279.逃げたい予感がひしひしと

 フィールドに入る前に、最終確認したケイの居場所にたどり着く。

 

 生徒全員を確認したいが、今回の事態を引き起こしたはずのケイが何をしているのか、それが一番気になる。


(ここからすぐそこ)


 駆け出してすぐに、リディアは足を止めた。おおよそのフィールドの位置は頭の中にいれているが、魔力波で確認するまでもない。


 明らかに場が歪んでいる。空気がよどんでいるというべきか。

 おまけに自然をそのまま持ってきているはずなのに、生物の気配がない。


(奥の木々に入るのは危険だ)


 視界が開けていない場所に入るのは危険だ。


 木々がうっそうと茂る林を前にして、リディアは足を止めた。


「ケイ・ベーカー、いるんでしょ」


 彼の魔力を感じる、それは確かだけれど、妙な気配も感じるのだ。人ではない、でも生物でもない。なのに動いている。


 そう、傀儡人形と同じような。


 周囲に他の生徒はいない。気分を悪くしてリタイアした生徒は、ケイと近づいたかもしくは接触したか。


 リディアでさえ吐気を催してくる。敏感な生徒なら耐えられないし、鈍くても彼から闘わずに離れようとするだろう。


「――リディア。なんでここにいるの?」


 個人端末PPを自分の上にかざしながら不機嫌そうに現れたのは、ケイだった。リディアは声をかけられる前に、丘陵の上から現れるケイを見ていた。


 なんでそんなのところに?

 

 地の利をとろうとしているの? 

 疑ってみたけど、ケイはケイだった。戦闘試験だというのに、全然暢気だ。


 一応怒気を滲ませて尋ねてみる。


「ケイ・ベーカー、何をしているの?」

「ねえ、何で圏外なの!?」

「個人端末の持ち込みは禁止よね?」

「だって、投稿できないじゃん!」


 なぜ、彼はこんなにあっさり持ち込めてしまうのだろう。

 禁止を言い渡すだけじゃ駄目だ。とはいえ、うちの大学はお金がないので探知機なんて設置できないし。そもそも持ち込み可能な魔法武器は金属製もあるので探知機の設置は意味ない。


(まあフィールド内は圏外になるけどね)


「戦闘中に壊れても知らないわよ」

「それより僕のこと、みんなが待ってるんだよ」


 彼のことを警戒していたのが、ばかみたいだ。


「ところでケイ。あなたに聞きたいのだけど、――魔獣、もしくは虫をつれていない?」

「は?」

「あなた、呪詛に関ってないかしら」


 カマをかけている余裕なんてない。

 幸いケイはゆっくりと丘を下りてきて、リディアに近づく。けれど、なぜか逃げたい衝動にかられる。


「なんのこと?」


 彼はリディアの前に立ち、目をしっかりと合わせて微笑んでくる。小首を傾げて、極上の笑みを浮かべている。


 彼が目をしっかりと合わせて視線を外さない時。

 それは嘘をついている時だ。


「ケイ。それをどうしたか、教えて。今どこに連れているの?」


 どうやってそれを操っているのか。


「先生、だから何のこと?」

「あなたが親しくしていたメグ・ジョーンズが、あなたのために呪詛を行った可能性があるの。あなたは彼女が育てた魔獣を持っているんじゃない?」

「全く知らないよ」


 ケイがリディアの前に立ち、ほら、とPPを持ったまま手を広げる。


「知らないのは、メグのこと? それとも呪詛? それとも魔獣?」

「全部知らないよ」

「じゃあ、あなた他の生徒に対して何をしたの?」


 彼は眦を上げて、いきなりリディアにきつい口調でまくし立てる。


「それは、先生が把握してるんじゃないの? これって試験だよね? 僕がどう他の生徒と戦っているか、見て採点しているはずだよね? なんで僕に聞くのかな」

「――全員を見ているわけじゃないのよ」

「はああ? じゃ、なんで試験ができるの? それって公平じゃないよね? 見てなきゃ採点できないよね。どういう基準で採点しているの?」


 また始まった。

 自分に不利な質問をされると、質問返しで相手を責めて攻撃する性格は直らない。


「あなたが魔法を使うたびに、自動システムで加算されるのよ」

「じゃあ、それで僕が何をしたかわかるはずだよね」


 駄目だ。リディアは彼のペースに巻き込まれないように深呼吸をした。


 もし、彼の手から離れて魔獣が暴走しているとしたら、ここで話し込んでいる場合じゃない。


「あなたが、特別な魔法をつかっている痕跡が見えたのよ。今までにない魔法。私も他の先生もそれが何かわからないから直接見に来たの。すごいと思ったのだけど、使ってないならいいわ」


 そしてリディアは背を向けるふりをした。


 注目されたがりのケイが、これにのってきてくれたらいい、そう思ったのだけど。


「なあんだ。僕の魔法が見たいなら、早くそう言えばいいのに」


 だからそう言ってるでしょ。リディアは振り向いて彼の言葉を待ってみたが、ケイは何もしてこない。


「ベーカー?」

「ねえ先生。これって、動画配信できないの?」

「できません。試験です」


 頬を膨らませるケイに、リディアは背を今度こそ向けた。

 ホント、なんで頬を膨らませるの!? 私教員なんだけど。


「じゃあ、いいや」


 他の生徒たちの安否確認に向かおう、そう思ったときだった。


「視聴者が先生だけなんて意味ないけど」


 だからね、試験なんだけど?


「仕方ないな、これが僕の魅了チャームの力だよ」


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