第4降 それでも私は、信じています

第26目 覚悟を決めていたはずなのに

「……そんなことが、あったんですね」


 三儀は、なるたけ平静を装いながら、そう言った。

 願石の語った転人の様子は、三儀にとって、とてもつら情景じょうけいだった。


「私が見つけたときには、廻はすでに地に膝をつき苦しみもがいていた。白主様によって――正確には白主様の命により動いた女の手によって、なにかをされたらしい。かたわらに『DOG』が転がっていたところから考えるに、その女とダイスダウンをしたのだろう。そしておそらく――」


 廻は負けたのだ。

 願石のその言葉は、さながら死刑宣告のようだった。


 転人は白主によって――白主自身とではなかったとしても、ダイスダウンをさせられることになり、そして苦しみもがくほどの仕打ちを受けた。

 そして今も、その仕打ちは続いているのかもしれない。

 その事実に、三儀は目の前が真っ暗になりそうだった。

 くらりと地面に倒れてしまいそうだった。

 しかし、そうなってはならないと、三儀は気丈に振る舞っていた。

 むしろ、そうなってしまいそうな自分自身にこそ、三儀はなによりも深い驚きと絶望を感じていた。


 転人と『DOG』は、白主に勝てなかった。

 三儀はなんども、まずはその事実に目を向けるべきじゃないのかと、自分に問いかけていた。


 もう家族を取り戻すことはできない。

 もう幸せな日々は返ってこない。


 転人の敗北は、そう結論づけるに足る、十分すぎるほどの事実なはずだ。

 だから。


 今感じるべきは、転人さんのことなんかじゃない。

 今考えるべきは、転人さんのことなんかじゃない。


 そのはずなのに。

 そうであるべきなのに。


「ダイスダウンの影響か、はたまたそのあとになされた“命令下しディレクティング”のためか、廻は今、自分を見失っている」


 NOQSから帰ってきた転人は、それまでの転人ではなかった。

 初めて会ったころの、すべてを諦めていた転人をさらにこえて、諦めることすら放棄ほうきして、ただそこにいるだけの人形のようになり果てていた。


 その姿を見た三儀は、嫌な予感がした。

 そして、それから数日後の今日にきて、願石からNOQSでのできごとを聞くにいたり、嫌な予感は確信へと変わった。


 私が、転人さんの歓迎式参加をとめていれば。

 私が、転人さんの首絞役員就任をとめていれば。


 それ以前に。


 私が、転人さんに助けを求めなければ。

 私が、転人さんの前に現れなければ。


 そもそも。


 私が、家族を取り戻そうと思わなければ。

 私が、家族から逃げ出さなければ。


 転人さんに『DOG』を手渡したそのときから、こうなる可能性はあったのだ。

 だからそれは、都合のいい、自分勝手な後悔だった。

 それでも、後悔せずにはいられない。

 これは私が始めたことなんだ。


 だから、傷つくべきなのは、私なんだ。

 負わなければならないのは、私なんだ。


 今考えるべきはそれじゃないとわかってはいても、どうしてもふりはらうことができなかった。


「しかし、なぜ廻は走り出したのだ? 私の制止を聞かずに、まるで取りかれたように、なにかに向かって走っていったが……」


「――それはきっと、そこにいたからですよ」


 願石の言葉をさえぎり、三儀はそう言った。

 三儀には、転人が追い求めたものがなんだったのか、わかっていた。

 転人が我を忘れて取り戻そうとするものをわかっていて、白主ならそれを利用するだろうことを知っていた。


「転人さんの妹さん――巻菜さんが、そこにいたんですよ」


 白主が殺した転人さんの妹さん――たった一人のを、あの人ならきっと利用する。

 それがわかってしまう私も、きっとあの人と同じあなむじななのだろう。

 自虐じぎゃくめいた笑いがこみあげてきそうだった。

 本当は、こういう想いも後悔もなにもかもをひっくるめて、すべてを飲みこむことにして、私は転人さんに頼ると――


 と、覚悟を決めていたはずなのに。

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