298.to the ending

 自分はもともと戦闘部隊にいたのだ。ただ殺人を免れていただけ、逃げていただけ。


 ――その力がある。


 王女巻き込むかもしれない。国中を敵に回すだろう。

 だが、何の問題がある?

 父も母もすでにリディアを売ったのだ。

 兄や王女や弑し、シルビスの力をそぐこと。


 それこそがグレイスランドを優位にするならば。


 ――大切な人たち。


 もう二度と会えないけれど、リディアができる最後のこと。

 彼らを、助けることになるのであれば。もう、なんのためらいもない。


 兄を殺す。

 そう決めれば、気持ちをそちらに持っていくのは簡単だった。


 何のためらいもなかった。


 ――いつ、そして、どのように。


 気持ちは決まっても、方法を見つけるのは容易ではない。

 兄は魔法の腕も、武力も自分より上だ。ましてや常に警備されている。

 毒を盛る? 剣で刺す? そんな方法が通用しないのはわかっている。


 ともに死ぬしかない、心中しかない。


 一緒に飛び降りる……?


 リディアは、茫洋とした眼差しで首をふった。

 現実的ではない。


 だが心中は有効的に思える。彼が逃げられない状況に追い込んで、その道連れにする、彼が避けようとするのを必死に抑え込む。


 最後の力でできるだろうだろうか。

 彼が避けようのない方法はなんだろう。それぐらい強力な魔法はあっただろうか。


(……呪い)


 リディアは目を見開いた。


 そうヴィンチ村での呪いだ。あの時、ディアンでさえも死すべき運命から逃れられなかった。対処の方法がなかったのだ。


 リディアは自分の左腕を押さえる。

 ディアンが剥がしてくれたリディアの呪い。


 だが――白木蓮には残したままだ。


 リディアはこわばったままの顔で、机を見つめる。


 思考がどんどんエスカレートしていく。頭が熱い、追い込まれていく、一方では手足が冷たい。


 どうしよう、どうしようとぐるぐる思考が回る。

 どうしたらいい?


 リディアの呪いだけをディアンは剥がした。白木蓮はまだ消えていない。そして、彼は全身に呪いを宿したまま。


 そしてまだ――リディアと白木蓮とは繋がっている。


 リディアは、小さく声をあげた。


 以前シルビスで拘束された際に、兄にはめられた呪詛を進行させる魔法具があった。あれは師団で外してもらい、その魔法術式は解析済みだ。


 ――今度こそ最後だ。


 白木蓮から呪詛を自分に移す、そして呪詛を急速に展開させる。


 自分は感応系魔法師だ。他人の魔力や魔法と通じ合い、お互いに影響しあえる。魔力にのせて呪いを増幅させれば、兄を巻き込めるはずだ。


 ディアンでさえも、この呪いを止められなかったのだから。 


 二人で呪詛により死に至る――。


 ――最初からそうなる運命だったのかもしれない。

 ヴィンチ村で、リディアが呪いにかかったのは、そのためにあったのだろう。


 ……振り出しに、もどった。


 シルビスの暴走を止め、グレイスランドへの侵攻を止める。

 兄と二人で、呪いにかかり死に至る。それが二人にはふさわしい最後に思えた。


***


 毎日は、変わらず過ぎていく。いずれリディアは施術が行われる。

 だが、気づいたことがある。


 リディアはシルビスのドレスを着せられる、その下はコルセットに、ガードル。


 そして、リディアの世話をする侍女達。


 彼女らはリディア付きのもので二人交互に来るが、リディアに好意の欠片もみせない。それは理解できる。

 王宮の女官は、いい家柄の者が多く、王宮にいたという箔付けのためにここにいるのだ。


 そしてリディアの存在は秘密。

 本来は王女付きという名誉ある側仕えだったのではないか。だがリディアという存在につけられたことに不満がないわけがない。


 実家にいたときの侍女やメイドたちが見せるリディアに対する侮りはない。だが、リディアに対して無表情、無言でいながら、どこか不満を感じ取れる。


 なぜ自分が、と。

 直々に命じられたという優越は感じられない。それは魔法を封じられていても感応系魔法師だからか。


 それとも幼少時から磨いてきた自らの感受性のせいだろうか。


 ――今日も髪を結う一人の侍女の髪を束ねる手付きから、不満が感じられた。

 白すぎる肌に、プラチナブロンドの髪。左右対象の整いすぎた顔つきは、遺伝子操作をしたとよくわかる顔だ。


 頑なに結ばれた唇、彼女は嫌なことがあると余計に表情が固くなるのは知っていた。なぜ自分が、という思いが募り、隠せなくなるのだろう。


 ジュリア、と呼ばれていた。


「――あなたも、大変ね。本当は王女の側につきたいのに」


 リディアは、ただの呟きの中に、密かに同情を見せた。お気の毒さま、という冷ややかな嘲りを混ぜて。


 彼女はさすがというか、手を止めはしなかった。けれど、リディアの髪を引っ張る力が強くなる。リディアはそのまま何も言わずに目を伏せた。


 もうひとりの侍女は、赤みがかかったブロンドで、わずかに鷲鼻だ。横顔になると顕著で、遺伝子操作をしなかったようだ。こちらは、完璧に無表情。


 経験も長く、おそらくリディアの揺さぶりは通用しない。こちらはグローヴァー夫人と呼ばれていた。既婚者で、ジュリアの指導役かもしれない。


 リディアの診察をする医師は一人だった。

 秘密を知る人間は少ないほうがいい、おそらくこの医師一人が王女から卵子を採取し、リディアに受精卵――胚移植を行うのだろう。


 いつまでも自分を廷内に置いておくはずがない。だが施術をするまでの期間、動線上の便宜さをとり、リディアはここに置かれているのではないか。


 いずれ、自分はどこか遠方に送られる。そうなると、兄とは会えなくなる。

 兄は今後、訪ねてこないだろう。それどころか一生来会えないかもしれない。


 そして、薬の問題だ。今は魔力抑制剤の投与のみ。

 これも相当きついが、慣れがないわけではない。

 毎日打つのは、効果が永久ではないからだ。効果が切れると魔力が少し回復していると感じる時もある。ある程度身体は薬に対して耐性ができるものだ。


 だが、まだ回復はできていない、兄と戦える状態になるには到底無理だ。


 ――兄は、永久的にリディアを抑えておけるとは考えていないだろう。精神的に追い詰めて、逆らえないという気にさせているだけ。

 誰も知らない部屋に幽閉させて、魔法を使えない状況にさせる。それだけで安心できるのか。


 兄がいない場所でリディアが何十年も逃げ出さないと思うのか。


(……いずれ、薬を使われるかもしれない)


 ――妊娠中は胎児の影響を考えて使わない可能性もある。精神安定剤も使えないわけではないが、妊娠初期は避けたいだろう。

 王位継承を持つ、自分たちの子どもの母体への投与というリスクは、妊娠中を通じて回避するのではないか。


 そこまで考えて、リディアは首を振る。


(――関係、ない)


 胎児に、出生児に問題があれば、除去すればいい。なかったことにすればいい。


 そうしてきた人たちなのだから。

 それを考えれば、どんな薬だって妊婦であるリディアに使うことにためらいはない。


 魔力抑制剤も、妊娠したら中止するという可能性に期待しないほうがいい。


(――機会は、いまだけだ)


 同じ廷内。

 薬を使われず、拘束されていない今しか、兄を弑する機会がない。


 では、その機会はいつまでだ。


 リディアへの移植時期は、二人が婚儀をして、行為をしたあとでなければいけない。その前に王女が懐妊したと思われるわけにはいかない。


 おそらく、婚儀のあとに二人は機会を設けられるはずだ。


 王族にプライベートはない。二人が身を重ねた日は、把握されているはず。

 二人に身体を重ねる意思があるかはわからない。でも表向きでも、それは行われていけないといけない。


 一番可能性があるのは、婚儀当日の初夜。


 確実に兄が現れる場所。そこに、忍び込めれば――。



*to the ending

(終結へ)

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