第16目 魚井近はもの怖じしない

 ここは一ノ目高校の、とある教室。

 転人はつい先日も、この教室をおとずれていた。


「廻は知っていると思うが、先日この部屋でダイスダウンが行われた。その件で指導しどうを行う」


「どういうことですか? ダイスダウンは自由にやってはいけないのですか?」


 三儀が疑問を口にする。


「そういうわけじゃないんだけど……」


「そやつらは、この教室で“役目負いキャスティング”をしたのだ。教室はおおやけからのりものであり、手前てまえ勝手がってに傷をつけていいものではない。それに、春叶生徒会長もおっしゃっていたとおり、危険なものでもあるのだ。おいそれと“役目負いキャスティング”をすることは許可されていない」


「なるほど。つまり、危ないのでやめなさい、と叱りに来たのですね」


「……そのとおりだ」


 三儀の要約ようやくはわかりやすかった。

 願石は転人に、中に入るよう命じる。

 転人は渋々しぶしぶという感じで、ドアを開けた。

 中にはあのときの三人と、もうひとり、初めて見る女の子がいた。

 今日もどうやらダイスダウンをやろうとしていたらしい、机が中央によせられている。


「お……なんだ転人か。どうした? もしかしてまたやりにきたのか」


「なに言ってんだよ、何回やっても負けるやつが、自分から来るかよ」


 そんな茶化ちゃかす声が聞こえたところで、


「そのとおりである!」


 地響きが鳴り、彼らの声はどこかへと霧散むさんした。

 転人はなかばあきれながらドアをくぐり、その後ろに隠れるように三儀が続く。

 最後に、震源地しんげんちである願石が教室に入ると、教室内の生徒三人は思わず硬直こうちょくした。

 ただ、以前にはいなかった四人目の生徒だけは「へぇ」という感じで笑みを浮かべていた。


 願石は、硬直した三人を見て、口を開く。


「ほう、私を見て怖じ気づくとは、なにか後ろめたいことがあると見える」


 そんなものなくても、普通は怖がると思う。


「私が誰かはわかるだろう? 『首絞役』の願石幸鉄だ。今日は貴様らを指導するためにここへ来た。指導理由は、ダイスダウンで勝手に“役目負いキャスティング”をしたためだ」


 三人の生徒は、恐怖で体を震わせていた。

 ここまでくるとかわいそうに思えてくる。


「その様子では、やはり身に覚えがあると見える。しかし、念のためにたずねよう。貴様らは以前、“役目負いキャスティング”で、学校の備品を傷つけたのではあるまいか?」


「つ、机くらい、授業で使ってれば傷つくだろ」


 三人のうちのひとりが、やめればいいのに言い返す。


「だからといって、授業以外の身勝手みがってな理由で傷をつけていいものではない! 普段利用とダイスダウン、しかも“役目負いキャスティング”での破壊は、まったく異なるものだ。さらに貴様らは、対戦相手のダイスを“役目負いキャスティング”ができないことを知っていながら、もてあそぶように痛めつけ、破壊したそうではないか。それはいじめと言っても過言ではない!」


「そ、そんな」


「あれはちゃんと合意の上で」


「だからなんだというのだ! 貴様らが机を傷つけダイスを破壊し、危険な行為におよんだことに変わりはない!」


 …………。

 三人からの反論はなかった。


「……だったら、どうするんだ?」


 声の出せない三人に代わり、四人目の生徒がそう聞いた。


「ぬ、貴様は何者だ。報告では、そちらの三名だけが取りあげられていたのだが」


「まあなんだ、あたしもこいつらの仲間なんだけど、そのときはたまたまいなかったんだ。だから同罪ってことでいいぜ」


「ふぬ、しかし、今日の指導は以前のダイスダウンを踏まえたものを予定していてな」


「それは面白そうだな、なにをやるんだ?」


 四人目の生徒は、もの怖じせずに言葉を吐く。

 その様子に、願石はいきおいをそがれてしまっているようだ。


「そのときと同じく、ここでダイスダウンをしてもらおうと思っている。使用するダイスは自由だが、以前のダイスを使うのならば“役目負いキャスティング”を認めよう」


「で、それを願石さんがせいするって感じか?」


「いや違う。今回のダイスダウンもそのときと同じく、この廻が相手となる。廻は机もダイスも傷つけることなく、今回のダイスダウンを征するだろう」


「おい」


 突然の話に、思わず声が出てしまっていた。


「そんなことできるわけないだろう。願石に勝てたのだって、どうやったのかわかんないんだぞ」


「廻はすでに首絞役員であり、私の部下だ。口答えは許さん」


 そこまで言って、願石は転人と三儀にだけ聞かせるように、小声で続ける。


「白主様を倒すのならば、それぐらいのことができないと話にならないだろう。それに首絞役員としての実績じっせきを作っておかねば、信用を勝ち取ることもできん」


 そう言われてしまうと、断ることができなくなってしまう。

 仕方ないと思いつつも、転人は三儀を見る。

 三儀は、四人目の生徒を凝視ぎょうししていた。


「どうした?」


「いえ……なんでもありません」


 転人の呼びかけにも、三儀はどこかうわそらで、四人目から視線をはずそうとはしなかった。


「ということなのだが、そちらの三人は戦意せんい喪失そうじつしているようだから、今日のところは見逃みのがしてやってもよいが」


「それにはおよばない。そのダイスダウン、あたしが代打だいだだ。ダイスは、その時にも使っていた『WING』を使いたい。それなら“役目負いキャスティング”しても問題ないだろ?」


「……無論むろんだ。廻も問題ないか?」


 三儀の様子からも少し嫌な予感はするが、転人はダイスダウンをすることに同意した。


 転人と四人目は、以前と同じように、机の端にそれぞれ立つ。


「ちなみに、この机の上がフィールドだからな。落ちたら場外、出目なしだ」


「わかった」


 ルールも前回と同じということだった。


「そういえば初対面だったよな。俺の名前は」


「廻転人だろ? 知ってるよ、天性の『負け犬DOG』。ただし、ただの『負け犬DOG』じゃない」


 ふくみを持たせる言い方に、やはり違和感を覚える。


「あたしは、そうだな……魚井うおいちかって言うんだ。よろしく」


 名前を告げるのをためらったというよりも、さも今考えましたと言わんばかりのもの言いだった。


「ジャッジは私が行う。両者かまえ!」


 願石の声で、転人と魚井はダイスをふりかざす。


「ダイスダウン!」

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