流れる綿雲に向かい飛び立つ。空を切る羽音とともに欅の葉がザワザワと音を立て揺れた。青い空にその美しい色彩が陽の光を撥きながら悠々と舞う。撥かれた光の粒は煌めきを失うことなく彩雲となり空を七色に彩っていく。

その美しい姿に見惚れていたはずの私の目は、いつしかその鳥の更に上から地上を見下ろしていた。全身で風を感じているのだけれど、自分の身体を確認出来ない。しかしながらこの現状に違和感を持たない私がいる。

身も心も気持ち良い多幸感の中にいる。世界を満たす全てが愛しいもので溢れている。


 …こちらへいらっしゃい…


 その鳥に呼ばれた気がして、目線をやると下にいたはずの鳥は私の隣を飛んでいた。その美しい瞳がこちらを見ている。


 …よくご覧なさい…


 その瞳が語りかける。次の瞬間、私は鳥の背に乗り、柔らかな羽毛と体温を感じていた。翼の下に広がる風景…知っている。


 知っている!!!


芽吹いた若葉が眩しい木々

木々に覆われた山々

連なる稜線

その合間を流れる一本の川

川の両端に咲き乱れる花々

舞う蝶々

木製の小さな橋

澄んだ雪解け水が光を受けて踊るように輝く

少し伸びた稲がサワサワと音を奏でながら

揺れる揺れる

吹き抜ける風が見える

山側にある茅葺の家々

水車が回り

竹竿に干してある白布が眩しい

牛が寝そべり馬が草を食む

スズメは家の軒先で巣を作る

よく手入れされた畑

緩やかな曲線を描く道

自噴する温泉に集まる動物たち

砂浜に広がる緑

静かな波が打ち寄せる

透き通った海

海藻の森

小魚の群れ

海の向こうに見える雄々しき山


 知っている


 これは私の故郷だ。

 間違いなく故郷だ。

 けれど、そこには舗装された道路も電柱もない。機械的なものも一切ない。朽ち果て自然に還る物しかない。

 同じ場所なのに同じではない。

 不思議と夢ではない気がした。

 遠い遠い昔にあった風景なのか…

 違う、こちらが本物・・であると直感する。理由などない。本物・・なのだ。過去、現在、未来そんな概念ではない。

 溢れる涙が羽の上で珠になり、空を映しては飛ばされていった。


 いるべき場所

 あるべき姿

 ここに帰らなければいけない

 私の生きている場所は嘘だらけだ


 …案ずることはありません…


 ゆっくり目を開ける。

 部屋の天井が歪んでみえた。

 相変わらず涙が溢れている。


帰るべき場所がある

私は長い夢を見ている途中

その場所の素晴らしさを知るためにココにいるのだ


 ー了ー

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灼然 あひみての @makotrip

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