第20目 紙芸営は知りたがらない

「で、これがその封筒か」


「そうだ」


 転人は、願石に封筒を渡して、見知らぬ女の子との一切を説明した。


 『首絞役』関係の封筒ということで、一人での開封かいふうはさけた。

 なにが仕掛けられているか、わかったものではない。

 女の子については、あらぬ疑いをかけられぬように、彼女の姿形すがたかたちについての言及げんきゅうはしなかったのだが、


「どうせ転人さんのことですから、その女の人の胸とか腰とか太ももに見とれていて、詳しい話を聞きそびれてしまったんでしょうね」


 三儀からの、いわれのない非難ひなんだった。

 なぜかはわからなかったが、女の子のことを口に出したところから、三儀はとても不機嫌ふきげんになっていた。


「ところで、玉子はなんでここにいるんだ?」


 今日は浮梨と一緒にいるはずで、絞首刑場に来ることはないはずだった。

 玉子はむすっとふくれていて、転人の質問に答えようとしない。

 代わりに願石が口を開いた。


「生徒会長は、急な用事で出張しゅっちょうだ。二、三日帰らないからと玉子様をおあずけになっていった。代わりは手配済みだから、よろしく言っておいてくれとのことだ」


 浮梨の代わり?


「もしかして、さっきの女の子のことか?」


「それは違うらしい。その女子は、NOQSからの使者だ」


 願石は封筒を開けて、折りたたまれた一枚の紙を取り出していた。

 目を通し終えたのか、転人にそれを手渡してくる。

 受け取った転人も、その文面を読む。

 そこにはこんなことが書かれていた。


『一ノ目生徒管理役委員会、新規委員就任者、廻転人殿。

 この度は、一ノ目生徒管理役委員へのご就任、おめでとうございます。

 株式会社NOQSのために、その身命しんめいしていただけるとのご連絡をいただき、大変に感謝しております。

 つきましては、急とはなりますが、新規就任者歓迎式をおこなわせていただきたく、ご連絡さしあげました。

 日程は以下のとおりです。三十分前までに、会場におこしください』


 紙の最下部には、追伸ついしんとして「願石幸鉄の参加も必須」とのお達しが書かれていた。


「歓迎式?」


「NOQS本社で喝采白主様からのお言葉をいただく場だ。白主様だけではなく、各生徒管理役員長が集まることになる」


 簡単に言うと面通めんとおしだ、と願石は要約した。


「例年であれば、その年の始めに新しく役員となった全生徒を集めて行われるのだが、“一ノ目”とわざわざ書かれているところを見るに、今回のこれは我々だけが呼ばれているようだな」


 ということは、これは転人個人への召集しょうしゅう命令めいれいのようなものだろう。


「転人さんへのわなってことですか?」


「わからん。わからんが、その可能性はある。それにしては、あからさま過ぎる気もするが……」


 ううむ、と願石はうなる。


 三儀がそばにいる前提ならば、罠を張る理由もわかる。

 だが転人だけを、それもわざわざ呼び出す理由がわからない。

 三儀の居場所をつかんだというのならば、むしろ直接狙えばいい。

 もしかしたら、こっそりとひっそりと、すでに三儀は狙われているのかもしれないが、今のところ、それらしい影は見あたらない。

 考えれば考えるほど、回りくどいを通りこして、迷子になりそうな状況だった。


 もしかしたら、狙いは三儀ではないのかもしれない。

 もし転人自身が狙いなのだとしたら、それこそ願ったり叶ったりだった。


「仮に罠だったとしても、俺は行こうと思う」


 転人はふたりにそう告げた。


「こんなチャンスはもう来ないかもしれない。NOQSに潜入せんにゅうできて、さらに白主に会えるのだとしたら、このを逃す手はない」


 なにができるのかはわからなかったが、相手のことを少しでも知ることができれば、それで十分だとは思う。


「でも、危険です。相手の手中しゅちゅうに飛びこむようなものです、なにかあっても簡単には逃げさせてくれないかもしれません」


「浮梨会長も言っていたじゃないか。虎穴に入らずんば虎児を得ずってやつだよ」


 願石が言ったんだっけ?

 どっちでもいいか。

 当の本人である、願石の意見はこうだった。


「廻がどうするのかは、廻が決めればよい。私はどちらにしても参加することになるから、その点はまかせてほしい」


 もし転人が行かないとなると、そのしわよせは願石に向かうことになる。

 それを承知で、願石は「転人に決めてよい」と言っている。

 さすが願石だ、と賞賛しょうさんされてもおかしくないところ。

 だが、そんな思いはつゆらず。

 三儀は願石をにらんでいた。

 なぜとめてくれないのか、という非難の視線なのだろう。


「俺は行く。とめてくれるのは嬉しいけど、ここで行かないほうがきっと不自然だ。不信がられてしまうかもしれない。そこから玉子のことが知られる可能性だってある」


「なら……せめて、私も」


「それはダメだ。玉子がNOQSに行くのは、俺以上に危険過ぎる」


 俺の比ではない。

 変身できているとはいえ、それはあくまで他人の評価だ。家族までをだませるとはかぎらない。

 すぐに見抜みぬかれないとしても、引っかかりを与えてしまう可能性はある。


「でも、転人さんにだけ、そんな役目をわせるわけには」


 三儀は、やはりというか、自分のことで転人が呼ばれたと思っているらしい。


「だとしても、玉子は家で」


「私とお留守るすばんです」


 突然聞こえた女性の声が、転人の言葉を引きついだ。

 声の主は、絞首刑場の扉を開け、その前に立っていた。


「遅くなりました。浮梨の代替品だいたいひんです」


 その女性は、浮梨の代わりとはいっても、容姿はまったくといっていいほど違っていた。

 浮梨の髪が薄赤茶色をしているのに対し、彼女の髪は濃い黒色、ともすれば青緑ががった色をしていた。

 浮梨が暖かく明るい女子学生であるのに対し、彼女は冷たく暗い修道しゅうどうじょのように見えた。


「……浮梨の代替品ですが」


 三人からの言葉がなかったからか、彼女はそうくり返した。


「えっと」


「なるほど、浮梨会長が手配したのはお前だったか、紙芸しげい


「お久しぶりですね、願石さん」


 願石から紙芸と呼ばれた女性は、つかつかと部屋に入ってくる。そして、三儀の前に立つ。


「浮梨の妹の、玉子さんですね」


 はじめまして、と彼女は挨拶をして、三儀に手を差し出した。握手をしたいらしい。


「はじめまして」


 三儀はその手を取ることなく、表面上は澄ました顔でそう言った。

 彼女が何者かわからない以上、迂闊な行動は取れない、ということなのだろう。

 そんな三儀に対し、その女性は手を引っこめることなく、


「最初に言っておきます。私はあなたのことをなにも知りません。知りたくもありません」


 そんなことを言ってきた。

 三儀も転人も、予想外の言葉に、なにを言っているんだという顔をしてしまっていた。


「私は依頼されたことをするだけです。依頼されたこと以上のことはするべきではないし、依頼されたことを反故ほごにするわけにもいきません。あなたのことを知ることは、そのどちらにも当たります、そう浮梨に言われています。ですので、私はあなたのことを知りたくもありません」


 三儀は、転人と願石に助けを求めるように顔を向けた。

 彼女が言っていることはどういうことなのか、それがわからない。

 それは転人も知りたいところだったので、三儀と同じく願石を見る。


「安心してよい。さすが春叶生徒会長というべきか、この場に最適さいてきな人選だ。紙芸は、本人の言ったとおり、依頼されたことのみを忠実ちゅうじつに遂行する人間なのだ。例外はない。依頼人にも依頼対象にもなびかない。なびくとしたら、それは」


 金だ。

 そう願石は言った。


「浮梨とは懇意こんいにしていますので、彼女の依頼は可能なかぎりけ負うことにしています。それでも今回は急な依頼でしたので、少々色をつけさせてもらいました」


 そう言いながら、彼女はにこりと微笑む。


「ああでも、安心してください。一度受けた依頼は、依頼人からの希望でなければ、どれだけ法外ほうがいな金額を提示されても破棄はきしません。目先めさき利益りえきに飛びつくほどおろかではありませんから」


 信用と信頼が重要となる生業なりわいですから。

 そう言う彼女は、すがすがしいほどの生臭なまぐさ坊主ぼうずだった。


「紙芸は、私と同学年の、高校三年生の女子学生だ」


 修道士でも坊主でもなかった。


「私はニノ目にのめ高等学校三年、ニノ目生徒管理役委員会、通称『首切役くびきりやく』員長の、紙芸いとなです。以後いご、お見知みしきを」


 名刺とともに自己紹介された。


「ということですので、玉子さんのことは私にまかせて、おふたりは安心してお出かけください」

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