第12目 三儀の決意にいたるまでの物語①
三儀が覚えている最も古い記憶は、父親と姉二人とともに、近くの山へと遊びに行ったときの記憶だった。
そのころの白主は、すでにNOQSの代表となっていて、事あるごとに人の目がまとわりつく存在となっていた。
だから、その日は久しぶりに、家族だけの団らんだった。
白主は姉二人や三儀のことを、本当に楽しませてくれた。
そして、父親としてなにもできていないこと、一人ひとりと向き合えていないこと、自分のせいで世間にさらされてしまっていることを、真摯に謝ってくれた。
それから、自分のこと、会社のこと、ダイスのこと、様々なことを話してくれた。
とてもまぶしくて、誇らしかった。
父の娘でよかった、と幼心に思うほどだった。
そんな父親の姿に違和感を覚え始めたのは、それから数年後。
今から六、七年前。
三儀が小学生のころだった。
それは
お茶を届けたときの言葉とか、荷物を手渡したときの表情とか、その程度のきっかけだったと思う。
前は喜んでくれたのにとか、昨日は
そんなことなら今までもあった気がするのに、そのときはなにかが違うと思った。
それから三儀は、父親と触れ合う度に「あの
姉二人との関係も、そのころから変わり始めていた。
一位とは、顔を合わせる機会がなくなり、気がついたときには、三儀の前から姿を消してしまっていた。
二王は、いなくなることこそなかったが、三儀をNOQSや白主から遠ざけるために、代わりとなって、それらのもとへとおもむくようになった。
そんな状態のまま、一、二年の月日が流れた。
「そして……あの“事故”が起こった」
「……“黒いサイヤク”」
転人は、うつむきながらそう言った。
知らぬうちに、手に力が入っていた。
NOQSの研究所から
その火は研究所の壁や天井、窓を破壊し、建物を
NOQS代表である喝采白主は、研究所所長とともに会見を開き、研究員の
だが、事故当時の映像と目撃者の話から「あれは単なる火災ではない」という噂が流れた。
噂の
炎は
さらにその黒炎は、まるで意志を持つように大きく広がり、研究所を飲みこんでいったのだった。
責任者側の
そうして、事故なのか事件なのかわからないできごとは、ダイスを作っている会社が黒い炎で焼かれたことを
“目撃”することしかできなかった転人も、そんな世間と同じように、あれがただの火災であるなどとは考えていなかった。
闇のように黒い炎は、あらゆるものを飲みこんでいった。
大切なものを、簡単に飲みこんでいった。
「私は、あの時、あの現場にいたんです」
三儀は、とつとつと語っていく。
「私は、父に連れられて研究所に行き、そして、なにかが起こり、あれが現れた。あれは……ただの炎ではありませんでした。あの黒い炎は、私たちの想像を超えた得体の知れないなにかでした」
三儀も転人と同じように、あの炎が単なる自然物ではないことを感じていた。
ただ三儀のそれは、転人とは違ったところから感じ取ったものだった。
「私がなぜそう言い切れるのかというと、それは……私自身が、あの炎に飲みこまれたからです」
その場にいる全員が、息を飲んだ。
そんなはずがないだろう。
だって、だって。
「今ここに、玉子はこうしているじゃないか」
転人は、思わず声を出していた。
「転人さんのおっしゃるとおりです。でも、私は確かにあの黒いなにかに襲われて、あの中に取りこまれました。そして、それからのことは……よく覚えていないんです。気がついたら、私は病院のベッドで寝ていました」
転人は、もしかしたら悲痛な顔をしてしまっていたのかもしれない。
そんな転人を見て、三儀は悲しそうな笑みを浮かべていた。
「あれのせいで、あれが起こったせいで、本当にたくさんの方々が不幸になりました」
三儀の声は弱々しかったが、しっかりと聞き取れる
その言葉は、あの場にいた人間にはもちろん、あれをきっかけに人生が狂ってしまった全世界の人々に向けられているようだった。
「父も姉も、取り返しがつかないほど、おかしくなっていきました」
“黒いサイヤク”以降、白主からは笑顔が消え、食事もまともに取らなくなり、三儀や二王に対しても、今までのような優しさが完全に失われてしまった。
二王は、以前にも増して、三儀をNOQSや白主から遠ざけるようになった。NOQSに立ち入る
「だから私は、決意したのです。なにが起きているのかを父に聞こうと。もし、なにかよくないことが起こっているのだとしたら、なんとかしなければならないと」
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