第43目 転人・三儀vs追志・送①

 四人のダイスが、一斉にフィールドに降られる。


 転人のダイス『DOG』は、先ほどまでそうしていたように、犬へと姿を変える。

 三儀のダイス『WING』はダイスのまま、『DOG』の背中にピタっとくっつき、相手の視線から姿を隠す。


 対する追志たちのダイスも、状況は似ていた。

 追志のダイス『FUGU』はフグに変化して空中を泳ぎ、その陰に隠れるように、送のダイスはサイコロ状のまま浮かんでいた。


 そのまま、しばしにらみ合い――


「いつまで『ぐるるー』ってうなってるつもりなの?」


「それはこっちのセリフです」


 ふよよ、と浮かぶ『FUGU』に向かって、『DOG』は威嚇を続けている。


「仕方ないなー、……じゃあこっちから行くよ。ふーちゃん!」


 追志の合図で『FUGU』が動く。

 ぷくぅ、と大きく膨らみ、すぼませた口から針状の弾丸を射出した。


 それは一直線に『DOG』へと向かって飛んでいく。

 『DOG』は、なんとか後方へと飛び退いて、それを回避する。


「お、やるねー」


 続けざまに発射された弾も、『DOG』はその身のこなしでさけていく。


「そうこなくっちゃ」


「そう簡単にはやられませんよ」


 転人はそう返したが、もちろん転人の指示があってのことではなく、『DOG』自身の判断が大きい。


〈転人の視点も重要なのだ。そう卑下ひげするものではない〉


「そう言ってもらえてなによりだ」


〈ただ、このまま逃げ回っていても、らちは明かんな〉


 『FUGU』は、『DOG』を警戒してか、地上に降りてこようとはせず、むしろ高く泳ぎあがりながら、攻撃の手を緩めようとしない。


 とめどない針弾は、はしから地面に突き刺さっていく。

 『DOG』は、降り注ぐ針と地面に生える針の双方を縫いさけながら、『FUGU』との間合いを計る。


「そろそろ逃げ場がなくなったんじゃないかな?」


 追志の言うとおり、『DOG』のまわりは針の山で埋めつくされていた。

 次の一撃をさけるための足場が見当たらない。

 残るは上だけなのだが、たとえ跳んだとしても、生える針が剣山となって、落ちる『DOG』を串刺すことになる。

 絶体絶命だった。


 『FUGU』は、『DOG』を見下ろすように、ゆっくりと砲口ほうこうを向ける。

 『DOG』は、それをまっすぐに見上げ返し、後ろ足を曲げ、跳躍ちょうやくできる体制をとる。


「さあ、ふーちゃん、やっちゃって!」


 『FUGU』の、連続射撃が始まる。


「――ドッグ!」


〈まかせろ〉


 『DOG』は、射撃の上を抜けるように跳び、続けて来る針の、。そして、その針の上を蹴って、次の針の上へと足を伸ばす。

 『DOG』は打ち出されてくる、『FUGU』に向かって


 針の速度を考えれば、上に乗ることなど到底できるわけがなかった。

 だが、転人は『DOG』ならばできると考えていたし、『DOG』も可能だと動いた。

 そしてそれは、そのとおりになった。

 それだけのことだった。


「そんなことできるの!?」


 焦る追志は、それでも攻撃の手をとめない。


 『FUGU』は『DOG』を射線にとらえようと、少しずつ発射角度をあげていく。

 だが『DOG』は、それをも軽々と踏み越えて、針の階段を駆けのぼっていく。


「ふーちゃん、さがって!」


〈遅い〉


 追志の命令よりも先に、『DOG』は『FUGU』の上へと跳びあがり、さきほどまでとは逆に、『FUGU』を見下ろす位置までたどりついていた。

 その勢いのまま、『DOG』は『FUGU』につかみかかり、地へと落とす――つもりだった。


 だが、それは早計だった。


「ドッグ、ダメだ!」


 跳ぶ『DOG』に、『FUGU』とは反対の方向――つまり、、針弾がせまってきていた。


跳弾ちょうだんだよ!」


 追志は、得意顔と得意げなポーズで、そう宣言する。

 追志が『FUGU』に「さがれ」と言ったのは、『DOG』から逃げるためではなく、自分自身へと返ってくる針の弾をさけるためだった。


「またずいぶんとうまく跳ねたものね」


 送は、感心というよりも疑惑ぎわくの目を追志に向ける。


「そりゃあ私は、理工系だからね!」


「そう……」


 またも送は、尊敬というよりも呆れの目で追志を見ている。


「これで終わりよ!」


 跳弾は、そのまま『DOG』をつらぬくかのように見えた。


 しかし跳弾の向かう先には、『DOG』の姿はなかった。


 『DOG』はすでに落下し始めていたにもかかわらず、その落ちる力に逆らうように、後ろへとさがった『FUGU』に強烈な体当たりを浴びせていた。


「なな、なんで?」


 追志はまた驚嘆きょうたんの声をあげる。


 『FUGU』は衝撃によって怯み、そのせいなのか、地面に生えていた針が一斉に消える。

 平らになった大地へ向けて、『DOG』は『FUGU』を叩きつける。

 そして、自身はくるりと縦回転して、綺麗に陸地へと降り立った。


 その背中には、犬には似つかわしくない“”が、高らかに広げられていた。


「――ふふふふふ」


 今まで不気味なほど静まり返っていた方角から、初めてふくみ笑いが聞こえてきた。

 あやしげなそれは、段々と明瞭めいりょうさを増していき、最終的には声高こわだかに響きわたるまでになった。


「どうですか! これぞ、秘技“ハネツキドッグ”です!」


 三儀は、勝ちほこっていた。


「おおー! すげー!」


 追志は、取り繕った様子がいっさいないまっすぐな調子で、目をきらきらとさせていた。

 一方の送は、以前にNOQSで『DOG』の名前を聞いたときと同じように、大きく引いていた。


 まあ……そうなるよね。

 転人は、そう思っていた。


 三儀から「楽しみにしててください」とだけ言われていたこの秘技は、一、二回戦では、日の目を見る機会がなかった。

 だからここで、まんして、ということになる――のだが。

 『DOG』『WING』が生えて“羽つき犬ハネツキドッグ”になるというこれは、秘技でもなんでもなく、帰結きけつするべくして帰結した姿だった。


 それに――


「……なんか餃子みたいな名前ね」


「おいしいよね、はねつきの餃子」


 送のひねり出したであろう軽口かるくちを、正面から打ちあげる追志。


「……それで、なに? 食えないやつめ、みたいなこと言ってほしいの?」


「そのとおりです!」


 ため息混じりの送の言葉を、今度は三儀が、これまたまっすぐに打ち返す。


「それは一杯食わされたぜ」


「食べた分はしっかりと、“敗北”という形で支払っていただきますからね」


「…………」


「…………」


 軽口も皮肉ひにく脈絡みゃくりゃくもまるで意味をなさない応酬おうしゅうに、辟易へきえきする送と、達観たっかんする転人だった。


 伏していた『FUGU』は身を起こし、元のようにふよふよと浮きあがる。

 ダメージはさほど蓄積していないように見えた。

 それに対する通称“ハネツキドッグ”は、制空権せいくうけんを奪い返さんと『FUGU』を再び威嚇する。


 闘いの仕切り直しを示す間――


 そんな闘いの裏側、転人たちが闘っているフィールドの横では、別のダイスダウンが、今まさに決着のときをむかえそうになっていた。

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