第6目 願石幸鉄は立ちはだかる

 翌日。

 転人は、ケースを持って学校へと向かっていた。

 昨日の帰り道を逆にたどってはみたが、彼女には結局、会えなかった。

 連絡を取らなければいけないのかと暗澹あんたんたる思いを抱きつつ、転人は校門をくぐる。


「廻転人!」


 地鳴りとともに、怒号のような声がとどろいた。

 転人が驚いて顔をあげると、ただしい生徒たちが、校舎こうしゃに向かって花道を作っていて、その先には、さきほどの声のぬしであろう巨岩きょがんのような大男が立っていた。

 その巨大さゆえに、転人は少し目眩めまいがした。


 男は、転人を見下ろすようにしてたたずんでいる。


貴様きさまが廻転人だな」


「ははい、そうですけど」


 転人の声は震えていた。きっと、巨岩男が起こした振動のせいだ。


 転人の言葉を聞いた男は、胸をなでおろすように息を吐いていた。

 もしかして、登校してくる生徒全員にこれをやっていたのだろうか。


「私は、一ノ目高等学校三年、願石幸鉄がんせきこうてつである! 貴様を引きとめたのは他でもない! 本日! 貴様に勧告かんこくすべき事柄ことがらがある!」


 願石幸鉄と名乗った男は、巨体に似合った雄々おおしい声で、そう宣言した。

 彼は、横からさっと出された紙を受け取り、蛇腹じゃばらに折られたそれを丁寧に広げて、書かれている文章を見ながら転人に告げる。


「昨日の夕暮れどき、貴様が年端としはもいかぬ少女を道半みちなかばで呼びとめて、公園に連行れんこうしていったという報告があった。目撃もくげきした者によると、『嫁』であったり『私の犬』であったりと、幼子おさなごとの会話として、はなはだ不相応ふそうおうな聞くに耐えない言葉を交わしていたそうではないか。これは一方的な求愛きゅうあいであり、はずかしめであり、セクシャルハラスメントである」


 少女による転人へのセクシャルハラスメントだったのだが、どうも願石幸鉄は、そうは思っていないようだった。

 転人は、説明するべく口を開こうとしたが、願石のふりあげた手によってさえぎられてしまった。


弁解べんかいは聞かん! そして、無意味だ」


「どういうことですか。こっちの話を聞かないで、一方的に糾弾きゅうだんするってことですか」


勘違かんちがいをするな。私は貴様の行動をとがめに来たわけではない。そういう意味で、無意味なのだ。言い訳なんてものは、先生方や警察官殿にしていればよい」


「それじゃあ俺は、なにをとがめられているんですか」


「とがめられるかどうかは、これからの貴様の態度次第だ」


 願石は腕を組み、息を大きく吸いこんで、身体を二、三倍にも大きくする。


「私が貴様に聞かなければならないことは、ただ一点のみ。みだらな行為におよぼうとしたそのは、今どこにいるのだ」


 淫らな行為になど、決しておよぼうとしていない。


 それはそれとして。


 転人は、願石の狙いが自分ではなかったことを、素直によかったと思っていた。

 願石幸鉄のことを知っている人間ならば、誰でもそう思うだろう。

 彼ににらまれた生徒は、否応いやおうなく“更正こうせい”させられる。

 それは噂なんてものじゃなく、事実として、学校中で語られていることだった。

 だから、おどしとめられ……もとい、呼びとめられたときに覚悟しなければならなかった恐怖は去ったのだと、胸をなでおろさずにはいられなかった。


 ただ、そんな安堵あんどとは裏腹うらはらに、転人の中に、ある疑念がふつふつとわいてきていた。


「……なぜ、その少女を探しているんですか?」


 願石はあからさまに“少女”という言葉に力をこめていた。

 転人はそのことが、なぜかひっかかった。

 なぜ誰もが恐れる目の前の大男は、昨日の少女を探しているのか。

 この場合は「なぜ願石は、を探しているのか」と、言い切ってしまったほうがいいだろう。

 なぜならその少女は、他の誰でもない、喝采家の三女の、喝采三儀なのだから。


「決まっているではないか。私は、株式会社NOQS直属ちょくぞくの一ノ目生徒管理役委員会、通称『首絞役くびしめやく』の長であるからだ。我々われわれは、NOQSの勅命ちょくめいで自由に行動することが許されている。一般の生徒はもちろん、たとえそれが喝采家にかかわるものであったとしても、NOQSの意志が優先される」


 生徒管理役委員会。

 それは、願石の言葉どおり、NOQSの名のもとに組織された、生徒を“管理”するための部隊である。

 各学校ごとに通称が決まっているのだが、一ノ目のそれは『首絞役』という、なんともおどろおどろしい名を持っていた。

 目の前の願石はその『首絞役』員長であり、花道を作っている生徒は『首絞役』員である。

 彼らはNOQSという背景のもとで、不道徳ふどうとくな生徒を“更生”してきているのだった。

 そしてその力のおよぶところは、今この場においては、生徒だけにかぎったものではなくなっていた。


「――その少女は、NOQSの研究所から貴重きちょうなダイスを盗み出した、極悪非道ごくあくひどうな犯罪者、喝采三儀その人だからである!」

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