第25目 転人vs白主②

 転人は夢を見ていた。

 作りかけの映画のように、断片的だんぺんてきな映像がつなぎ合わされていた。

 妹がそばにいた。

 一緒に笑い、一緒に泣き、一緒に遊んだ、とても大切な妹だ。

 白い部屋で、一緒にダイスダウンをした。

 彼女はいつも転人を見て、幸せそうな笑みをこぼしていた。

 研究所。

 妹と手をつないでいた。

 黒い炎。

 まわりの人間が消えていく。

 妹を守るため、つないでいた手を引く。

 しかしそこには、あるはずの手がなく、身体もなく。

 黒い炎に吸いこまれる妹の姿。

 必死に手を伸ばしても妹はつかめず。

 なにもつかめず。

 驚き慌て泣き叫ぶ。

 それでも妹は応えない。

 また救えなかったね。

 また殺してしまったね。

 そこでフィルムが焼き切れる。

 そして、最初の映像につながれる。

 なんども。

 くり返し。

 手を離し手を伸ばし、飲みこまれていく妹を見送る。

 なんどもなんども。

 くり返しくり返し。

 悔い改めてやり直して。

 そのたびに、妹を殺し続ける。

 やめてくれ、もういい、もういやだ、たくさんだ、いい加減にしてくれ。

 どうしろって言うんだ。

 もう終わったんだ。

 妹は死んだんだ。

 死んだんだ。

 もういないんだ。


 そうだ。


 


 だから。


 


 闇に飲まれる妹が、幸せな笑顔を向けていた。


「ああ……ああああ……あああぁぁああああああ」



 ◇◆◇◆◇◆



「あああぁぁああああああ」


 転人は、頭をかきむしりながら、悲痛な叫びをあげていた。

 目は開いているが、現実をとらえてはいないようだった。

 かたわらには、サイコロに戻った『DOG』が転がっている。

 出目は一だったが、勝敗などもう問題ではなかった。


「これはこれは、思った以上に効いているみたいですねぇ。しょうがありませんね、彼はゆっくりじっくりと取りこんでいくことにしましょうか」


 白主は、ゆっくりと転人に近づく。

 そのとき、転人のうしろの扉とその周囲の壁が、轟音とともに砕け落ちた。

 砕けた先には、扉と壁に鉄槌てっついをくだした張本人、願石幸鉄の姿があった。


「転人!」


 願石は、うずくまる転人を認めるやいなや、彼のもとへと駆けよった。

 そして、目の前に立つ女の子へと目を向ける。


「貴様は誰だ! なぜこのようなことを」


 願石は、転人と彼女の間に立ち、彼女を射殺いころすようににらむ。


「待つのだ、願石幸鉄くん。彼女に命令したのは私だ」


 その声は女の子の口から発せられていたのだが、願石はそうとは気がつかずに、あたりを見回す。


「この声は……白主様!? しかし、これはいったいどういうことなのですか!?」


 相手が白主とわかっても、願石は一歩も引かない。

 願石の登場が予定外だったのか、白主は願石の質問には答えない。


「――やはり調子が悪いのかもしれませんね。この身体では……無理がありますか。誰にも気がつかれないし、侵入もされないはずだったのですがね……、そこは願石くんの強運と豪腕ごうわんを誉めるべきなのかもしれませんが」


 代わりに、そんなことを独りごちた。


「白主様、なにが起こったのかは存じあげませんが、失礼を承知で申しあげます。この者はまだ未熟ゆえ、粗相そそうがあったとしたら、それは監督者である私の責任。彼を攻めるのはやめていただきたい」


 願石は、白主に向けて言う。

 そして、目の前の女の子から転人を守るように手を広げた。


「いくら白主様の命といえど、これ以上の狼藉は看過かんかできるものではありません。彼は私の部下であり、弟子であり、友であるのです。盾となるには、十分すぎるほどの根拠。矛となるには、これ以上ない理由。だからこそ白主様、寛大かんだいなご判断をお願いしたい」


 そう宣言し、そう懇願こんがんした。

 願石と女の子が、少しの間にらみ合う。


「君の言うとおりだな。まったく私としたことが、私らしくないことをしてしまった。願石くん、君を『首絞役』の長として本当によかった。感謝する。そんな君にならば、転人くんをまかせることができる」


 白主の言葉とともに、女の子はすたすたと歩き始める。

 目には光がともっていない。

 女の子は、願石と転人の横を通り抜ける。

 その間も、願石は転人をかばうように動く。

 女の子は願石に一目ひとめもくれず、そのまま歩き、見る影もない扉を抜けて、どこかへと消えていった。

 女の子が消えて、転人は原型げんけいをとどめていない地面へと崩れ落ち、気を失った。

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