第52話消滅


 中山は空腹だったので,おにぎりを両手一杯にいくつも取ってかごに


放り込んだ。お茶やジュースのペットボトルやポテトチップスやポップコーンを


かごいっぱいつめると,レジで会計を済ませ,店を出ようとした。


 するとそのとき,エロ本を一心不乱に立ち読みしていた


男子高校生がふと顔を上げてこちらを見たので中山はぎくりとした。


その少年が着ている制服は中山と同じ学校のものだった。


ほんの数十秒の間だったのに,心臓が破裂するのではない


かと思うくらい動機が激しくなった。中山は逃げるように店を後にした。


「今の男,どっかで見かけたことのある顔だけど誰だか思い出せない。」


とエロ本を棚に戻しながら少年は考えたのだった。


 その頃,中山の家では,母親が興奮して泣き叫んでいた。


「ああどうしよう!わたしが余計なことを言ったばっかりにあの子は


 殺されてしまった!他の兄弟と差をつけないように気を


 つけていたつもりだったのに,一は自分が愛されていないことに


気づいていたのね!あんなきれいな子が殺されてしまうなんて!


受精卵の取り違えさえなければうちで幸せに暮らしていたでしょうに!」


と泣き崩れた。顔を真っ赤にして


泣きじゃくったので,化粧も落ちてしまい,自慢の美貌も台無しだった。


「母さん,落ち着いて。一が人殺しをしたのは母さんのせいじゃないよ。


 もともと山野しずくに嫉妬していて,悪口ばかり言ってたのを聞いたもの。


 あの子がオレの実の妹だったなんてオレも今日


 初めて知ったよ。そうと知っていたら,もっとやさしくしてやれたのに。」


と中山一の兄はいった。


心の中で,しずくと恋愛関係にならなくてよかったと思った。


非常に美しい少女で心惹かれるものを感じて近づいたが,


なぜかそれ以上前に進む気にはなれなかったのである。


「それにしても一の奴,どこに逃げたんだろう。まさか罪を犯したことを悔やんで


 自ら命を絶つつもりじゃ・・・。」


「そんなことあるものですか!あいつはそういうタイプじゃない。


 必ずどこかで生きて身を潜めているはずよ。」


と母親は憎憎しげに呟いた。


 その夜は雨だった。中山一は近所の空き家に忍び込んだ。


ガラス戸が壊されていて鍵が開けられていたので難なく入ることが出来た。


先客が残したコーラの空き缶が床に


転がっていた。五年前のカレンダーが壁にかかっており,


時間の経過を感じさせた。


小学生の頃,兄と二人で秘密基地にして遊んでいたので部屋の間取りなども


よく覚えていた。その頃の楽しかった思い出が洪水のごとく


中山のこころに流れ込んできた。


「懐かしいなあ。初めてここに入ったとき,


 子猫が5匹も押入れでニャーニャー鳴いてい


 たのを見つけて飼ってほしいってお兄ちゃんと二人で母親に頼んだら,


 汚い野良猫なんて飼っちゃいけませんって言われたんだっけ。


 次の日また猫を見に行ったら,もぬけの殻になっていてがっかりしたもんだ。」


 当時家で飼っていた純血種のアメリカンショートヘアーが


なつかなかったので不満をもっていたせいもあった。その猫も今は土の中だった。


「あの頃に戻ってやり直せたら・・・。


 まさか殺人者として追われる身になろうとは・・・」


疲れて眠かったが,今にも警察が踏み込んできそうな気がして


中山一は一晩中ゆだんなく目を光らせていた。


 しかしそれも杞憂に終わると,


明け方近くなって破れたカーテンがかかった窓から


日が差してきた途端,壁に寄りかかったまま眠り込んでしまった。

 

  翌朝,お腹がすいたので中山は買いだめした食料を全部食べてしまった。


 「最期だから全部食べてしまおう。いつまでも逃げ切れるわけがない。」


  そういうと,空き家のタンスに入っていたネクタイで輪を作ると,


 天井の梁にかけて首をくくった。


その直後,頭がぼうっとなって目がかすんできた。


 「ああこれでこの世も見納めか。」


 すると,柱の影から灰色の人影がこちらの様子を


じっと伺っていることに気づいた。


 中山一は言い知れぬ恐怖を覚えた。人影はどんどんこちらに近づいてきて,


 手を伸ばしてきた。中山は恐ろしくなって輪を首から外してしまった。


 「ばかばか!せっかく楽に逝けそうだったのに!」


と言いながら中山は自分の頭を


 げんこつでポカポカ殴りながら泣きじゃくった。


  中山一はさらに三日間空き家に潜んでいたが,昼間うとうとしていると,


庭にがやがやと人の声がするのが聞こえて飛び起きた。


二階の窓からのぞくと,私服刑事らしい


人物が2人入ってくるのが見えて中山は慌てて押入れに隠れた。


「ここはまだ調べていないな。


 殺人犯が忍び込んでいるかもしれないから十分に警戒しろ。」


と年配の方の刑事がいうと,若い方の刑事が


「たかが中学生の小娘なんて怖くないですよ。」


といった。


「いや,ゴリラみたいな大女で凶暴凶悪だそうだ。油断するな。」


と年配がたしなめた。


 中山は人をゴリラ呼ばわりしやがってと腹がたった。


 やがて自分が潜んでいる部屋のほうに足音が向かってきたので中山は緊張した。


「いないっすね。帰りましょうか。」


と若い方の刑事が言うと,


「いや,まだ押入れを調べていないぞ。」


と年配の方がいった。


「じゃあオレは向こうの部屋を調べてきます。」


と若手がいうこえがきこえた。


 中山はポケットの中の果物ナイフを握り締めた。それはこの家の台所に


無造作におかれていたものだった。


 年配の刑事が押入れのふすまを開けた瞬間,


ウギャーと獣のような叫び声をあげながら,ゴリラのような大女が刃物をもって


突撃してきたので,刑事は度肝を抜かれてしりもちをついてしまった。


 すると,中山は無我夢中でものすごい力を出して刑事を


組み伏せると,10数箇所を刺した。被害者のものすごい悲鳴を耳にした


若手は慌ててかけつけたが,


すでに年配の刑事は血の海の中で息も絶え絶えになっていた。


「ワシはいいから早く犯人を追いかけろ!」


と年配の刑事は言った。


若手が慌てて犯人の後を追うと,どたどたと階段を駆け下りる中山の後姿を見て


てっきり男だと思い込んでしまった。


 外に駆け出す犯人を若手の刑事は必死で追いかけたが,


すぐに見失ってしまった。


土地勘のすぐれている中山は細い路地裏に入り込んでしまったのだ。


 この事件が起きて一時間ほどして,中山の兄の携帯電話が鳴った。


「コウシュウデンワ」という文字に中山の兄はすぐに妹がかけたと気づいた。


電話に出たとたんに,


「どうしよう。また人を殺しちゃった。お兄ちゃん助けて。」


という妹の野太い声が聞こえてきて中山の兄は目の前が真っ暗になった。


自分は犯罪者の兄弟として一生後ろ指を差されて


就職も結婚もできないだろう。


「わかった,落ち着け。今どこにいるんだ。」


「○×町の裏通りにいる。」


「分かった。××公園で夕方四時に落ち合おう。」


中山兄がそういうと,電話は切れた。


 薄暗くなったころ,時間に遅れて中山一は指定された公園に現れた。


「お兄ちゃん!」といって一が駆け寄ろうとしたが,その兄は


「来ました!刑事さん!捕まえてください!」


と声を限りに叫んだ。すると辺りから私服刑事が何人も飛び出してきた。


「裏切り者!」


と叫ぶと中山一は脱兎のごとく駆け出した。


 とにかく捕まりたくなかったが,追いかけてくる男たちとの距離は


どんどん縮まっていった。その中には兄もいた。


 いつの間にか踏み切りの近くまできていた。電車が近づいてくることを知らせる


けたたましい警報が鳴り響き,遮断機が降りかけていたが


中山は当然のごとくそれをくぐりぬけて線路に入り込んだ。


 中山一の体は走ってきた急行列車にはねられてばらばらになって


辺りに飛び散った。腕がちぎれて兄に激突した。


ショックで兄は発狂してその後一生精神病院に入退院を繰り返すようになった。


 ちょうどその瞬間,意識不明の重体で集中治療室にいた


しずくが息絶えた。母親は涙ひとつこぼさなかった。


 受精卵を取り違えられて赤の他人のお腹から


同じ日に生まれた二人の少女は死ぬ日まで一緒だった。


なんたる恐ろしい因果だろうか!





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人間に向かない ミミゴン @akikohachijou

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