270.会議の現状
「――では、対抗戦における各領域での注意事項ですが」
第三回目の学年別対抗戦の調整委員会。
リディアは、各師団の団長に招待状を送った旨と、返答はまだということを報告した。ふーんという感じで、関心はいま一つ。
当日彼らの応対をするのは事務員で、自分たちの業務とは関係ないという意識の教員がほとんどだからだろう。
ちなみに委員会の構成は、教員のみ。事務方が参加していないのは、あちらとこちらがやることは別、という意識からだろう。
大学はそういう事が多い、そのために連携が取れず当日に困ることも多々ある。
「学生における魔力増強薬の服用についての厳重注意が魔法省より来ています。対抗戦において、服用がないように十分に学生に注意をしてください」
「検査は必要ですか?」
「いらないんじゃないですか。魔法省からも求められていませんし」
……緩い。必要以上のことはしたくないというのが、大学教員だ。
「魔法晶石の取り扱いにも十分注意してください。確か、鍵付き保管庫で管理していましたよね」
「ええ、水系統魔法領域のフィービー・アボット先生が管理してました」
「現在は、誰が?」
「一応、
穏やかそうなボブの黒髪の女性が手を挙げる。名前は忘れたけど、確か水領域魔法の准教授だったはず。
「在庫管理は誰がしていますか? 魔法省より個数管理と研究における使用上限の再度通告もきています」
「ええと、院生にまかせたままです」
周囲の先生方とひそりと相談している。
盗難があったのに、いまだに生徒に管理を任せているところが……微妙だと思ってしまう。
「アボット先生が定期的に報告をさせていたようです」
「じゃあ、先生方のほうで同じように定期報告を受けてください」
フィービーのことを思い出すと、複雑な心境になる。みんな何事もなかったかのように、さらりとその名前を出し、感情は挟まない。
過去の人、という雰囲気だ。同僚だけど仲間じゃない、それが大学。
「生徒の参加状況は? ええと、境界型魔法領域の生徒はどうですか、エルガー先生」
突然うちの生徒の話題になった! でも問題児たちが集まった領域だからしょうがない。
「うちは休学届をだしているヤン・クーチャンスのみが今回欠席します」
エルガー教授が、質問をさせない雰囲気でさらりと終わらせようとしている。いつものパターンだ。
「ほかの生徒に問題は起こす可能性は? 魔法の暴走とか」
「そうですね。ないと思います」
対処も何も言わない。そもそもどの生徒のことを言われているのかさえも、わからないのかもしれない。
去年まで彼らを受け持っていた教員は、やや苛立ちと不安を混ぜて質問を続ける。
「マーレン・ハーイェクやウィル・ダーリングはどうするんですか?」
「二人ともこれまでも何もおこしていません。今回も何もおきませんよ」
いやいや、色々あったけどね!
二人とも去年までは問題児として名高かった。だから心配されているのだろう。
ウィルの実習室での暴走以外は、一応報告をしている。
でもエルガー教授は忘却したのか、それともこの場で言う気はないのか。そもそも彼らのことを少しでも意識したことがあったのだろうか、このひと。
「チャス・ローはどうですか?」
「……ロー? ああ、問題ないです」
誰? という困惑が垣間見えた、気がした。
(……覚えてない!)
チャスは、魔法効果を消滅させてしまうというとんでもない能力を持っていたため、これまでも魔法を扱うことを禁止されていた。
あなたの研究対象でしょう!? とリディアは思ったけど、彼女はわざとらしく覚えていますよという身振りで大きく頷く。
「……いいでしょうか?」
リディアは遠慮がちに手を上げて議長に目を向ける。あえてエルガー教授は見なかった。
「マーレン・ハーイェクはグレイスランドに亡命中で、現在治療中ですが、本人は参加をしたいと望んでいます。体調次第で許可を出したいと思っています。ウィル・ダーリングもチャス・ローも参加を望んでいます。全員、師団の協力を得て指導をお願いし、能力を制御できるようになってきていますし、いざとなれば団員に対応をお願いしています」
リディアは一気に告げて、頭を軽く下げる。
「今回は、魔法効果を最小限に抑える防魔処置を空間にさせるということですし、彼ら自身に対しては暴走しないよう制御を覚えさせました。本人たちの希望を尊重して参加・参戦を認めてくださるようご協力お願いします」
エルガー教授に話を通したら絶対に何もさせるなと言われるだろうから、あえてこの場で訴えた。
周囲の教員が発言を伺うように目を見合わせあっている。
「問題は、防魔効果がどこまで及ぶか、ということですよね」
「魔法省によるものですし、こちらとしては対策をしているのでいいんじゃないでしょうか」
「それ以上に、生徒に機会を与えない方が問題でしょう。対策を十分にして対応をする。その方法の検討をすることがこの委員会の目的でしょう」
騒めいていたが議長の一言で、許可がでた。
エルガー教授より、はるかにまともだ!
驚きつつも、彼らに参加の許可が出てリディアは安堵のため息をもらした。
エルガー教授には一切顔を向けなかった。
「――ハーネスト先生」
会議が終わり片づけをしていると、先ほどの水魔法領域の准教授に声をかけられる。
「少しいいですか?」
マイクを片づけて、残った資料を集め終わったリディアは頷いた。下っ端のリディアが部屋の片付けをして施錠をして、鍵を返却するのが当然だ。
彼女はそれを待っていたのだろう。
「――メグ・ジョーンズという生徒のことだけど、先生はご存じですか?」
「魔法晶石の盗難にかかわっていたということはききましたが……」
店で騒いでいたことは余計な情報だから、あえて言わなかった。
「今回のこと、生徒間のことだから警察には届けてませんけど。かなり混乱しているようなので、今は自宅で療養しています。ですが、そちらのケイ・ベーカーに随分執着していたようなのですが、何か聞いていますか?」
確かに店でもケイの行方を尋ねてきていた。
が、二人の関係はわからないし、ケイとも会えていない。
「ケイ・ベーカーは今度の対抗戦に欠席するという連絡はありません。連絡が取れないのですが、そちらでならば会えるかもしれません。ただ、そのジョーンズという生徒のことが聞けるとは……」
「ええ、生徒同士のことだから口出しはできないのですが。アボット先生がいればもう少し詳しく聞けたかもしれないから残念で」
「……そのメグ・ジョーンズとフィービー・アボット先生はそれなりに話をしていたんですか?」
「アボット先生は指導をしてませんが、院生室の管理などはしてもらっていたから。それなりに顔を合わせていたとは思うんですよね」
「――先生がいなくなられたのは残念です。理由はともあれ」
リディアがそういうと、その准教授は同意とも複雑ともいう表情で頷いた。
「そうねえ」
それ以上は何も言わず、その教員は去っていった。去る者追わず、がここの流儀なのだろうか。
――メグは店で魔力増強薬を買おうとした際、教員の指示と言っていた。あれは嘘だったのだろうか。
フィービーが命じていたとは思えない。もしかしたら盗難をして、補充のためにと買おうと嘘を言ったのではないだろうか。
フィービーは禁書がいつの間にか机の上に置いてあったという。
どちらかがどちらかに仕組んだのか。
それとも、すべて誰かが仕組んだのか。
ヤンはどこまで関わっていたのか。
リディアは相変わらず、不穏な空気に思いを囚われていた。
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