第3目 メイクユアネイム
「先ほどの
そんな……私の名前を変えたいだなんて。
彼女は恥ずかしそうに、そんなことを言う。
転人をちらちらと見ながら、もじもじと体をくねらせている。
転人は、彼女の突然のまくし立てについていけず、口を開けたまま少し停止していた。頭の中には、彼女の言った「メイクユアネイム」「おつき合い」「プロポーズ」などの単語が、ただぼやっと浮かんでいた。
そんな彼女の単語たちは、時間をかけてゆっくりと
待って。
俺はプロポーズなんてしていない。
「どうしても私と
だからちょっと待って。
「ですので、私も心を決めて、はしたない言葉を飲みこんで、
彼女の顔は
転人は彼女の言葉を聞き、肩で息をする様子を見て、嫌な汗をかいていた。
「一つだけ……いいかな」
「はい、なんでしょうか」
続く言葉を思ってなのか、彼女の言い方には期待と不安が滲んでいた。
「その……大変失礼なことを言ってしまうかもしれないんだけど、どうか聞いてほしいんだ」
転人は、彼女のその目の意味を噛みしめつつ、
「はい、なんなりと」
視線だけじゃなく、彼女の姿勢そのものがまぶしい。
だが、
転人もある意味では、彼女と同じくらいの覚悟をしていた。
「どうか冷静に聞いてほしい」
転人は、『メイクユアネイム』は『巻菜』の聞き間違えである、という推測をできるかぎり
オブラートに包むようなことはできなかった。
転人はそんなに
彼女は、聞き
彼女の動きがとまり、世界の時間がとまった。
そして、引き
彼女の顔は、さっきよりも真っ赤になり、口があわあわと動き始めた。
声は出ていない。出したくても、出せないのだろう。
「
「わわわ」
「わわわ?」
「わわわたし……は……」
彼女は、ぐぐっと全身に力をこめ、歯を食いしばる。
目元が潤んでいるようにも見えたが、涙は流れていない。
「あの……ですね……そうではない……なくて……ええと……」
彼女は自覚的な息に合わせて、つぶやくように口を動かしていた。かろうじて開いたすき間から、漏れるように言葉が聞こえてくる。
彼女は必死な様子で身体を動かし、ゆっくりと転人の横に座った。
転人は、そんな彼女になにを言えばいいのかわからなかった。
「大丈夫だよ、よくあることだから、ね」
そうは言ったものの、続く言葉は見つけられそうになかった。
そもそも、今にも
「でも……いぬとはたしかにいっちゃったし……、いぬ――そうだ、そう、ですよ!」
ぶつぶつとなにかを口にしていた彼女が、突然顔をあげた。
「なん、でしょうか?」
おそるおそる聞いてみる。
「転人さんは『まけいぬ』と呼ばれている、とお聞きしました。だから、犬が……、転人さんは犬がお好きなのかなって、そう思っちゃったんですよ。だから『私の犬』という言葉を使ってしまったといいますか……」
彼女はひきつった笑顔を、さらに
「『まけいぬ』がどういう意味なのかは……知ってる?」
転人は思わずそう聞いてしまっていた。
聞いてしまってから、
「それはその……『犬を育てる』とか『犬におしゃれさせる』とかそういう……」
彼女の言葉は段々と小さくなっていった。
自分の間違いに気がついたのか、それとも転人の表情に気がついてしまったのか。
もしかしたら、本当は最初からわかっていて、転人に助けを求めていただけだったのかもしれない。そう思うと、
「……どういういみか、おしえて、いただけませんか」
彼女の声は、消え入りそうなほど弱々しくなっていた。
転人が『
だが、それでもなんとか自分を保とうとし、一度も崩れ落ちることはなかった。
だからここは、そんな彼女をたたえる意味でも、あえて一つだけ
転人と出会ってからここ今にいたるまで、彼女は
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