第17目 転人vs魚井①

 号令とともに、ふたりのダイスが机を打った。


「それじゃ、手始めに」


 魚井の言葉とともに、『WING』は低空で羽を広げ、風に乗るかのように上方へと舞いあがっていく。

 羽根をはためかせたかと思うと、転人のダイスを目がけて、その羽根を飛ばした。


「前はこれにやられたんだろ? 今回はどうなんだ?」


 魚井の挑発だった。

 転人は、自分のダイスに命令する。


「ふりはらえ!」


 転人のダイスは、願石との闘いのあとに見せた、あの犬の姿に変わる。

 あのときと違うのは、犬が手のひらサイズだということ。転人の考えどおりの大きさになっていた。


「へぇ、それも“役目負いキャスティング”できるのか」


 『DOG』は、飛んでくる羽根を上手にしっぽで跳ね返す。

 羽根は力なくひらひらと机に落ちて消える。


「よし」


〈――まったく。久しぶりに呼び出したかと思えば、ダイス使いのあらい人間だ〉


 願石とのダイスダウンでも聞こえてきた謎の声がした。

 転人はまわりを見回したが、やはり声の主は見つけられない。


「なんだよ、あたしとの勝負が不満か?」


「いや、なんか声が」


「声? あたしとお前以外にしゃべってるやつなんていねぇぞ」


 魚井は、いぶかしげにそう言った。

 魚井には、この声が聞こえていない?

 願石や三儀を見ても、じっと勝負の行方ゆくえを見守っているだけで、転人のように声を不思議がる様子は見せていなかった。


〈どうやら、我の声はぬしにしか聞こえぬようだな〉


 「声の主は我だ」とでも言いたげに、転人のダイス『DOG』は、転人を見てしっぽをふっている。


「……もしかして、お前の声なのか?」


〈そうだ、ようやく理解したか人間。それから、私はお前ではない。“ドッグ”というすばらしい名前を、そこにいる小さな少女につけてもらった。だから私のことは、敬意をこめて“ドッグ”と呼ぶように〉


 ダイスの声が聞こえる? いや、そもそもダイスに意志なんてあるのか? 犬の姿で名前がドッグってのはなんの冗談だ? 偉そうなこいつはいったい何様なんだ?

 転人の頭の中では、疑問が次々にわきあがってくる。


「……どうでもいいけど、次行くぞ」


 転人の混乱をよそに、魚井は手をふりあげた。

 その手に応えるように、『WING』は魚井の頭上まであがる。

 そして、ふりさげられる魚井の手を合図に、『DOG』目がけて滑空かっくうしてくる。


「今度は羽根のようにはいかねぇぞ?」


〈くるぞ人間〉


「そうだな、でも『ROCK』に比べれば、こんなものなんでもないだろ?」


〈――そのとおりだ〉


 『DOG』は、『WING』の滑空を受けとめて、それをなんなく

 『ROCK』を場外へと吹き飛ばした、あの技だった。

 『WING』も『ROCK』と同じく、そのまま場外へと飛ばされていくかに見えたが、うまく羽根を動かして力を逃がしたようだ。

 また空高く舞い、次の滑空の準備を始めていた。


「弾かれても問題ねぇよ。こっちは飛んでるんだ、空での動きならお手のものさ」


 『DOG』は、次の滑空も同じようにはじき返す。

 だが『WING』も同じように力を逃がし、次の攻撃に移る。

 堂々どうどうめぐりだった。


〈おい人間、はね返すだけでは勝てないぞ。このままだと日が暮れてしまうかもしれんな、わかっているのか人間〉


「そうかもしれないけど……その人間人間言うのをやめてくれないか。俺にだって名前はあるんだよ」


〈この窮地きゅうちにそんなことか、ずいぶんと余裕よゆうなのだな〉


「なんだよ、さっきのドッグだって人のことは言えないだろ?」


〈まあ……そうだな。して、主はなんという名なのだ?〉


「廻転人だ」


〈廻転人……変な名前だな〉


「うるさい」


 お前が言うな。


〈しかし……ふむ、これは使えるかもしれぬ〉


「なにがだ?」


〈見ていればわかる〉


 『DOG』は、それ以上口を開かなかった。

 説明するつもりがないようだった。


「なんどもなんども、弾くだけしかのうがないのか、あぁ?」


 魚井は声を荒げながら、『WING』を『DOG』にぶつける。

 『DOG』は、さっきまでと同じようにその攻撃を受けとめる。

 だがそこからは、さっきまでとは違った。

 『DOG』は『WING』とともに寝転がるように一回転し、『WING』の突撃の勢いを、回転の力へと変えた。

 その回転の力を自身のしっぽに乗せて、『WING』に強烈な一撃をお見舞いする。『WING』は、打たれた勢いで教室の地面へと急降下していく。


「よし!」


 さっきの『DOG』の言葉は、この一撃のことだったのだろう。

 廻転人という名前から、回転を利用することを思いつき、勝負を決めにいったようだ。


〈どうだ?〉


 『WING』は地面へと落ち――る寸前で姿勢を持ち直し、旋回しながら魚井のもとへと戻っていく。


「おいおい、あっぶねぇな。そんなこともすんのか。こりゃあ、迂闊うかつに近づけねぇな」


 魚井も焦りを隠せないようだった。


「くそ」


 あと少しだったのに。


〈そうだな、狙いどおりうまくいったのはよかった。だが、詰めが甘かった。しとめきれずに逃してしまったのは、不味まずかった〉


 転人には、『DOG』が苦い顔をしているように思えた。


〈絶好の機会を逃してしまった〉


 魚井は、少しの間『WING』をホバリングさせていたが、なにかを思いついたように、嫌な笑みを浮かべる。


「そういえば願石さん? あんたはさっきこう言ったよな。そっちは『机もダイスも傷つけることなく勝つ』って」


「そのとおりだ」


「それってつまり、ってことでいいのか?」


 思いもよらない言葉だった。

 まさか、願石のあの無謀むぼうな言葉を、さらに凶悪きょうあくに解釈するとは。

 転人は思わず、願石を見る。


「ああ、それでかまわない」


 予想どおりの言葉だった。

 しかし、落胆らくたん失望しつぼうもしている暇はなかった。

 今度は転人が焦りを隠せなくなっていた。


 転人には、魚井のやることが、おおよそ想像できていた。

 おそらく魚井は、羽根や滑空の攻撃で机や天井や窓を破壊するつもりだ。

 転人は、それを阻止そししなければならない。


 でも……どうやって?


「それを聞いて安心した」


 『WING』は教室の中央、頭よりも高い位置まで飛びあがった。

 うずくまるように羽根をダイスへと丸め、球体きゅうたいぜんとなる。


「きっとお前は、あたしが机や壁を破壊し始めるとでも思ってんだろ?」


 『WING』はそのまま動かない。

 まるで、力をためているように見える。

 それを証明するように、『WING』のまわりには、空気が集まってきているようだった。

 分厚ぶあつい風のベールができあがっていく。


「その予測は正解だが、甘い、甘すぎる。壊すのは……すべてだ。一つずつなんてめんどうくさいことはしない。見えているものすべて、この教室のあらゆるものを、一度に破壊してやる。机も窓も壁も天井も、それからもちろん、人間もだ」


 その言葉に、三人の生徒は顔をひきつらせて教室を出ていこうとした。

 だが、願石のひとにらみで、もとの場所へとおとなしく戻った。

 三儀は、表情を変えることなく、ふたりのダイスダウンを見守っている。


「ドッグ、どうにかならないか? なにか、策はないか?」


 はじ外聞がいぶんもなく、転人は『DOG』にすがっていた。


〈奴に集まっていく風が、同時に盾にもなっているようだ。これでは近づけない。対処のしようがない〉


 『DOG』は『DOG』で余裕がないのか、転人をとがめることもなく、現状を淡々と言葉にした。


「どうした、なにもしないのか? ダイスで無理なら、あたしに直接交渉って手もあるぜ。まあ、づらかかれたってとめるつもりはねぇけどよ」


 『WING』が淡い光に包まれている。

 あたりの空気が、一層の重さを増していく。


「いくぜ」


 『八方はっぽう美刃びじん


 魚井は静かに、そう言った。


「んふふふ、全部消えちゃえばいい」

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