294.Confutatis


 狭い石廊の中央に背筋を伸ばして待っていたのは、この国の王女フランチェスカだった。 


 裾は広がらず、細身のドレス。だが総シルクの白いドレスには、上半身から裾まで流れるような一連の蔦模様が銀糸で刺されていた。


 暗闇にある一条の聖なるもの。


 だが、この場に護衛一人で怯えも見せず佇む姿、そしてアレクシスが何をしたのかを知りつつも笑みを絶やさない性格は、けして汚れなき清純な乙女ではない。


 だが、このシルビスには清純な乙女などいない。

 いるのはただの無知な、もしくは歪んだ存在だけ。


「なぜか、と理由をお聞きしても?」


 アレクシスは一言だけ尋ねた。潜伏したカーシュとの接近をゆるし、祖母の家の来訪を手配したのも、彼女だった。


 フランチェスカは、すでに訊かれるのを待っていたかのように口を開く。


「だって、手と手を取り合っての脱出劇など見たくはなかったのですもの」


 とろりとした笑みを浮かべて、フランチェスカはアレクシスを見上げた。


「私を罰しますか」

「いいや」

「そうおっしゃってくださると思いました。ご安心くださいませ。私はアレクシス様のパートナーにも参謀にもなれません。ですが、私がアレクシス様の望む通りの動きをする人形であれば、お見逃しくださいますね」


 アレクシスが片腕を差し出せば、彼女は長手袋をつけた片手を軽く置く。その絹の手袋は汚れひとつなく、純白だった。


「でも。――お仕置きくださっても構いませんのよ」


 そう言って笑った。



*Confutatis

(呪われしもの)

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