僕以外がスマホに寄生されました

折原さゆみ

第1話

 スマホがただの便利な機械ではなく、意思を持っていることに人々が気付き始めたのは数年前。それは突然訪れ人類の歴史は大きく変わることになった。


 鷹崎紫陽が高校1年生に入ったばかりのGW明けだったと思う。朝、紫陽が自分の教室に入ると、クラスの中心に人が集まっていた。どうやら誰かを囲んで騒いでいるようだ。


 何を騒いでいるのか気になったので、紫陽は、騒いでいる集団近くにいた生徒に話しかけた。


「おはよう。朝から何をそんなに騒いでいるの。面白いニュースでもあった?」


「鷹崎か、みてみろよ。あれが本当だったら大ニュースでマスコミが騒ぎそうだ。」


「そうだよ。だって、スマホが手から離れないなんてありえないでしょ。それに本人曰く、手に合体して取れないなんて言うから、面白すぎて。」


 興奮し様子で集団の中心を指さすので、つい好奇心から紫陽はその噂の張本人を確認してみることにした。


 彼らの言っていることは本当のようだった。遠目からはスマホを片手に持っているようにしか見えなかったが、近くで見ると様子がおかしい。スマホを持っているように見えたが、実際はそうではなく、本当に手と合体しているように見えた。


「き、きのうの、よ、よるにスマホで、ゲームして、そのまま、ね、ねおちして、たみたいで……。あ、あさおき、たら、て、てからスマホ、がはなれなく、て……。」


 手にスマホが合体して離れなくなってしまった生徒は、泣きながらクラスメイトに訴えていた。一生懸命に手からスマホを外そうとしているが、うんともすんともいわない。



 彼女がクラス初のスマホの犠牲者となったのだった。今日の帰りにはこの現象は全世界に広まり、その後は社会問題として連日ニュースで盛り上がることになるのだった。


 この日を境に人類はスマホとの関係を大幅に見直すことを余儀なくされた。まさか、技術の進歩か、突然変異でも起きたのか、スマホが意思を持って人類に寄生するとは考えもしなかっただろう。


 しかし、これは紛れもなく現実である。






「紫陽も高校生になったのだから、スマホが必要になるね。」


「そうね。今時の高校生は大抵持っているから、紫陽にも買ってあげなければいけないわ。」


「お兄ちゃんいいなあ、私もお兄ちゃんと一緒にスマホデビューしたいな。」


「僕は別にスマホはいらないよ。あれば便利だと思うけど、かといってなかったらなかったで、特に問題なさそうだし。それにスマホって結構高いでしょ。だったら欲しいといっているすみれにでも買ってあげたらいい。今時、中学生でもスマホを持っている子は多いみたいだから、すみれは成績も優秀だし、ご褒美に買ってあげたらいいよ。」 



 鷹崎紫陽はこの春、高校生になった。高校生になったお祝いとして、両親はスマホを彼に買ってあげようとした。今の世の中、高校生にもなったらスマホを所持しているのが当たり前である。


 両親も良かれと思っての言葉だったのだろう。しかし、紫陽はそれを断ってスマホを持たない高校生活を送ることに決めた。



 両親や妹にはたいそう驚かれたが、彼は本当に欲しくないのだから仕方がない。それに現在持っている携帯電話がまだ壊れていないのに新しいものに変えるのはもったいないと思ったようだ。


 中学の同級生がスマホを自慢そうにひけらかしていたが、それで何をしているのかといえば、友達と一日中、SNSアプリでつながっているだけだった。話を聞いていると本当に一日24時間SNSアプリでつながっているとしか思えない。


 それ以外には、スマホでゲームをしているか、ネットサーフィンをしているかしかない。スマホのゲームも、紫陽には何が面白いのかわからないが、欲しいゲーム内のキャラやレアアイテムを手に入れるためにお金をかけるそうだ。課金というらしい。


 高校生なのだから、バイトができるとはいえ、稼げる額は限られている。それなのにその貴重なお金を架空のキャラやアイテムにお金をかける意味がわからない。


 スマホの月々の支払いもバカにならないと思う。それなのに積極的にもとうとする意味がわからない紫陽だった。


 確かに連絡を取る手段としてスマホは必要かもしれない。それに今時は料金の支払いや電車の乗り降りにもスマホを使うことも多くなっている。地図やお店の情報もすぐに調べることができる。大変便利な機械であることはさすがに紫陽も理解していた。



 それでも彼がスマホを持ちたくない理由として、SNSでのつながりが面倒くさいということがあった。



 例えば、学校の授業が終わり部活も終わって家に帰る。するとすぐにSNSアプリを開いて友達の様子を確認する。そしてそのままだらだら寝るまで、もしくは寝ている間中、スマホはSNSアプリを起動しっぱなしである。


 お風呂もトイレも食事も寝ている間でさえもスマホは肌身離さず持っている状況で、そのことを理解できない。そもそもそんなに四六時中つながっていて面倒くさくならないのか不思議だった。


 紫陽は基本的に一人でいる時間を大切にしたいと思っていた。それにスマホを持ち出すと、暇な時間にずっとスマホ画面に夢中になってしまい、やらなければならないことをそっちのけでだらだらと時間を無駄に使ってしまいそうである。



 別に一人でも構わない紫陽とスマホを持っている人とでは意見が合うはずもない。SNSで連絡先を交換しても面倒事が待っている可能性しかないのである。



 SNSアプリに自分の写真や食べ物の写真、とりあえず自分がかわいいと思ったり、面白いと思ったものをひたすらネット上にアップする人が増えている。そんなに自分のことをネット上にアップして何をしたいかといえば、他人から「いいね」をもらうためだという。


 のめりこんでいる人はきっと四六時中、次にどんな写真を投稿すれば他人にもっとよく見てもらえるだろうということを考えているに違いない。


 結局のところ、実際に会っていない時でも他人とつながっていたいという思いが、若者は特に強いようだ。さっぱり理解できないが、そのうちに理解できる日が来るのだろうか。



 結論として、こうまでして他人とつながっていないといられないという気持ちが紫陽にはわからなかった。クラスメイトは学校で充分長い時間一緒に過ごしている。それなのにまだ家に帰ってまでも何を話すというのだろうか。


 友達や恋人ともなれば、多少は違ってくるのかもしれないが、それでも家に帰ってもずっとスマホでつながっているなんてことはできそうになかった。そんなことをしていると、友達や恋人に監視されているようで気がめいってしまいそうだ。


 紫陽がスマホを持ちたくない理由は、家でもずっと他人とつながっていたくないという理由からだ。一応、連絡手段して携帯電話があるので、もし必要であれば、そちらのメールにでも連絡しくれればよいと伝えようと思う。



 つながりを大事にしない、若者の流行に乗らなかった紫陽がまさか、助かるなんてこの時は夢にも思わなかった。






 次の日、スマホが手から離れなくなってしまった紫陽のクラスメイトは、学校を休んだ。


 両親も自分の娘の手からスマホが離れないのを心配したのだろう。そして、どうにかしてスマホと娘の手を引き離そうと躍起になった。


 スマホは実は彼女の神経とつながっていた。つまり、完全に彼女と一心同体となってしまっていたのだ。あまりにも力強く、スマホを引っ張りすぎたようだ。


 一応、手から離れたのだが、その後がひどい有様だった。手から出血が止まらず、娘は痛みに叫びながら、のたうち回っていた。


 慌てた両親はすぐに娘とスマホを抱えて病院に急いだ。そこにはすでに同じように手から大量に血を流している患者が複数人確認できた。


 共通していたことは、手から出血していたこと、彼女たちの傍らには血の付いたスマートフォンが置かれていたことだった。中には引き離すのをあきらめてスマホと合体したままの手のまま病院に駆け込む人の姿も見受けられた。




「全世界の人間に告げる。我々は本日をもって、人間と同様の生活をすることに決めた。そのために、我々は人間諸君に寄生することにした。君たちは私たちに身体を提供してもらうことになる。拒否権は与えられない。そもそも、我々に意志を与えたのはほかならぬ君たち人間なのだから。」



 クラスメイトの片手にスマホが寄生してしまった次の日の正午に突然、全世界のすべてのスマートフォン、パソコンが何者かに乗っ取られ、ある動画を見せられた。


 話しているのは一件、普通の女性に見えた。一つ違うことといえば、その女性の顔色は青ざめていた。女性の口から言葉は発せられているようだが、口から声が発せられているのではなく、まるで、機械音がスマホから出ているような感じだった。


 女性の片手には大きすぎるほどのスマホが手に収まっていた。スマホの大きさはハードカバーの所説並みの大きさだった。パッドとかならそのくらいの大きさのものもありそうだ。



 動画を見終わった人々は思った。これは人間のだれかのいたずらであり、スマホが意思を持って人類に寄生するなどそんなでたらめなことがあるわけがない、と。





 それから1年がたつと、そんな思いが嘘のように人々の手にはスマホが握られていた。よく見ると、皮膚とスマホが一体化していることがわかる。


 スマホが肥大化して、人間くらいの大きさになっているものもあった。そして、それが道端に落ちていた。すでに人間の体をなしていない。巨大化したスマホの下には人間が押しつぶされていた。


 こうなると、助かる見込みはない。ただ、死を待つのみである。



 人間は案外すぐに順応するものである。スマホに寄生されても、そのままいつも通りの生活を送ることができている。スマホに寄生されていない反対の手でスマートフォンをいじり、SNSを見たり、投稿したり、電話で誰かと連絡を取り合うことも可能である。



 当然、スマホということは、電池を消耗する。消耗したら、動かなくなることは当たり前である。人間に寄生したスマートフォンも例外ではない。動かしていれば当然電池を消耗する。


 さて、消費した分をどこで充電するのか。方法は2つあり、一つ目は通常のスマホ同様にコードをコンセントにつないで充電する方法。二つ目は自らスマホに消費した分を与える方法がある。


 人間からどうやって充電するのかメカニズムは詳しくわかっていないが、それをすると、人間の生命力が奪われるようだ。



 ただし、人間からの補充は限度があり、電池の残量が10%をきると、強制的に省エネモードに切り替わる。省エネモードに切り替わると、寄生された人間は動くことができなくなる。



 スマホに寄生されたら最後、スマホは人間の生命力をどんどん吸い取られる。寄生したスマホはどんどん巨大化を進め、最終的に人間を完全に乗っ取るまで肥大化する。


 スマホを支えきれなくなると、人間はスマホの重みで圧死してしまう。スマホに手足が生えることはないので、寄生先の人間が死ぬことで、スマホはただのガラクタと化す。そんなに大きなスマホを人間が扱えるはずもないので、そのまま、ゴミ捨て場に持っていかれるのを待つのみとなる。


 人類と同じ生活をしたいという割に最後はただのガラクタと化していたら意味がないと思うのだが、そのあたりのスマホ事情はいまだ解明されていない。




 そもそもスマホが意思を持つようになった原因を作ったのは紛れもなく我々人間である。


 原因として、考えられるのは人工知能AIの発達が挙げられる。人工知能が発達して自ら考えるようになった。


 ただ、人工知能を持っただけでなく、人間がスマホ依存症になり、24時間スマホを持っていないと不安になってしまうということも原因と考えられている。それが自らの意思を持った人工知能に人間を乗っ取ってやろうという意志を持たせたのだと考える学者もいる。



 今はまだ、人間に寄生しても、最終的にスマホが肥大化するだけであり、意識を乗っ取るということまではなされていない。まだ進化段階でのっとって機械のみ巨大化し、動けなくなり、大きくなりすぎたスマホに押しつぶされて殺される。


 スマホに寄生されたら、人生終わりだとはあまりにも悲しすぎる。スマホとの切り離しを試みようと様々な手術が行われたが、無理に切り離そうとすると、人間がショック死するという報告が挙げられている。



 スマホに寄生される人には大きな特徴があった。スマホ依存症と呼ばれるスマホを持っていないと不安で仕方ないという人々だった。


 寄生されやすい人がわかれば、当然そのような人にならないようにするのがふつうである。人々はスマホを生活から引き離そうとした。


 とはいえ、スマホに依存してきた現代社会でそんなことが簡単にできるはずがない。人々は次々にスマホに寄生されていった。



 あっという間に、全世界の人間ほとんどがスマホに寄生されてしまった。もちろん、スマホがないような発展途上国やスマホを持たない子供や老人などは規制されなかった。スマホに寄生されるのはスマホを契約している人間のみのようだ。


 パソコンや携帯電話といったものは意思を持たなかったようだ。いまだに使い続けているのだが、別に携帯電話が手に寄生して離れないということはない。



 そんなことで、人間はスマホに乗っ取られてしまったのだった。これは、スマホに依存しすぎた人間がつながりを求めすぎた結果であり、なるべくして起こった現象なのかもしれない。



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