第24目 転人vs白主①

「「ダイスダウン」」


 ふたりの声は、同時ではあったが、決して重なってはいなかった。

 転人は『DOG』を降る。

 白主も自身のダイスを降った。

 それは、降ろした、という表現のほうが、しっくりくる仕草だった。


 二つのダイスは、直行するように、それぞれ一直線の軌道きどうを取り、ある一点でまじわる。

 そして、お互いが確かにぶつかり合って、それぞれ弾け飛んだ。

 『DOG』は転人のほうへと飛びながら、犬の姿になる。


「ドッグ、大丈夫か」


〈…………〉


 転人の呼びかけに、『DOG』は応えない。

 なにも言わない。

 さっきのことを怒っているのだろうか。


――応えるだけの余裕がない、ということなのかもしれない。


 白主のダイスは、彼の目の前で、サイコロ状のまま宙に浮かんでいる。


「『DISASTERディザスター』」


 白主はつぶやいた。


「私は君のそれのように、形をとるダイスが好きではないのですよ」


 白主が人差し指を立てると、その指の上にダイス『DISASTER』は移動し、回転をし始める。

 いつでも向かってきてかまいませんよ、とでも言いたげに、白主は転人と『DOG』に向けてあごをしゃくる。


「…………!」


〈…………!〉


 転人が攻撃の指示を出したのと、『DOG』が強襲きょうしゅうを始めたのは、ほぼ同時だった。

 言葉がなくとも、意志疎通ができなくとも、両者は以心伝心いしんでんしんになっていた。

 ここ数日の特訓とっくん成果せいかと言えるのかもしれない。


 『DOG』は『DISASTER』に向かって飛びかかる。

 その歯が『DISASTER』に届きそうなところまでせまるが、しかし、ばちっと光が目の前に走り、『DOG』は弾き飛ばされてしまう。


 そのあともなんども、ばちっ、ばちっと『DISASTER』のまわりで光がまたたき、そのたびに針のような明るさが視界をおそった。

 その音とまたたきの間隔かんかくは、段々とせばまっていく。


 そして、“ばちっ”と最も大きな音がした瞬間に、光の槍が『DOG』へと突き刺さるように現れた。


「ドッグ!」


 転人は叫びながら、あまりの光量に顔を背けて目をつぶる。


 まぶしさが消え、暗闇くらやみが戻ってから、転人は目を開けた。

 『DOG』がいた場所を確認するが、そこに『DOG』の姿はなく、黒こげになった床があるだけだった。


「ほう」


 白主の声に転人が顔をあげると、『DISASTER』のもとへと走りこんだ『DOG』が、白主の腕ごと食いちぎらんと、後ろ足を曲げて、今にも飛びかかろうとしていた。


 『DOG』は足を伸ばそうと床を踏みしめる。


 だが、なぜかうまく踏みしめられずに、『DOG』はバランスを崩してその場に倒れこんでしまった。

 それを見ながら、転人自身も『DOG』と同じように、なかば転ぶように床に手をついてしまっていた。


 地面の揺れが、転人と『DOG』を襲っていた。


――地震!?


 転人と『DOG』は、ともに立ちあがることができずに、うずくまることしかできなかった。


「なんで……こんなときに……」


 転人は手で体制を立て直し、かろうじて白主のほうをにらむ。

 目に映った白主は、さっきまでと変わらずに、ダイスを指先で回転させたまま身動ぎ一つしていなかった。


 これほどの揺れを、にもかいしていなかった。


 そんな、ばかな。

 この揺れは、立っていられるようなものじゃない。

 これはいったい――


「――なにをした、白主!」


 転人は手をジタバタさせて、白主へせまろうと息巻いきまくが、思うようにいかずに滑稽こっけいな姿を露呈ろていさせてしまう。

 それを見ながら、見下みくだしながら、白主は言う。


「私のダイスは『DISASTER』。その名のとおり、天災を引き起こすダイスです。雷や地震を自由に作り出すことができるのですよ。どうですか、そう簡単には対処たいしょできないでしょう?」


 ほらほらと、姿勢を崩さずに、転人をあざ笑ってくる。


 それでも転人は動けない。

 手を無作為むさくいに動かすことはやめ、身体を支えるためにひじをおり、ひざをついていた。

 まるで、悔しさをその身で表現しているようでもあった。


「もう終わりですか? そうですねぇ、少々残念ではありますが、仕方ありませんね。引導いんどうを渡して差しあげましょう」


 白主はダイスを回す人差し指を、さらに上空へとあげていく。


「ああそういえば、ちまたでは自身の決め手――さしずめ必殺技というものでしょうか、そういうたぐいのものをくり出すときには、その名を宣言するのがマナーとなっているようですね」


 白主は、おほんと軽く咳払いをしてから。


 『天采てんさい地変ちへん


 そう宣言した。


 白主のダイスが光輝くとともに、揺れだけだった床が隆起りゅうき陥没かんぼつし、それが凶器きょうきとなって転人へとせまり来る。


「おっと……本来はダイスに向かうはずなのですが、……調子が悪いのかもしれませんねぇ。このままでは転人くんが潰されてしまうかもしれませんから、降参こうさんをしていただけるとありがたいのですが」


 白主は『DISASTER』の勢いを弱めたようで、その速度が幾分いくぶんにぶくなる。


 ダイスダウンでは、様々な“役目負いキャスティング”での闘いがくり広げられる。

 だがもちろん、それによって人を傷つけることは御法度ごはっとだ。

 そのために専用のアリーナがあるわけで、軽はずみな“役目負いキャスティング”が禁止されているのだ。

 白主も、それを思ってなのか、温情おんじょうのようなものをかけてきたのだった。


「――降参は、しない」


 だが転人はそれを、意地ではなく、意志によって断った。


「お前のダイスが俺を狙うのは、んだよ」


 転人の身体のかげから、さっと『DOG』が現れる。

 そして、転人の背中に跳び乗った。


「いけ、ドッグ!」


 転人は曲げていた腕と足で床を押し、身体を地面から離す。

 その姿は、蛙のようで、決して格好よくはなかった。

 だが、これこそが勝利をつかむために必要なことだった。


 転人は、地震が白主による攻撃であると理解したときから、この瞬間を待っていた。


 地震が起きた直後、転人は『DOG』を見た。

 白主のしたで、立ちあがろうと――まだ勝とうともがいている『DOG』の姿が確かに見えた。

 そんな『DOG』を勝たせるためにも、転人は白主の意識を自分へと向けさせた。

 滑稽な声をあげ、滑稽な姿を演じた。

 目論見もくろみどおりに、白主は転人に注目した。

 そのすきをついて、転人は『DOG』をサイコロに戻し、自身の身体のしたへと動かしたのだ。――動いたのは『DOG』のほうだったのかもしれないが、『DOG』は無事に、転人と地面のすき間へと入りこむことができた。


 『DISASTER』の攻撃は、だから本当は、転人のしたに隠れた『DOG』に向けられたものだった。


 それは、『DOG』の上に、転人がいただけのこと。

 そんなことは、通常のダイスダウンでは、まずありえないことだ。

 闘いの最中さいちゅうに、ダイスの前に出る人間など、普通はいない。

 だからこそ、そこにチャンスが生まれるはずだと、転人は考えていた。

 どんなに非道な白主だとしても、これがダイスダウンである以上、人を殺すわけにはいかない。

 白主は、攻撃をやめるか、弱めるかするはずだ。

 だからそこにこそ勝機がある。

 人間を殺すことができないという縛りを逆手さかてにとった作戦、自分自身をおとりに使った戦術、卑怯ひきょうだとののしられる覚悟で演じた舞台だった。

 なりふりかまってなどいられない。

 白主相手に勝利をもぎ取れるのだとしたら、本望だ。


 最後の仕上げは単純だった。

 地面が安定しないのならば、自分が地面になればいい。

 滑稽な蛙跳びだったとしても、それを土台にドッグは飛べる。


 天にかかげられたダイスまで飛べる。


〈ぐおおおおおおおおおお――〉


 『DOG』は、稲光いなびかりさえ仰け反らせてしまいそうな轟音ごうおんを放つ。

 一直線に、白主のあげられた手の、その先のダイスに向かって飛ぶ。

 その口が、その爪が、今まさに『DISASTER』をとらえ――



 白主の声が頭に響いた。


 『DOG』の攻撃は、どこにも届いていなかった。


 それどころか。


 『DOG』の姿は影も形もなくなり、転人の目の前から消え去っていた。


 地震はとまっていた。


 地面も平らに戻っていた。


 白主の攻撃のすべてが、最初からなにもなかったかのように、消え去っていた。


「惜しかった、実に惜しかった。転人くん自身が囮になり、ゲームのルールの裏をつく。実にすばらしい。たとえそれを考えつくことができたとしても、行動に起こすことは至極しごく困難こんなんだ。それだけの度胸どきょう機転きてんく人間だからこそ、できた作戦だ」


 白主のダイスは光を放っておらず、回転をやめていた。

 逆に、黒々とした影を落としていた。

 別のダイスになったかのように、印象そのものが変化していた。


 転人は、動けなかった。

 まるで、自分の身体じゃなくなってしまったかのようだった。

 身体が、重い。

 視界が暗くなり、黒く塗りつぶされていく。


「ただ、ルールの裏を考えるのであれば、ルールの外も考えるべきだった。君がこの部屋に入った瞬間から、私の策略は始まっていたのですよ。あの黒い靄が、彼女を操るためだけのものだとはかぎらないじゃないですか」


 白主は笑った。

 高らかに笑った。


「天災は忘れたころにやってくると言います。どれだけ周到しゅうとうに準備をしていても、不意ふいな自然の猛威もういで簡単に駄目になってしまう。だから準備をするならば、その猛威さえをも飲みこみ、内に包み隠すべきなのです。そうすれば“忘れたころ”そのものを忘れ去ってしまえるのですよ」


 意識が、重い。

 ダイスダウンのこと、『DOG』のこと、勝利のための考えごと、そのすべてが遠くのことのように思え、ぼやけていく。

 代わりに、白主の声だけは、鮮明に、脳髄のうずいに突き刺さるように、響いている。


「すべてが折り込み済みであるならば、そもそも天災など――


 『采外さいがい指定してい


 白主は高笑いをやめ、静かに重く、そして嬉しそうに、そう宣言した。


「惜しみない拍手を、絶え間ない喝采を」


 転人の意識は、深い深い闇へと消えていった。

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