第18目 転人vs魚井②

 魚井のうれしそうな声とともに、『WING』は羽根を広げる。

 そこから、切り裂くような風と無数の羽根が発射される。

 肉眼にくがんでも、その軌跡きせきがはっきりと見えた。


〈どうする人間〉


 …………。

 どうする……どうすれば……。


 転人は、焦りながらも考えをめぐらせていた。

 さっき『DOG』が回転を思いついたみたいに、なにかヒントはないのか。なにか引っかかりでもあれば……。


――まわりを見ろ、思い出せ、なにかをつかむんだ。


 願石と三儀、魚井、三人の怯える生徒、『WING』、『DOG』を順に見回みまわす。

 すがる先のない思考が、転人の内側をなぜる。


――“地響きのような威圧いあつ”、“『WING』は空をせいする”、“吠え面”


 めぐりめぐる頭の中に、そのつらなる単語たちが、なぜか鮮明せんめいに浮かびあがった。


〈おいどうするのだ……転人!〉


「――なあドッグ、本物の犬みたいに“吠える”ことはできるのか?」


〈こんなときになにを〉


「いいから答えろ」


〈やったことがないからわからぬが、おそらくできるはずだ。それに、生きる犬よりもはるかに大きく吠えることも、おそらく可能だ〉


「それは」

――とてもよい答えだ。


 転人は手を前に突き出しながら、『WING』の風に負けない大声で叫ぶ。


「ドッグ、『WING』に向かって、全身ぜんしん全霊ぜんれいをこめて、吠えるんだ!」


〈ほう……なるほど面白い〉


 『DOG』は、転人にそう言葉を返すとともに、あらんかぎりの空気を飲みこみ始める。

 そして、砲台のごとく口を開けて、取りこんだ空気に音を乗せて、砲弾のようにはじき出した。


〈わおおおおおおおおおおおおおおおお――〉


 『DOG』の声は机を揺らし、天井を揺らし、窓を揺らし、空気を揺らした。

 地鳴りのような地響きのような大きなうなり声は、教室中に木霊し、音というよりも振動となってあらゆるものを襲った。


「おおい、なにやってんだ! こんなことしたら、あたしが壊すまでもなく、教室が壊れちまうぞ。窓もこのままだときっと」


 魚井は頭を押さえつつ、窓を指さしながら、転人に向かって叫ぶ。

 しかし、指された先の窓は、うなり声などないかのごとく、変わらずにそこにあるだけだった。


「こんなもんじゃ、この学校の窓は壊れないさ。この程度の振動なら、だろう? それでもなんともないんだ、こんなもので壊れてたまるか」


 転人はすずしい顔をしていた。

 魚井は呆気あっけにとられつつも願石を見る。

 願石は「うむ」と力強くうなずいた。


「けど、こんなことしたって、なんにもならないじゃないか」


「そんなことはない、よく見ろ」


 転人と魚井は、『DOG』が吠えた相手である『WING』を見上げた。


「な……」


 『WING』は、自身の身体を制御できないのか、振動のままに震えていて、今にも落下しそうな様子だった。

 『WING』から放たれた羽根も、すべて空中でその勢いをなくし、振動のなすがままにその場で震えていた。

 刃物のような鋭い風も、跡形あとかたもなく消え去っていた。


「空気そのものを震わせているんだ。空気に乗っている『WING』が無事ですむはずがない」


〈――おおおおおおおおおおおおおおん〉


 『DOG』の声がすっと消えた。

 教室内の震えがとまり、机が天井が窓が、空気が、いつもの日常を取り戻した。


 ただ『WING』とその風と羽根だけは、もとのままとはいかず、机の上で一度大きく跳ねてから、教室の床へと落下した。

 それを見届けてから、『DOG』は自身をダイスに戻し、机に転がり一の目を出す。


 一、対、出目なし。


 願石戦に続けて、人生で二度目の、転人の勝利だった。



 ◇◆◇◆◇◆



「「「申し訳ございませんでした」」」


 震えあがっていた三人は、教室のあと片づけを率先そっせんして行い、そのあとに願石と転人と三儀に向かって土下座をした。


「いや、そこまでは」


「いえ、もう二度と、願石さんや廻さん、玉子さんに刃向はむかうことはいたしません」


「いやだから」


 そんなやりとりがなく続けられている中で、


「あれ、そういえば魚井は?」


 いつの間にか、魚井の姿が消えていた。



 ◇◆◇◆◇◆



 魚井は、人通りのない廊下を歩いていた。


「おもしろい、本当におもしろい。三儀を探すついでに噂の『負け犬DOG』を見に来たけれど、これは予期よきせぬ収穫しゅうかくかもしれない。白主様にしらせておこうかな」


 魚井は、立ちどまり手のひらを上に向ける。

 その手のひらには、さっきまで使っていた『WING』ではない、別のダイスが乗っていた。

 ダイスから黒い光がまたたき、それが彼女を黒く染める。

 彼女の服が一ノ目高校の制服ではないものに変わり、顔も別人に変わっていた。

 さらに、伸ばした手や、顔や肌のいたるところに黒い入れ墨のような模様が浮き出てくる。


「そうだな、こうなったら準備をしておこうか。そうすれば、彼とまたすぐに会える。たのしみだ。もしかしたら彼は“妹”よりもずっと“素質そしつ”があるのかもしれない」


 彼女は嬉しそうに、んふふふ、と楽しそうに笑っていた。

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