第42目 絶対に勝ちましょうね

 ダイスダウンダブルデュエルトーナメント、二日目。

 ダイスダウンアリーナでは、三回戦が始まろうとしていた。


 転人と三儀は、すでにフィールドに立ち、準備じゅんび万端ばんたんという感じだった。

 『DOG』は犬の姿で、転人と三儀に寄り添っている。

 ときおり伸びをして、首をふるふるとふっている。


 大会が始まってからこの方、転人は一度も『DOG』をダイスに戻していなかった。それは、これからの闘いをみすえたものではあったのだが、それだけではなかった。

 ただ単純に、このほうがいいと思っていたからだ。

 『DOG』とともに生きる毎日が、転人にとって、普通なことになってきていた。どこかの誰かと同じように、ただのダイスとその使用者という境界は、すでに越えてしまっていたのかもしれなかった。


「おー、おっひさー、廻さん。それと、ドッグちゃん」


 どこからか声が聞こえてきた。

 転人は、その明るい声とフランクな呼びかけで、すぐに声の主がわかった。


「追志さん、NOQSで会って以来ですね」


 ダイスダウンフィールドをはさんで向かい側に、追志いのりと送暦が立っていた。

 追志のそばには、彼女が「ふーちゃん」と呼ぶフグの姿をしたダイス『FUGU』が、ふよふよと浮いている。

 なぜ『FUGU』が“役目負いキャスティング”したままなのかは、もう言わなくてもわかるだろう。


「ふーちゃんも元気そうでなによりです」


「でしょー」


 追志は嬉しそうに、にひひひ、と笑う。

 転人たちと相対しているということは、つまり、彼女が三回戦の対戦相手ということになる。


「NOQSで会って以来で、そして、今日限りかもね。だって、廻さんはここで私に負けるんだからね」


 言葉とは裏腹に“今日限り”という気がいっさいなさそうな勢いで、追志は転人に向けて手を突き出す。


「大きくでたね、いのりちゃん。でも、できればそこは“私たち”と言ってほしかったかな」


 つっこみを入れた送は、以前と変わらず黒髪が長く、顔に闘志を抱いているかどうかはわからない。

 だがきっと、追志と同じくいい顔をしているのだろう。


「できれば、お手柔らかにお願いしたいな」


 にひひ、と明るい笑顔が返ってくる。


〈相変わらず、にぎやかな奴らだ〉


「まったくだな」


 旧知きゅうち間柄あいだがらというほどの交流はまだなかったが、転人はふたりに親近感を抱いていた。

 NOQSで交わしたあの短いやりとりだけで、どこかふたりと打ち解けた気がしていた。


「ちょっと転人さん? ……あちらは、どなたなんですか?」


 そんな転人に三儀は聞く。

 その声と表情は驚くほど優しかったが、作りものめいていて逆に怖い。


「誰って、玉子は知ってるん……」


 転人は、そこまでで言葉をとめた。

 喝采三儀としては知っていても、春叶玉子としては初対面なのだから、ここは紹介する体のほうがいいのかもしれない。

 げんに三儀は、転人の答えをさえぎるように、もの申す顔でにらんできていた。


 実のところそのにらみは、ふたりの紹介を求めるものではなかったのだが、転人にはその真意をくみとることはできなかった。


「あちらは『首刎役』員長の追志いのりさんと『首晒役』員長の送暦さんだ。前にNOQSに行ったときに会って、ちょっと話をしたんだよ」


「へー」


 三儀の返しは淡泊だった。

 本当は知っているのだから、棒読みになってしまうのは仕方がないのかもしれない。

 だが、もう少し演技はするべきなんじゃないか。

 そんなにずっとにらんでないで。


 続けて転人は、追志と送に向かって、三儀を春叶玉子として紹介した。

 浮梨の妹という設定は、聞かれたら答えればいいと思い、とりあえず脇に置いておいた。


 紹介を受けたふたりは、少しひそひそ話をしてから、あらためて三儀と向かい合う。


「やっほー、私は追志いのりって言います。よろしくね。早速だけど『玉子ちゃん』って呼んでもいいかな?」


「初めまして、春叶玉子さん。ご紹介に預かりました、送暦と申します。これからよろしくお願いしますね」


 対照的なふたりの挨拶を聞いて、三儀も挨拶を返す。

 もちろんそれは三儀としてではなく、玉子としての挨拶だった。


「しかし、驚いたよねぇ、ヨミちゃん」


「だよね、いのりちゃん」


「……なにがですか?」


 転人を見ながらにごすやりとりをするふたりに、当の転人は思わず聞いてしまう。


「いやね、転人さんのパートナーは、てっきり願石ちゃんか浮梨ちゃんかなーって思ってたんだけど、まさか私たちと同じ小学生の子がくるとは思わなかったんだよね」


「小学生……?」


 その言葉に反応して、三儀がぼそっとつぶやいた。


「もしかして……ロリコン?」


 容赦のない送の追撃ついげきが、転人と三儀を襲う。

 黒いベールの向こうから放たれた第二の矢を受けて、鋭い六つの目が転人に向けられる。


 享楽きょうらくと、軽蔑と、憤怒ふんぬの気持ちが、それぞれにこめられていた。


「違う違う!」


 転人は、精一杯に否定する。


 自分はロリコンではないし、そもそも玉子は中学生だからロリではないし、三儀とパートナーになったのは自分がロリコンだからではなく、相手が三儀だからだし、自分はまったくロリコンではない。


 そんな感じのことを早口で力説りきせつしていた。


「転人さん、絶対に勝ちましょうね」


 それを聞いた三儀は、静かに、しかし嬉しそうに燃えていた。


「三回戦に出場のみなさん、対戦準備はよろしいでしょうか?」


 アリーナに響く実況の声。

 そろそろ三回戦が始まる。

 仲よくじゃれ合うのもここまでで、ここから先は敵同士になる。


「それじゃお互い、いい闘いをしようね」


「もちろんだ」


 大会運営委員と審判から確認が入る。

 転人と三儀は、準備完了の合図を出す。

 追志と送も、同じくだ。


「それでは、選手、かまえ」


 転人と三儀、追志と送は、それぞれダイスをかまえる。


「手加減はなしだよ」


「いつもどおりに勝つわ」


「絶対に負けません」


「ふたりには悪いけど、勝ちあがるのは俺たちだ」


〈我をもってすれば、造作ぞうさもないことだ〉


「ダイス――ダウン!」

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