第57目 三儀vs白主②

 さっきまでの光がただの子供だましにしか思えないほどの、強烈な落雷らくらいが三儀の目の前に現れた。

 これには、さすがの三儀も目をつむるしかなかった。


 “ハネツキドッグ”は、咄嗟とっさに身を投げ出すことで、かろうじてさけていた。

 代わりに、さっきまで立っていた床が、見る影もなく崩壊していた。

 焼け焦げるだけではすまずに、タイルが欠け、下の階まで貫通しているのではと思えるほどだった。さけていなければ、今ごろ同じように、その身を消し飛ばされていたかもしれない。

 『DISASTER』の放った“本物の雷”は、そこまでの一撃だった。


 だからこそ、周囲への影響も計り知れなかった。

 あたりに広がった落雷の余波よはは、さけた“ハネツキドッグ”にももちろん届いていて、その衝撃波を無防備に受けた彼は、三儀のほうへと吹き飛ばされてしまっていた。


「本物の雷はいかがでしょうか? 玉子さんには当たらないようにしたつもりですが、なにか問題が起きたようでしたら対処いたしますが」


「結構……です」


 三儀が目を開けると、目の前に“ハネツキドッグ”が転がっていた。

 三儀は、そんな彼のもとへと駆けよろうとしたが、その心をなんとかぐっと押しとどめる。


 私が手を差し伸べたところで、できることはなにもない。

 それよりも、他にまだできること、やるべきことがある。

 まだ、闘いは始まったばかりなのだから。


 “ハネツキドッグ”はぴくっと耳を動かしたかと思うと、すぐさま立ちあがる。

 身体に問題は起きていないようで、戦意ももちろん失っておらず、次の攻撃をさけるためにかまえを取っていた。


「そうですか。ならば、続けさせていただきますよ」


 二の矢、三の矢が“ハネツキドッグ”に襲いかかる。

 三儀は、わかっていても、目を閉じるしかなかった。


 “ハネツキドッグ”は、巻き起こるであろう余波からも逃げ切るため、余裕を持って大きく跳び、羽を盾として防御の態勢を取る。

 狙いどおりに、むざむざと風に吹き飛ばされることはなくなり、無事に両足で着地することができていた。


 そして、今度はこちらの番だというように、また後ろ足を曲げる。

 そこから力強く跳躍しようと足を突き――だそうとした。

 しかし、思うように動かない。

 まるで自分のものじゃないような気持ち悪さを感じる。

 痛みにも似たしびれを知覚し始める。


「さけたとしても衝撃波が襲い、逃げたとしても電流が襲う。これが、天災というものですよ。二次、三次とその被害は拡大していき、放置すればするほど、取り返せないことになっていく。――さあ、どうしますか」


「――そんなもの、決まっています。できるだけの対抗策を講じて、可能なかぎり被害をおさえる。それでなにかを切り捨ててしまったとしても、それをやる以外に道はない。その責は、私が受けます」


「自分勝手なことですねぇ」


「違います。これは信頼というものです。ドッグちゃん、飛んで!」


 一層大きな雷柱が“ハネツキドッグ”に降り注ぐ。

 さっきのように大きくさけても、衝撃波からは逃れられそうにない。

 だから“ハネツキドッグ”は、その羽で空を飛んだ。


「逃がしませんよ」


 縦横無尽に飛ぶ“ハネツキドッグ”を追って、次々に雷が轟く。

 地面であろうと壁であろうと天井であろうと、おかまいなしに破壊の鉄槌てっついがくだされる。

 “ハネツキドッグ”がさけるはしから、代わりに地面が壁が天井が壊されていく。

 天井の一角が崩れ落ち、塵が舞う。


「――あなたは、この建物ごとすべてを破壊するつもりですか!」


「それもやむなしですね。あなたもこの闘いですべてを終わらせるおつもりなのでしょう? それならおあいこですよ」


「そんなことが許されるわけないでしょう。私がとめます。あなたの暴挙は、今すぐに私が終わらせてみせる」


 三儀は、“ハネツキドッグ”を『DISASTER』へと向ける。


「まっすぐに向かってきてどうするのですか。それで私をとめられるとでも」


「ええ、とめられます」


 『DISASTER』が放つ雷が、まっすぐに“ハネツキドッグ”へと伸びる。

 だがその雷は、羽をかすめる寸前すんぜんで、なにかに引きよせられるように地面へと落ちていく。


 それは、“ハネツキドッグ”をやめ、ただの『DOG』となった彼のしっぽへと突き刺さっていた。


 轟音は鳴ったが、『DOG』が破壊されることはなく、地面も焦げず砕かれず。

 ただ『DOG』の身体から床へと電流は逃げていった。


雷針らいしん、とでもいいたいのですかね」


「そのとおりです」


「そんなもの、いつまでも持つわけがないでしょう」


「ええ、そうですね。だから、もうこれ以上は打たせませんよ」


 落雷の中でも勢いを緩めなかった『WING』は、そのまま『DISASTER』へとせまる。


 『無闇矢鑪シャイニングアロー


 『WING』の起こす風に乗り、光の羽が舞い踊る。

 天井を這う黒雲がすべて吹き飛び、崩れ落ちた天井のすき間から、月明かりが差しこんでくる。

 その光を背景に『DISASTER』は幾重にも切り刻まれ、風に巻かれて、白主のもとへと落ちていく。


 傷の一つでもつけられればよかったのだが、どうやらそれは叶わなかったようだ。

 『DISASTER』の落下は、白主の前でとまり、静かに浮かびあがる。


 雲が晴れたおかげか、あたりにはうすやわらかな明るさが戻っていた。


「もうこれで雷は落とせません。そして、これからもずっと落とさせはしません」


「……これは予想外ですね。まさかそのダイスに、ここまでのことができるなんて。それは、そのダイスの力なのか、はたまたそれを操る玉子さんの才能なのか……」


「そんな悩みは無用です。もう一つのダイスも、このまま打ち落としてあげますから」


「それは――看過できませんね」


 白主は、右手を腕ごと大きくかかげる。


「天災は、こんなものでは終わらない」


 『火葬かそう采梨さいり


 『DISASTER』から、今度は火炎が吐き出される。

 それはただの炎ではなく、なにものも焼きつくさんと、ただ無差別に暴れ回る生きものだった。

 地面を壁を天井を走り、あっという間にあたりは火の海へと変わった。


「これは申し訳ない。玉子さんの身の安全を考え忘れていました。――がしかし……それはどうやら不要だったようですね」


「あなたの慈悲じひなど、こちらから願いさげです」


 三儀は、白主の見上げた先の、空中に浮かんでいた。

 彼女の背中には、さっきまでは確かに存在していなかった、一対の羽が白く輝いていた。


 三儀は、のだった。


「どんなことをしてでも、私はあなたに勝つ。ただ、それだけです」

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