第3降 惜しみない拍手を、絶え間ない喝采を

第19目 鉄壁少女からの贈り物

 一ノ目高校から株式会社NOQSまでの道すがら。

 転人と願石は、そろって電車に揺られていた。

 昼過ぎという時間帯なだけあり、車内は閑散かんさんとしていた。いている席のほうが多い。

 だというのに、このふたりは、座るということに興味がないのか、車内に入って吊革つりかわにつかまり、そのままその場を動こうとしない。


 なんのことはない、ふたりともそれぞれの理由があって、普段から席に座ることがないだけだった。

 その理由は、この先の壮大そうだい複線ふくせんになることは一切ない。

 逆転の一手になることも絶対にない。

 だから、説明なんて本来は不要なのだが、それでも簡単にしるしておくと、願石はその厳格げんかくな性格から、転人はその負け犬精神から、と言えるだろう。


 意図するしないにかかわらず、人はそのざましばられる。

 経験したこと、出会った人、失ったものが、その人間を強固きょうこなモノたらしめている。

 それはすばらしいことではあるが、同時に、忌避きひがたいことでもある。

 もし瓦解がかいでもしてしまえば、そこからの崩壊ほうかいは驚くほど早い。

 自分自身なんてものは、考えるまでもなく、はかなもろい。

 だからこそ、人間は凝り固まった自分自身よりも、広がり続けるつながりを大事にするのかもしれない。


 転人は、なんとはなしに、そんなような感じのことを、とりとめもなく、ただ思い浮かべていた。


 ようするに、暇だった。

 手持てもちぶさただった。


 ただ暇なだけならば、なんの問題もなかったのだが、気が気ではない状況でのすき間時間という特殊とくしゅな状態だったからこそ、おかしなことを考えてしまいがちになっていた。

 どうして願石とふたりで、こんな真っ昼間から電車に乗っているのか。

 さかのぼること、およそ数時間前のこと。

 それは一ノ目高校一階の首絞役員詰所つめしょ、通称『絞首刑場こうしゅけいじょう』でのできごとだった。



 ◇◆◇◆◇◆



 三儀が玉子として一ノ目高校に来てから、彼女の高校生活体験計画は、とどこおりなく遂行すいこうされていた。

 週休二日制の高校生活で、授業があるのは一週間の内、五日間。

 その五日間を、三儀は転人や浮梨とともに過ごしていた。

 月水金げつすいきんは転人と一緒で、もくは浮梨と一緒。

 しょくじゅうは浮梨が担当するため、授業を担当する機会は、転人のほうが多くなっていた。

 三儀はこの生活を楽しんでいたし、浮梨ももちろん楽しんでいた。

 なんだかんだで三儀のことを心配している転人も、日々ひびかさねるごとに楽しめるようになっていった。

 三儀のことを考えてしまうのは、いまだに彼女に妹を重ねているからなのか、それとも彼女自身の境遇きょうぐうを思ってなのか、はたまた他に深い意味があるのか、転人自身にも判然はんぜんとしないところではあった。

 ただ転人は、そうした三儀への思いを、一度たりとも重荷おもにと感じることがなかった。

 だから“これでいい”と転人自身が思っていた。


 今日は木曜日で、三儀は浮梨とともに勉学べんがくいそしんでいる。

 登校から下校まで、それこそ起床きしょうから就寝しゅうしんまで、三儀と浮梨は一緒にいる予定の日だった。

 こんな日には、転人は決まって願石のもとを訪ねるようになっていた。

 『首絞役』の仕事をするためではない。

 そもそも仕事は、転人がわざわざ出向かなくとも、勝手に舞いこんでくる。

 では、なぜ願石に会いに行くのか。

 それは、格好よく表現すると、自身の修練しゅうれんのためである。

 三儀から『DOG』を受け取り、願石、魚井との二度のダイスダウンで、続けざまに勝利をおさめることができた。

 そのあとも『首絞役』として、幾度いくどとなく闘う場面があり、そのいずれにも勝利することができていた。

 その事実に、自信が生まれないわけがなかった。

 ただ長年の敗北人生がたたってか、そんなものを素直に受け入れられない自分もいた。

 これは自惚うぬぼれではないのか。

 そう疑わずにはいられなかった。

 『DOG』は特別なダイスだ、だから勝てているだけなのではないか。

 そう信じずにはいられなかった。

 だからこそ転人は、自惚れを自信へと、『DOG』の信用を自身の信頼へとそれぞれ昇華しょうかさせるため、願石になかば弟子でしりのようなことをしていた。

 願石からは“役目負いキャスティング”を中心に、ダイスのあつかい方を指導してもらっていた。

 願石はあれでいて『首絞役』の長である。

 部下の指導はお手のものだった。


 今日も今日とて転人は、願石先生のもとへと向かうべく、放課後の教室をあとにしていた。

 願石の特別授業は、決まって首絞役員詰所、通称『絞首刑場』で行われていた。

 『絞首刑場』は、一ノ目高校の一階かど目立めだたない一室いっしつもうけられていた。

 教室きょうしつだいの部屋とつづきに広がるベランダが、首絞役員の居場所として提供されていた。

 部屋の中央に人間大の台座が置かれ、そこに縄の輪っかが吊りさげられている――なんてことは、もちろんなかった。

 もしあったとしたら、悪ふざけにも過ぎる。


 転人は、コンコンガララと絞首刑場の扉を開く。


「願石、いるか?」


 転人はそう言いながら中に入った。

 集合時間よりも大分だいぶまえだったが、願石は早く来ることが多い。

 だから先に来ているんじゃないかと、挨拶がてらに声をかけたのだが、今日は転人が先だったようだ。

 部屋の中を見回しても――見回すまでもなく、あの巨体はいなかった。


 その代わりに、


「はじめまして、転人くん」


 んふふふ、と見知みしらぬ女の子が、転人を見ながら笑っていた。


 女の子は、部屋の椅子には座らずに、わざわざ窓を開け、そのわくに腰をかけていた。

 彼女の片足はその窓枠の上に置かれていて、そのせいで、短いスカートが体のほうへとすべり落ちていた。

 つまり、彼女の太ももは守られる布を失い、外気がいきのもとにあらわとなっていた。

 それ以上の性的せいてき象徴しょうちょうは、彼女の絶妙ぜつみょうな姿勢により開示されてはいなかったが、むしろそれが、なまめかしさに拍車はくしゃをかけていた。

 彼女の太ももふくめて、その露わになっている肌には、黒い入れ墨のような文様が浮かんでいる。


「よいっと」


 かけ声とともに女の子は床に降りる。

 降りるときにも見せない。なにをとは言わないが、彼女は鉄壁てっぺきのスカートを持っていた。


「転人くん……転人くん……、あれ、転人くんだよね?」


 転人に近づきながら、女の子はそんなことを言ってくる。

 一言一言にポーズをつける女の子は、さながらストップモーションムービーを演じているようだった。


「はい……そうですけど」


 女の子が目と鼻の先にいて、返答しづらい状況だった。


「よかったぁ、んふふふ、はいこれ」


 女の子は転人に向かって、黒い封筒ふうとうを差し出してくる。


「どうも……ありがとう?」


 女の子の存在そのものに疑問を持っていた転人ではあったが、有無うむを言わせないその姿勢に気圧けおされて、否応いやおうなくそれを受け取ってしまった。

 その封筒は裏表うらおもてくろ一色いっしょくで、ふうは閉じられていなかった。


「首絞役員就任しゅうにんおめでとう」


 声はいつの間にか、転人の背後から聞こえるようになっていた。

 転人は顔をあげて、後ろをふり向いた。


「それじゃ、またね」


 女の子は、後ろ手に手をふりながら、転人の開けた扉から部屋を出ていくところだった。

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