第58目 浮梨vs魚井①

「春叶浮梨! お前は勝つつもりがないのか? のらりくらりといつまでもふざけやがって、おちょくってんのか、あぁ?」


「あら、心外だわ。あなたの攻撃はすべて防いでいるというのに。こうしてほら、私の『ATM』が無事でいることが、なによりの証拠じゃない」


「だからこそだ! 結局、煙に巻くようなことしかしてねぇじゃねぇか! お前も! お前のそのダイスも! そうやって大上段にかまえやがって、私を見下してるつもりか?」


 闘いが始まってから、魚井はすでに『鳳凰ほうおう来偽らいぎ』『仮装かそう災梨さいり』『夢闇矢鑪フェイクアロー』という三つの大技をくり出していた。

 そして、そのどれも、浮梨はするりと、難なくしりぞけて見せたのだった。


「見下しているなんて、それこそあなたの思いこみね。年齢は私のほうが上だけれど、ことダイスダウンでは、そんなことは関係ないわ。ダイスの神のもとで、みな平等にひとりの人間なのよ」


 この場では名実ともにね、と浮梨はおどけて言う。


「そう言うんなら、お前は神のもとでもっと正直であるべきなんじゃないのか? 闘いもせず、自分をさらけ出しもせずに、なにを語ろうってんだ」


「その言葉、そっくりそのままお返しするわ。あなたこそ、もういつわるのをやめたらどう?」


 魚井は、その身も、その闘いも、すべてがいつわりでできていた。

 それは魚井が使っているダイスの力が、少なからず関係していた。


 彼女のダイスの名は『DUMMYダミー』。

 その名のとおり、あらゆるものの偽物を作り出すダイスだった。

 ダイスから作り出された偽物は、見せかけだけのまがいものなどではなく、本物と寸分違わない、本物よりも本物めいた偽物だった。

 その偽物で本物を上塗りし、すべてを偽物に変えてしまう恐ろしいダイス、それが『DUMMY』だった。


 魚井がこれまで放った技も、例外なくその『DUMMY』の力を存分に発揮したものだった。


 『鳳凰ほうおう来偽らいぎ』では、『DUMMY』自体が巨大な伝説上の霊鳥へと変貌し、その本物の威圧で、強制的に浮梨をひざまずかせようとした。

 無論、たとえ本物であろうと、そんな威圧に屈する浮梨ではなかった。

 伊達だてに空気を操ってはいない。


 続けて放たれた『仮装かそう災梨さいり』では、その霊鳥が、まるで『WING』のように、切り裂く風と羽をくり出していた。

 もちろんただのものまねではなく、本物の羽に偽物の羽を織りまぜた弾幕を展開し、さらに『夢闇矢鑪フェイクアロー』という、本物の羽だけを見えないように偽装する凶悪な技へと展開させた。

 しかしそんな技も、浮梨の前ではかたしだった。

 本物の羽を見ることができなくても、浮梨は空気でその位置を知ることができたし、襲い来る風も、それに乗る羽も、すべて空気によって相殺そうさいできた。


 魚井はその身も、その闘いも、すべて浮梨によって否定されていた。

 浮梨は確かに、魚井のいつわりをことごとく看破していた。


「昔のあなたとはまるで別人で、闘い甲斐がないわ。昔のあなただったら、もっと果敢に攻めてきたはずなのに。私がどんなことをしていても、かまわずに倒し切ろうとしてきた、それくらいの勢いがあった。今のあなたには、全然がないわ。――あなたも本当は、そのことに気がついているのでしょう?」


「――うるせぇ」


 魚井は、いらちを隠せなかった。

 それは、春叶玉子と同じ違和感を、目の前の春叶浮梨からも覚えていたからだった。


 この闘いが始まってから、ずっとそうだ。

 それが段々と濃くなり始め、今はもう無視することができなくなっていた。

 頭からふりはらおうと虚勢をはっても、浮梨の言葉のふしぶしから違和感があふれ、それが突きつけられる。浮梨と向かい合い、言葉を交わしたそのときから、魚井はもう、その感覚から目を背けられなくなっていた。


――私は、いったいなにものなのか。


 その答えは、すでに浮梨の口から出ていた。

 浮梨は、私のことを、“喝采二王”と呼んだ。

 それが私なのだと、彼女は言ったのだ。


 嘘だと切り捨てたいが、私の奥底がその答えをつかんで離さない。

 しかし私の表面は、その答えに納得ができずにもがいている。

 その歪みで、どうしようもなく不快になる。

 喝采二王という形が、自分にしっくりきてしまうことに、どこかあらがう影がある。その黒い影は、精神的にも物理的にも、魚井を覆っていく。


「そういうお前こそどうなんだ! 自分は答えないくせに、私にだけその答えを押しつけやがって! イライラすんだよ、そういうのが! お前はいったい何様なんだ! お前はいったい――なんなんだ!」


 魚井のその怒号に、浮梨は初めて真面目な顔をして、まっすぐに魚井を見た。

 口の動きまで伝わらせるように、浮梨はその答えを言った。


「――私は、喝采一位。喝采白主の長女であり、正真正銘、あなたの姉よ」


 姿も形も雰囲気も、最初から春叶浮梨のまま変わってはいなかったが、むしろこのままのこれこそが喝采一位なのであると、彼女の立ちふるまいと語調が告げていた。


 その自負を感じられる姿勢だった。


「私が何者なのか、あなたが何者なのか、そんなこととっくに気がついていたのでしょう? ただその事実から目をそらしているだけ――私と同じようにね。

 私が一位であることも、あなたが二王であることも、なにがあっても揺るがない。どんな姿をしていても、否定することのできない現実なのよ。

 捨てたくても捨てられない。

 塗りつぶされても色は消えない。

 どれだけ自分を見失っていても、必ず誰かが覚えている。

 それが、優しさからであろうと、憎しみからであろうと、ね。

 どれほど愚かしいことをしても、まねでもふりでも、それを背負っている存在こそが私であり、あなたなの。

 だから、あなたがどれだけあなたを見失っていても、必ず私が目を覚まさせる。背負うべきなのは――本当は私なのだから」

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