第11目 春叶浮梨の玉子はおいしい

 翌日の朝早く。

 昨日と同じ人間が、昨日と同じ場所に集まっていた。

 ただし、


「転人さん……どう、ですか?」


 三儀だけ、姿が大きく変わっていた。

 背丈はそのままだったが、服は一ノ目高校の制服になり、髪型とその色もまったく別のものになっていた。

 よく見れば、顔の印象もどことなく変わっている。


「別人みたいだ」


「……それだけですか?」


 三儀は、不服ふふくそうに転人を見る。

 横にいる浮梨の笑顔が怖い。


「……似合ってるよ。うん、どこからどう見ても高校生だね」


「ホントですか」


 三儀はとても嬉しそうに恥ずかしがっている。

 浮梨に言わされた、というのはあったが、お世辞せじではなく似合っているとは思っていた。

 少なくとも違和感はなかった――その小さな身体以外は。


「春叶さんに仕立したててもらったんです。髪も春叶さんとおそろいになるようにしてもらって、お化粧けしょうも少ししてもらいました」


 変身と呼んだほうがしっくりくるほどの、見事な変装だった。


「さすが春叶生徒会長ですね」


 思わずそう言ってしまうほどだ。


「浮梨でいいですよ。それに三儀様――じゃなかった、玉子たまこも春叶さんじゃだめですよ」


「そうでした、浮梨お姉ちゃんでした」


 設定としては、浮梨の妹で、高校体験で一時的に一ノ目高校に来ている女の子、ということらしい。

 昨日言っていた妹になるという話は、どうやら冗談じょうだんではなかったようだ。


 浮梨と三儀は、お互いに目を合わせて笑い合っている。

 昨日一晩ひとばんで、二人はおどろくほど仲がよくなったみたいだった。


 よかった。


 転人は、三儀の笑顔を見て、心底しんそこそう思っていた。

 三儀は白主のもとを離れてから、ずっとひとりぼっちだったはずなのだ。

 独りで考えて、独りで逃げて、そして自分のもとへとたどり着いたんだろう。

 もしかしたら、白主のところにいたときから、ずっと独りだったのかもしれない。

 だから、こうして本物じゃないにしても、たよれる家族ができたことは、彼女にとって嬉しいことなんじゃないか。


 本当によかった。


 そんなことを思ってから、自分は彼女のなにを知ってるんだとわれに返る。

 気恥きはずかしさで、つい笑ってしまう。

 誤魔化ごまかしついでに、気になっていることを口にしてみる。


「ところで、その“玉子”っていうのはなんですか?」


「私の名前です。今日から私は春叶玉子なんですよ。これも、浮梨お姉ちゃんに名づけてもらいました。ですから、転人さんも、気軽に玉子って呼んでくださいね」


 玉子が三儀の新しい名前である、というのはよくわかった。

 引っかかっているのは、なぜ玉子なのか、というところ。


「浮梨お姉ちゃんはお料理が得意でですね、昨日はオムライスを作ってもらったんです。それが絶品だったんですよ。玉子なんてふわふわとろとろで、とってもおいしかったです」


 もしかして、玉子たまごなのか?

 そう思い、転人は浮梨を見た。


 ウインクが返ってきた。


「私の好みを的確てきかくにとらえていて、どこかなつかかしさまで感じてしまいました。一位いちい姉さまの味を……ちょっぴり思い出しちゃいました」


 三儀の言葉に出てきた「一位」とは、三儀の姉で、喝采家の長女の名前だ。

 三儀には二人の姉妹がいて、三儀はすえだった。


 長女の一位と次女の二王におう、そして三女の三儀。

 彼女たちの名前は、国内のみならず全世界の人間が知っている。

 ただ、その姿については、ここ数年でめっきりと見なくなっていた。


「一位姉さまは、今どこにいらっしゃるのでしょうか……、ご無事だといいのですが……」


 三儀は眉間みけんにしわをよせ、力なく口の端をあげながら、小さな声でつぶやいた。

 浮梨はそんな三儀を気遣う仕草を見せてから、転人をまっすぐに見た。


「廻さん。廻さんには、玉子の事情を知っておいてもらおうと思っています。『首絞役』にたていてしまった以上、今後なにかあったときに“知らなかった”ではすまなくなるかもしれませんので」


「……そうですね。なにが起こっているのかは、できれば知っておきたいです」


 転人は、浮梨にそう返し、三儀を見る。

 転人の闘いは、まだ始まったばかりだ。

 このままなにも知らずに、終わらせるつもりはない。

 右手は、自然と首飾りを握っていた。


「ついでに、願石さんにも聞いてもらいますよ」


 浮梨は、今度は願石を向いてそう言った。


「願石さんは立場上、私よりもNOQS側に近い人間ではありますが、だからこそ知っておいたほうがよいと思うんです。それに、お願いしたいこともありますからね」


「大丈夫なんですか?」


 転人は、願石を見る。

 威圧いあつされるかと思ったが、願石は目をつぶったまま、微動だにしなかった。

 なにごとも受け入れているといった様子だ。


「廻さんの心配はわかります。しかし、願石さんは廻さんとのダイスダウンで負けています。こちらの動きをあちらに流すことはないでしょう。それに、仮にも一ノ目の重責じゅうせきになっている身です。よもやその生徒を売り渡すことはしないでしょうし、私がさせません」


「生徒会長に返す言葉としてはなはだ失礼だとは思うが、それは愚問ぐもんである。私はダイスの示した道に背くことはしない」


「そうでしたね、ごめんなさい」


「謝る必要もない。それを負うのが、生徒会長の仕事だ」


 そうね、と浮梨は笑みを浮かべる。


「玉子も、それでいい?」


 浮梨は三儀を見る。

 三儀は浮梨にうなずきを返すことで、話す決意を伝えた。


「ありがとう。それじゃ二人とも、玉子の話を聞いて」


 三儀の事情――それはつまり、喝采家についてだ。

 父である喝采白主をつこと、そして、家族を取り戻すこと。

 そんな三儀の、決意にいたるまでの物語。


「お父様――いえ、喝采白主は、変わってしまったのです」


 三儀はそう切り出した。

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