278.最終決着

 ウィルは意識を切り替えて、あらためて戦闘に集中する。


 アロガンスの制御、そしてディアンとの訓練、この対抗戦は比べ物にならない。相手は実戦経験のない生徒なのだから。


 だが――。


 ウィルは意識に触れるものに気づき、即座に後に跳び退り距離をとる。

 逃れられない。すかさず腕に炎をまとわせ飛んでくる矢を払いのけた。瞬間手にやけどのような、痛みが走る。


 ウィルが弾き飛ばしたと同時に、燃え尽きたそれは地面に落ちずに消滅する。

 ウィルはそれに構わず射手の居所を見据える。


 歩んでくる相手が姿を見せるまで反撃はしなかった。そして相手もその気はないようだった、恐らく今のは挨拶。


「キーファ」


 そして相手は予想していた通りの人物だった。


 胸当てにグローブ。完全装備のキーファだが、彼はボウを地面に投げ捨てた。


「打ってこないのか?」

「この距離では意味がないだろ」

「確かに」


 キーファは遠距離攻撃のために魔力をこめたシャフトを撃っていた。だが今の攻撃は魔力をこめたなんてもんじゃない、アロガンスの炎を打ち消すほどの氷魔法を上乗せしていた。


 そして今、キーファはリディアから譲られた聖剣バルザックを構えている。一度壊れたはずの刀身だが、再度加工して魔力を載せられる――いや、使い手の魔法を載せられるようにしてある。


 ウィルは己の腕に炎を纏わせた。


「ガチ勝負じゃん。いいぜ」

「――」


 最後はキーファとやりあうことになると思っていた。ウィルは緊張とともに、高まる期待と興奮を胸にキーファに対峙した。



***



 先に仕掛けてきたのはキーファだった。


 刀身には氷魔法、先ほどのシャフトの威力を考えると、直接つながっている短剣のほうが魔法はダイレクトに伝えられているはず。ウィルはそれを予感して、切っ先を避けて半歩下がる。刀身がきらめく、また半歩。


 キーファは見た目に反してアグレッシブ、だがウィルも自身が攻撃系だと自覚している。斬撃の合間をくぐり、ウィルは拳を繰り出す。


 武器がないため間合いが狭く、自分の方が不利。だけど、炎は自由自在だ。キーファをかすめた炎は大きく舞い上がり、キーファの身体を焦がす。彼はすばやくよけたが、顔を炎が焼く。


 彼にダメージを与えられた、と思った瞬間、キーファはむしろ踏み込んできて、ウィルの眼前に切っ先を繰り出す。しかも眼球を狙ったもの。


 さすがにウィルの炎も弱まる。


 それでもキーファは剣を引っ込めない。ウィルはその切っ先の先に自らの左腕を突っ込んで、そのまま払い落とす。


 直後、キーファの顔色が変わる。


 背後からはウィルが出現させた炎の矢ファイヤーアローが、キーファの背中をめがけて迫っている。前後から追い詰められたキーファが、ウィルの腕を掴んで、引き寄せる。そのまま身体を拗じらせ、位置を入れ替えさせられたウィルの眼前に自分の炎の矢が迫る。


 もちろん自分の炎でやられるわけはない。

 ウィルがそれを消すと同時に、腕を掴んだままのキーファがウィルを地面にねじふせる。しかし、ウィルを制したと同時に、再度炎の矢がキーファの眼前に出現する。


 キーファはウィルの腕を離して、後ろに飛び退る。

 瞬間、なにかに打たれたかのように身を揺らして、その場にうずくまる。その間にウィルは体勢を立て直し、立ち上がっていた。


 キーファが苦痛をこらえる顔で同じようにゆっくり立ち上がり、ウィルに向き直る。


 二人を取り囲んでいるのは、ウィルが敷いた炎の陣。先に地の利をとったウィルが、準備していたものだ。


 炎に囲まれたキーファの顔は赤く染まり、額から汗が顎に伝い落ちる。背中を焼かれたはずなのに、キーファは厳しい顔で闘志を燃やしたまま、ゆっくり剣を構えた。


 やりあったのは、ほんの数分。


 ウィルの額から炎のせいではない汗が滲み落ちる。炎の檻に囲まれているのは同じ。自分の炎は自分を傷つけない。そしてキーファは今の攻撃で、かなりダメージをおったはず。


 なのに、ウィルは優位を確信できなかった。


「不思議だよな。ちょっと前までこんな戦い方、知らなかったのに」


 自分はディアンに、キーファはシリルやディックに。それぞれ修練をつけてもらっている。けれど、まだ彼らには遠く及んでいない。


 キーファだってそうだ。まだまだ足りない。もっと強くなる、もっと。


 最終的な目標はそこだ。この勝負じゃない。

 でも、ここで勝たなきゃ超えられない。リディアに届かない。並べない、背にかばえない。

 

 守りたいなんてどの口が言うのか。


「……はやいとこ決着つけようぜ」


 キーファの目が据えられる。


 キーファを追い詰めている。そう思うのに、ウィルの中に焦燥が募る。相手は負けを認めて自棄になったのか、そう思いたい。


 いや、相手はキーファだ。


 こんなことで、倒せる相手じゃない。優位を信じたいのに、そうできない。

 焦りと己を信じろという心と。


(……負けるな、自分に)


 焦るのは自分の心の持ちようだ。

 どれだけ訓練を積んできたと思うのだ。


 己を信じろ、炎ならば誰にも負けない。二人を囲む陣は高く炎を巻き上げ、ウィル自身も両腕にひときわ強い炎を宿し、キーファを追い詰める。


(もう逃げ場はない……!) 


 後ろは炎の陣、左右に逃げても炎の矢、そして最後だと追い詰めキーファに炎を繰り出した時、キーファがこれまでと同じように短剣で炎を切り裂く。


 それは僅かに火勢を削ぐだけのはずだった。


 だが、キーファの剣筋が確かにウィルの炎を割いて、ついでウィルの身体に熱い痛みが走る。炎の壁は間に合わなかった。飛び退ることもできなかった。 


 ウィルはその場に膝をついた。地面に血が滴り落ちる。胸を押さえると、袈裟懸けに服が切れ、肌からは血が滲んでいた。


 周囲を取り囲む陣だけが炎を宿し、ウィルの身体からは炎が消えていた。身体が、傷口が熱い。


 ――炎を纏う刃が風を巻き込み真空を生み、それがウィルを傷つけたのだ。いや、それだけじゃない、金属の匂い。


 ウィルはうめいた。


「――六属性を、操ってんのかよ」


 キーファは答えなかった。自分がキーファについて知っていたのは、その短剣に氷と炎の二属性だけを付帯させることができるということ。


 けれど、それだけだと誰が言った。前の実習の時の情報だ、それからキーファがどれだけ能力をつけたのか、把握が足りなかった。


「――すべての属性を滞留、かよ」


 キーファの能力は、ときを操るとアロガンスから聞いていた。それの使い方を思いつかなかった自分の読みの甘さに呆れる。


 六属性――自然の存在も時間経過により変化する。集めた六属性の魔力も、ときの経過で減っていく。零れ落ちていく。

 しかし、その流れさえも操れれば、いつまでも六属性の時間経過を遅らせ、滞留させることができる。


 キーファを侮るな、それはわかっていたはずなのに。


 ウィルは、斜めに身体を切り裂いた熱を持つ痛みを無視して、再度炎を纏い一歩前に進み出た。優勢と思わされたが劣勢らしい。


 けど、そんなのどうでもいい。まだ負けたわけじゃない。


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