271.結婚への覚悟

 ――学年別対抗戦。年度末試験とも言う。


 学年別の対抗戦という形の試験であり、必修科目のため単位認定には参加が条件。


 ただ戦闘のため、向き不向きがある。

 参加すれば及第点の六十点がもらえる。そこからの加算方式。

 積極性、魔法術式構成力、作戦構成力、魔法発現力に各最高点十点が配分されていて、それが成績になる。チームを組んでもいいし、単独行動も可能。


 ただ、三人以上のチームで一人を狙う行為は減点になるし、殺傷を目的とすれば違反者として即退場。 反対に、一人で多数への同時攻撃や、大きな攻撃魔法、大勢への治癒魔法の実施は、難易度が高いため大きな加点になる。


 場所は魔法で作った、森あり平野ありの仮想空間。四学年同時に行うが、基本的に別の学年が同じフィールドに遭遇することはない。


 生徒の周りにはサーチアイという監視魔法具が飛び回っており、教員及び関係各所から呼んだお偉方の控室に中継がモニターで飛ぶようになっている。


 採点は各学年の教授及び准教授が行う。

 お偉方は、ご意見番であり、ついでに学生のスカウトも兼ねている。


 リディアのような助教は、現場の調整や学生の健康管理、問題発生時の対処などで走り回される。


 試験開始は九時ちょうど。リディア達教員は七時には集合し、打ち合わせを済ませて、各配置場所へと散っていた。


(結局、マーレンは回復できず欠席。ヤンは休学届を出したまま、他は参加するのよね)


 リディアは、自分の学生たちのフォローができない、見張っていることさえできない。 


 最終試験なのだから彼らに任せるしかない。バーナビーは恐らくどこかで寝ているだろうし、チャスも隠れて参戦はしないだろう。


 問題なのは――ケイだ。自分のチャンネルで中継とかしそうで、怖い。

 学生全員にSNSなどへの投稿・中継は一切禁止と通告されているし、それをしたら単位認定はされないとあるが、ケイは無視しそうだ。


(全然連絡取れないし)


 なんとか開始前に、それだけは念押ししないと、とリディアは思いながら正門近くで彼を捕まえるべく待機していたときだった。


「――先生」

「――ケヴィン……ボス?」


  声をかけてきた生徒は、火属性魔法領域のケヴィンだった。

 黒パンに、白いシャツ。彼の格好と硬い表情にリディアは内心不安を覚える。今回の試験において服装は自由。だが概ね動きやすさを重視するか、法衣を着用する。

 この格好に法衣を来てしまえばいいが、白いシャツは汚れやすい。


「えーとさ、先生にちょっと話があって」


 リディアは校門を進んですぐ右手側にある図書館の軒下へと彼を誘導する。


「ミユのことなんだけど……俺、シルビスに行こうかと思って」


 ミユと別れたケヴィンの様子は、あまり聞いていない。ただ、他の女の子たちと廊下を歩いているのを見かけたことがある。


「今回全然話し合えなかったし、でもいっつもそうやって追いかけてこなきゃ怒るしで、今回もそうかなとか、もう面倒だなっていうのもあったけど。でもやっぱり、ちゃんと話さなきゃいけないって」

「あなたのご両親は何って?」

「自分で決めろって」


 リディアは頷いた。成人して家庭をもつと決めたのだから、それぐらいは自分で決めないといけない。


「結局、ミユの親には会えていないんだ。父親はシルビスだし、母親のことは教えて貰ってないし。最初にミユの父親にあいさつに行くってったら、すごく嫌がったしさ。婚約だけしといて、結婚前に二人であっちの親に挨拶して、両家で食事の機会もなんて話もあったけど、ミユは乗り気じゃなくて。まあそういうの無視して話を進めちゃったのも、響いたんだろうな」


 黙るリディアに、ケヴィンは尋ねる。


「先生、シルビス人だろ。どう思う?」

「シルビスでは、親の了承なしに結婚を進めることはないわ。こっちでも多分女性側の親に先に挨拶が基本でしょ。でも、彼女のお父様は多分許可しないだろうから、先に進めたがったミユの気持ちもわかるわ」


 ミユだって二十三歳だ。婚期を逃していることに本人も焦っていただろうし、既成事実が欲しかったのかもしれない。


「ただ、迎えに行ってももう会えない可能性もあるし、取り戻してもまた同じことの繰り返しかもしれない」


 ミユの常に相手を試す態度は変わらない。それに男性側は疲弊してしまうだろう。

 彼女自身も愛情を試さずにいられないのだ。

 そして何よりも親の承認がないことに、シルビスの女性は苦しむ。だったら、親に承認してもらっている家に嫁いだほうがいい。


 リディアがそれを伝えると、ケヴィンは神妙な顔で頷いた。


「その覚悟があるなら行けばいい」

「……ちゃんと話す。そうじゃなきゃ、俺も進めない。ミユはミユの中で結論付けているかもしれないけど、話せば変わるかもしれない」


 リディアは頷いた。


「あなた達が決めることよ。行ってきなさい……って言いたいけど、今行くの?」


 ケヴィンは頷いた。


「早いほうがいいかなって」


 リディアは、うっと唸って固まった。


「確かに早いほうがいいけれど……試験は受けないと。ちゃんと大学卒業して学位はとっておきなさい。将来のために」

「んでも、手遅れになる前に」


 今頃になって、今行動するな、って思うけれど。思い立ったらすぐ行動したいのは、若さ? 自分より年上だけど。


「病気などの欠席ならば、後に再試験で単位認定も認められるけどね。今回の場合は、認められないかもしれない。あなたの担当のブライアン先生に連絡するから、まず話しなさい。単位は私じゃどうしようもないから」


***



「――試験は受けなさい」


 呼び出して話を聞いたサイーダはそう言った。その横でリディアは個人端末PPを取り出して、ディックに連絡をつける。


「でもさ。間に合わなかったら――」


 サイーダはため息をついた。


「結婚するならなおさら。就職先は決まってたわね、そこにも卒業見込みで内定貰ってんでしょ。家庭を養わなきゃいけないんだから。留年してる場合じゃないでしょ」

「……」

「とりあえず、参加はしなさい。及第点は出るんだから。その後のことは、私の口からは言えない」


 サイーダの言葉の意図を理解して、ケヴィンはマジ? って呟いて頷いた。

 そして、リディアはPPから耳を話して、通話を終了させる。


「ミユはまだシルビスの実家よ。嫁ぐ日取りは未定。住所はここね。――そのまえに、ボス。こちらがグレイスランドに在住のミユのお母様のご実家よ」


 リディアはミユの母親の住所と連絡先を、ケヴィンに示した。


「会ってもらえるかはわからない。会うかどうかもあなたが決めて」


 ケヴィンが意図を問うようにリディアを見る。


「相手が会いたくない、会ってほしくないというからって、何も知らないままで無視していいの? あなたのご家族はそれでいいって?」

「――父さんには、両家で会いたいって何回も言われてる」


 リディアは頷いた、それが普通だろう。


「結果はどうであれ、お母様から国籍が違うことを承知でやっていこうとした難しさや、決意を聞けるかもしれない。それはあなたのためになるかもしれないし、ならないかもしれない。でも、あなたの理解できないことを知る助けになるかもしれないわ」


 離婚した夫婦の片割れの言い分なんて、「相手が悪い」という愚痴が大半だ。ただシルビスとグレイスランド、違う価値観の二人がどう乗り越えて行こうかと思ったのか、ケヴィンには垣間見ることができるかもしれない。


(ただ、ケヴィンには酷かも……)


 愛情に飢えているミユを育てた母親だ、できた大人の女性とは思えない。ケヴィンに有益な助言をくれることは期待できないだろうし、ミユ自身も、勝手に会いに行ったことを後で恨みそうだ。


 ケヴィンは、その連絡先を見つめてリディアを見上げた。


「先生はどう? 自分だったら両親に会ってほしい?」


 自分にくるとは思わなかった。

 リディアはわずかに口元を引きつらせ、すぐにため息で打ち消した。


「私は関係ないから」

「でもシルビスの人間じゃん」

「……私だったら――会わせたくない。でも――私は、結婚なんて……」


 ケヴィンがじっと見つめてくる。リディアは声をとぎらせ、それから首をふった。 


「一つ言えるのはね。ミユはシルビスの女性には珍しく、シルビスを出てグレイスランドで、独りでやっていたということ。自分なりにシルビスの慣習から抜け出そうと努力していたとうことよ」


 彼女なりにグレイスランドという異国でやっていたのだ。その意思に期待をかけるしかない。


 ケヴィンはただ黙って頷いて、そして今日の対抗戦登録場へとかけていった。


 サイーダがじゃあ、と言って戻っていく。


 二人を見送ってリディアは顔を曇らせる。拳を握りしめた。


 ――自分が結婚。


 シルビスでの結婚は、もう無理だと思っていた。


 でも……グレイスランドでの結婚。

 顔を俯けて、自嘲気味に笑う。そんなこと、可能だなんて思わない。


(――結婚なんて、しない)


 したくない。

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