第2降 私の妹になりませんか?

第10目 私の妹になりませんか?

 ここは一ノ目高校の、生徒会室。


 廻転人がダイスダウンで勝利したのは今朝けさのこと。

 あれから転人は、いつもと変わらない一日を過ごしてから、いつもと違ってここに来ていた。

 喝采三儀と願石幸鉄もここにいる。

 願石は転人と同じように授業を受けてきたのだろうが、三儀はどうしていたのだろうか。いつの間にか、どこからかぴょこっと現れていた。


 転人たちが集まった理由は、この部屋のぬしたる生徒会長に呼び出されたからだった。

 呼び出した当人は、目の前の椅子いすに座っている――はずだ。

 転人の前には巨体の願石がいるため、生徒会長の姿が見えない。見えないが、そこにいることだけは、なぜだかはっきりとわかる。

 願石を越える存在感がある、ということなのかもしれない。


 三儀は転人の横に並んで立っていた。

 生徒会長が見えないからか、しきりに願石の向こう側をのぞこうとしていたが、何回か試して無駄だとさとり、転人と同じく流れに身をまかせるようになっていた。


「そうですか。許可無くダイスダウンアリーナを使用したと」


 生徒会長の語調ごちょうは、明らかに願石をめていた。

 今朝のダイスダウンが原因らしい。

 静かな声だったが、重く鋭く厳格げんかくさを持った声だった。


「そう……いうことになります」


 願石は、その図体ずうたいには似合わない、歯切れの悪い口ぶりだ。


「で、ですが、私は首絞役員であり、NOQSのめいがあれば、独自どくじに活動することが許されております」


「ええ、そのとおりです。ですがそれは、報告もなしになにをしてもよい、ということではありません。ここは学校なんです。経営こそNOQSが行っていますが、会社ではないのですよ。私たち生徒が作りあげていくべき場所なのです。だからこそ、生徒会が生徒の活動を取り仕切しきらなければならない、見守みまもらなければならない。生徒会には、その権利けんり義務ぎむがあるのです」


「それは、ごもっとも……です」


 願石はぐうの音も出せない様子だった。


「結果的に大事だいじにいたらなかったからよかったものの、一歩いっぽ間違えれば大事故だって起こりえたのですからね」


「はい……申し訳なく思っております。今後はこのようなことがないよう、ご報告を徹底いたします」


 願石は、敬礼けいれいでもせんばかりに、背筋を伸ばす。


「よろしい」


 生徒会長の声とともに、パンと手を打つ音がした。


「ま、やっちゃったものは仕方ないですからね。設備せつび使用しようにかかわるもろもろも、なんとかなるでしょう。それこそ『首絞役』の活動ってことで、どうにでもなりますよね? そのあたりの根回ねまわしは、願石さんにお願いしますね。私の名前は適当に使っちゃっていいですから」


 一転して、生徒会長の口調は軽くなっていた。

 存在感からもピリっとした堅さが消え、柔らかく優しい雰囲気ふんいきを受けるようになった。


委細いさい承知しょうち


 願石は、そんな生徒会長に対しても、姿勢を崩さずに返事を返す。


「――ところで、結局のところ、そのダイスダウンの結果はどうなったのですか?」


 柔らかくなった生徒会長は、身を乗り出すかのような声を出した。

 その質問に対して、言いにくそうに願石は答える。


「……私が負けました」


「願石さんが?」


「はい」


「ということは……廻さんが勝った?」


「……はい」


「廻さん」


 ひょこと願石の横から人間が生えてきた。

 ウェーブがかったうす赤茶色あかちゃいろの髪をした女の子は、そのメガネの奥の瞳を輝かせていた。

 彼女が、ここ一ノ目高校の生徒会長である、春叶浮梨はるかなふわりだ。


「願石さんを倒すなんて、すばらしいです」


「あ、ありがとうございます」


「ですが実は、私は意外だと思っていないんですよ。『負け犬DOG』とみなさんからは呼ばれているようですが、廻さんには、なにかこう『やってやる!』という気概きがいがありましたから、そのときがようやくきたという感じです」


「はあ」


 転人にはそんなつもりは一切いっさいなかったのだが、とりあえずうなずいておいた。


「生徒会長、そのダイスダウンの結果についてですが」


 願石が身体をかたむけたままの浮梨に声をかける。


「なんでしょう」


 浮梨はそのままの姿勢でそれを受ける。


「ご報告のとおり、彼とのダイスダウンで私は敗北しました。そのダイスダウンには、私は『首絞役』としていどんでおり、”命令ディレクト”として二つのモノの自由が賭けられていました」


 願石も姿勢そのままに、片方の手を器用きようにまわして、転人が持っているケースをし示した。


「一つは、彼の持つダイスです」


「その中にはダイスが入っているのですね」


 ケースを見て、浮梨は「ふむ」とうなずいた。


「そして、もう一つは、彼女です」


 願石は、もう一方の手で、転人の横にいる三儀を指した。


「彼女?」


 浮梨は転人の前から消え、今度は三儀の前に生えるようにして現れた。

 三儀の顔を目にして、そして、少したじろいだ。

 無理もない、彼女は、あの喝采三儀なのだ。


「初めまして、春叶浮梨さん。私は喝采三儀と申します。日ごろから、一ノ目高校の生徒会長という大役たいやくつとめていただき、大変感謝しております。そして、この度はこのようなことでご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳なく思っております」


「……いえいえ、こちらこそ、お世話になっております」


 さすがの浮梨も、彼女にどうせっしていいものか困惑こんわくしている様子で、丁寧な挨拶をして早々そうそうにかたむけた身体を引っこめた。


「願石さん、状況をすみやかに教えていただけますか、できるだけ詳しく」


御意ぎょい


 願石は三儀がここにいる理由を、ダイスダウンを行うにいたった経緯けいいをふくめて、順を追って説明した。


「……そういうことね」


 浮梨は、願石の話を聞いたあとで、少しの間を持ってからそう言った。

 それから、本日二度目のパンという音。

 浮梨の雰囲気に堅さが戻った気がした。


「わかりました。彼女とダイスのことは、全校をあげて他言無用たごんむようにしましょう。願石さんと廻さんの校門でのやり取りから、そのあとのダイスダウンまで、なにかしらでも見聞きした覚えのある者には、私から箝口令かんこうれいをしきます」


「いえ、そこまでのことは必要ないかと。私たち首絞役員からの解放が“命令ディレクト”でしたので、これは私が動けばすむ話だとぞんじております。ですから、生徒会長のお手をわずらわせるようなことは」


「そうはいきません。ダイスダウンのことが少しでも噂されれば、それだけで彼女たちの自由はそこなわれてしまいます。それでは、ダイスダウンをやってまでつかみ取った自由の意味がなくなってしまいます」


「ならば、その処理も私が」


「どうやるというのですか。願石さんは首絞役員です。なにをやるにせよ、どこかで上とつながってしまう可能性があるでしょう?」


「それは……そのとおりですが」


「ここはまかせておいてください。生徒のために動く、それが生徒会わたしたちですから」


 少しおどけた調子で浮梨は言う。

 ここはNOQSの経営する学校なのだから、生徒会だとしても完璧かんぺき隠蔽いんぺいは不可能なはずだ。

 だから浮梨の言葉はあからさまな方便ほうべんで、生徒会としてではなく、浮梨個人の手腕しゅわんだけでなしとげるつもりなのだろう。

 おどけてみせたのは、その労力を感じさせないためかもしれない。

 願石はその方便をくんでか「承知しました」とだけ言葉を返した。


「あ、あの」


 三儀が、ためらいがちに声をあげた。


「お気を回してくださっているところに恐縮なのですが、私は一ノ目高校の生徒ではありません。ですので、これ以上のご迷惑を、みなさまにおかけしたくはありません」


 真剣しんけんまなしの三儀に、不用意な返事を返すのがためらわれたのか、浮梨は少し考えてから言葉を続ける。


「そうですね……では三儀様、このさいです、一ノ目高校の生徒になってみる、というのはいかがでしょうか」


「え!? あ、いや、……高校生? だなんて……そんな……」


 浮梨の申し出に、三儀はきょかれた顔をしていた。

 ただ、なぜか嬉しそうだった。


「嫌ですか」


「嫌ではないです! ですが、そんなことができるんですか? 年齢的にもまだ……」


「できないなんてことはありませんよ」


「でも……お手間をかけていただくほどのことでは……」


 三儀の言葉をさえぎって、浮梨は「そうだ」と手をぽんっと打つ。


「三儀様は、今はどこで暮らしていらっしゃるんですか? “打倒だとうお父様”ということでしたら、家にはお帰りになっていないのではないですか? もしかして……廻さんとご同居どうきょされているとか?」


「いいいえいえいえ! そそそんなことはありません!」


 全身を使って、あらんばかりの否定ひていを表現する三儀。

 ちらちらと転人を見る顔が、少し赤くなっていた。


「あのその……最近は、ずっとホテルにまっています」


「そうですか。でしたら、ちょうどここに、ほどよいご提案がございます」


「なんでしょうか」


「今日から、私の妹になりませんか?」

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